某月某日 高校1年生男子との会話

 仮に、Aくんとしておきましょう。

 彼は、中度の自閉症ではありますが、語彙には特に不足はなく、調子が良い時にはふつうに会話を交わすこともできます。

 生活面でも自立しており、学校への登下校も大きな問題もなく独力で公共機関を利用している様子。

 久しぶりにAくんと下校時に出会いました。

 高校に進学してまだ間もないということもあり、登校経路や時間が変更になったせいでしょうか。少しばかり落ちつかない風でこちらを見て

「●●くんのおかあさん」

 と声をかけてくれました。あいさつなどのコミュニケーションが苦手な彼らにとっては、これだけでも十分とも言える働きかけです。

 今から歩いて帰るの? と聞いてみましたが、それには答えず目をさまよわせたまま、彼は独り言のように早口で話しています。

「死んじゃう。殺されちゃう。殺人だよ、警察に行かなくちゃ」

 語彙は物騒ですが、どうも、登下校時に大きな通りを渡る際、車には十分気をつけるように家の人から注意されているもようで、しきりに道路を気にしていました。

「車がね、車にね、轢かれたら血がたくさん出て、殺される、それは殺人だよ、殺害される、実行犯は逮捕、警察に捕まる、殺害現場には人が大勢来る、死ぬよ、僕は死んでしまう、殺されるから」

「そうなんだ」

 つまりは、

「歩く経路も変わって、親は車に注意しなさい、とそう言ってはいるけれど、僕はもう高校生だと言う事で、自立して1人で家まで帰らなければいけない。中学の時も歩いて1人で帰ったけど、今度はバスにも乗るし、いつもと違う交差点を通る。それに学校生活だってかなり変わってしまった。日課も、先生も、校舎も変わってしまった。すごく不安なのに、僕はしっかりふるまわなければいけない。どうすればいいんだろう?」

 そういうことなのだろうか。

 と、ふと思って彼の顔をまた見直すと、無表情の中にも様々な感情が見えてくるような気がしました。

「殺害された現場には警察が来る、ほら危険だから、ダメだ殺されるから」

「そうなんだね」

「うん、あそこに警察が」

「じゃあ、いっしょに横断歩道渡る?」

「うん」

 無事に横断歩道を渡ったAくんは、ふり向かずにそのまままっすぐ歩いて行きました。

 Aくんのおうちの方を責めるのではありません。自分だってそういう時はあるので。

 不安に思いながらも、誰か大切な人がちゃんと一人前にふるまえるようになるのを遠くから祈り、待たねばならないという時が。

 Aくんも別れた後、たぶん暖かい家にたどり着けたかと思います。

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