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仕事の安全と仕事の対価について - 現場滞在の経験から

自己紹介:たく

突然ですが、あなたは仕事をしている際に身の危険を感じたことはありますか?

数多くの企業でリモートワークが定着してきた昨今ですが、ホワイトカラーの方だと、PC作業中や打ち合わせ中に身体的な危険を感じるという方はまずいないのでは無いでしょうか。あなたがもし製造業の工場勤務や建設業の現場管理者だったりすると、仕事上の安全は身近なテーマかもしれません。

私は普段はリモートワーク可能な仕事をしているのですが、エネルギー業界に身を置いているため、以前現場に滞在して仕事をしていたことがありました。そこでの経験が自身の安全や働き方の考えに大きな影響を与えたので今回ご紹介します。

1.その仕事安全ですか?

滞在した現場では、安全対策及び安全意識の醸成が非常に徹底されていて感心させられました。PPE(Personal Protective Equipment) - 防護服や安全メガネ等、当該作業をするのに必要な装備 を着用するのは当たり前で、まず安全に関する講義を一通り受けなければ現場に出て仕事をすることすら許されません。

また、全員必須の講義を受け終わったとしても、現場のどこでも縦横無尽に動き回れるということはなく、高所に行く場合、高電圧の近くに行く場合、セキュリティレベルの高い施設に行く場合など専門のトレーニングを受けてからでないと入れないですし、単独行動が許されないエリアもあったりします。

しかし、このような安全への対策や個々の意識の向上というのは、ごく最近のことであり、1世紀前に遡ると現場仕事での死亡事故はつきものという状況でした。

以下は、現場安全対策の歴史の文脈で頻繁に紹介される象徴的な写真です。

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場所はニューヨーク・マンハッタンのエンパイア・ステート・ビルディングで、現場作業員が休憩している様子となります。約90年前にできた超高層ビルですが、誰一人として安全帯を着用しておらず、そもそも適切な作業着やヘルメットを着用していないことに驚かされます。

これと比べると隔世の感がある現代の安全対策ですが、それでも悲しいことに世界では死亡事故含む重大災害が日常的に起こっています。

以下はOSHA(Occupational Safety and Health Administration, 米労働省の労働安全衛生庁)が定義する、業界ごとのインシデント頻度を示したものです。

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出典: https://www.creativesafetysupply.com/articles/osha-incident-rates-calculators-formulas/

Rateの算出式は、以下のようになっており労働20万時間当たり、どれだけOSHAに記録されるようなインシデント(recordable incidents)が起こったかを表します。

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この"recordable incidents"には、死亡事故はもちろん、ケガ等によって翌日労働者が勤務できなかった場合等も含まれます。

"労働20万時間当たり"が直観的にわかりづらいですが、例えば1,000人の事業所で1人160時間/月働くと16万時間となります。

さて、業界別のインシデント発生率(Incident Rate)に話を戻すと、やはり農業・漁業、建設業といった現場仕事の比重が大きい業界の方が、情報や金融・保険等に比べて発生率が高いことがわかります。あくまでこちらはアメリカのデータですが、似たような定義・手法で世界中の事業所が記録を取っており、国ごと会社ごとに数字は大きく変わってきます。

私のいた現場では、100万時間や200万時間といった無事故無災害継続記録に際して、イベントを開催して大きく祝っており、安全意識の醸成にも一役買っていました。一方で、ヒヤリハットのケースは日常的に耳にしましたし、残念ながらインシデントが起きてしまうこともありました。これだけ対策をしてもなかなかゼロには抑えきれない状況はもどかしいですが、今後更に効果的な意識付けが行われたり、テクノロジーを利用した抑制手法が発展したりすることに期待したい思います。

2.仕事の対価ってなんだろう

上記の通り、仕事で死亡したり怪我したりするリスクは現場に近くなればなるほど高まるのですが、資本主義社会では、一般的に現場から遠い方が(ブルーカラーではなくホワイトカラーの方が)給料は高くなります。

そしてこの給料を含めた「仕事の対価」に関して、現場滞在の中でかなり考えさせられたので、当時のエピソードを紹介します。

業界のビジネスモデルとして、設備を所有するデベロッパー、設備一式を納入する元受け業者、設備一部を担当する下請け業者、さらにその孫請け・・・という形がありますが、辺鄙な場所にある現場ではそのほぼ全員が同じ場所に働き、住むというのが衝撃的でした。

同じ場所と言っても、地理的に同じところであって、実際に働く場所はデベロッパーは立派な建物で皆個室、元受け業者は一般的なプレハブ設備で重役以外はオープンスペース、下請け業者は更に簡素な設備という具合です。住む場所もデベロッパーはシャワー付きの個室だったりしますが、元受けは一人部屋でもシャワーが共有だったり、二人部屋も有り得たり、下請けはユースホステルよろしく2段ベッドが並ぶ6人部屋だったりします。そして現場で働く人々は、その所属会社によって給料はもちろん、毎日の食べ物も、労働時間も、休暇の頻度・長さも違ってきます。

このような待遇の差が明確な場所にあって、更に印象に残ったのは、投資家側のデベロッパーは現地の大企業、欧米の民間企業が中心となっており、元受けとして日本企業やヨーロッパ企業に発注し、その一部を更に別のアジア企業に発注するという形です。教科書上は良く目にする形かもしれませんが、現場にいると人種でヒエラルキーがあるかのように感じられ、まるで「世の中どこに・誰のもとに生まれるのかが大事だよ」と言われているかのようで得も言われぬ感情を覚えた記憶があります。

一方で、投資家側はその莫大な資金を使い、現場で多くの雇用を生み出していることは間違いありません。そして、本国にいたのでは生活もままならない労働者が現場でより良い給料を得られる側面もあると思います。

しかしながら、各個人に焦点を当てたときに、現場で汗水たらして働く出稼ぎ労働者のアブドラは、生まれた場所が違えば高等教育を受けることができて、綺麗なオフィスで涼しげに働くデイビッドのような豊かな暮らしができたのかもしれないとは思わずにいられないのです。そしてその逆もまたしかりです。

デイビッドはそれなりのスキルセットがあるからこそ、いまのポジションにいるのだと思いますが、その報酬は全て個人に帰するところなのかはわかりません。当時若手だった私の感情は、「与えられた環境に感謝して仕事を一生懸命がんばろう、自分が立っている位置は悪くはないんだろうな」というようなものだったと思います。他方で、「このような社会の不平等はどうすればより良い方向に向かうのか、私個人としてはどのようなことができるのか」が頭にこびりつきましたが、全く答えは出せませんでした。

その後、職場では中堅と呼ばれる年齢となり、また結婚や子供の誕生を経て、家族が自分が貢献すべき・したい最小単位の組織であるという認識を強くしました。特に子供には様々なチャンスを与えたいと。ただそれとは別に、社会全体がより良い方向に行くすべを考えたり、微々たる力でも個人が行動したりすることは(自分自身の人生にとっても)無駄ではないと思うので、折を見て考えたり、友人と話したりしたいと思います。

3.学びのヒント

このような「仕事の対価」というテーマについて、もっと深めてみたいという方は、以下のマイケル・サンデル先生(ハーバード大教授)の本が示唆に富んでいておすすめです。年末年始の読書にいかがでしょうか。

今回の記事は、ハーバード・ビジネス・スクールに留学中のしょうの記事にインスパイアされて書くに至りました。ハーバードで実際どんな授業を受けているのか気になる方は是非チェックしてみてくださいね!





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