見出し画像

『すべての人類を破壊する。それらは再生できない。』第8巻原作者コメンタリー

 『すべての人類を破壊する。それらは再生できない。』第8巻の発売を記念した原作者コメンタリーです。
 第7巻のコメンタリーはこちら

第29話『俺たちの三国志』
 『ポータル三国志』発売日のエピソードです。前回の八雲回(第17話)が巫女だったので、今回の扉絵では八雲にチャイナドレスを着せてもらいました。ドレスの丈を短くしてくださいと注文するのを忘れていたのですが、横田卓馬先生が「わかってる人」でよかったです。

画像1

 屋台で桃を売っているのは『中華一番!』のマオとメイリィ(によく似た夫婦)です。「チャイナタウンの飲茶」と描かれている屋台もありますが、こちらは注意深く読まないと、おそろしく速い手刀と同じレベルで見のがしちゃうと思います。
 『ポータル三国志』は初心者向けのカード・セットということで、発売当時はガチ勢からはあまり関心を持たれていなかった印象です。僕も当時中学生だったので、金銭的な事情もあり購入を見送っていました。それがまさか、二十年以上の熟成期間を経て、パックの市場価格が定価の数十倍に跳ね上がるとは……。『マジック:ザ・ギャザリング』に塩セットなどないという好例ですね。『ドラゴンの迷路』も、きっと将来高値で取引されることでしょう。百年後くらいに。

第30話『俺たちの生存競争(前編)』
 関東地区選手権初日の戦いを描く前後編の前編です。新型コロナウイルスの感染拡大により池袋に行けず、かわりに担当さんと横田先生が現地を取材してくれました。両氏と取材に応じてくださったサンシャイン文化会館、ならびにサンシャイン水族館のみなさまに感謝いたします。
 東京芸術劇場の前ではじめが聴いているのはME&MYの『Dub-I-Dub』。ルーが《黄巾賊》あつかいしているのは『池袋ウエストゲートパーク』のG-BOYSです。同作のテレビドラマが放送されたのは2000年ですが、原作小説は九十年代に発表されているので、まあいいかなと。池袋を舞台にする上ではずせない作品ですし、高校生のころの僕の着メロはステッペンウルフの『Born to Be Wild』でしたし、牛丼のせいじゃミツルは死にません。

画像2

 はじめのサバイバル・デスは黒田正城さんと藤田憲一さんのデッキ・レシピを参考にしました。ただし、関東地区選手権が『基本セット第5版』環境のトーナメントであることから、はじめのデッキには《吸血の教示者》と《ウークタビー・オランウータン》が入っていません。「それでもじゅうぶん強い」というのがプロキシを動かしてみた感想ですね。墓地のクリーチャーは《グールの誓い》と《ヴォルラスの要塞》でも使いまわせますから。
 また、この回からはじめ、慧美、ルー、トリーの衣装が初夏らしい装いに変わっています。はじめのTシャツはMISCHIEVOUS(ミスチバス)というブランドに、トリーのTシャツはecho(エコー)というブランドに似せてデザインしてもらいました。

第31話『俺たちの生存競争(後編)』
 関東地区選手権初日の戦いを描く前後編の後編です。扉絵は九十年代に流行したChappieという着せ替えキャラクターをイメージして描いてもらいました。
 ポンザレッドは《略奪》が収録された『第6版』以降のスタンダードを盛り上げたデッキです。ゴブさんのスライと差別化するため、定番のデッキ・レシピを大幅にアレンジしています。その結果ゴブさんのスライよりゴブリン色が強くなってしまったのはご愛嬌。

画像3

 店長の「あンた、背中が煤けてるぜ」という台詞は『麻雀飛翔伝 哭きの竜』からの引用です。同じく店長の台詞に出てくる「純喫茶しぶやま夜の部」は、「あらゆる盤外戦術が容認された、独自フォーマットによる変則トーナメント」という設定で、大人たちがいつもこんなノリで遊んでいます。本編でやる予定はありません。怒られる予感しかしないので。
 このエピソードでようやく、第9話で存在をほのめかしていた店長の師匠を登場させることができました。物語に絡んでくるのは少し先になりますが、プレインズウォーカー諸兄のなかには、なんとな〜くキャラクターデザインのモデルにお気づきのかたも多いんじゃないでしょうか。

第32話『俺たちの一大決心』
 関東地区選手権の幕間のエピソードです。久遠と会えなかったことでルーが《堕落》を撃たれるために東京に来た感じになってしまったのは、ひとえに僕の不徳のいたすところですね。
 九十年代当時のサンシャイン水族館はサンシャイン国際水族館の名前で営業していたようです。資料が少なく、レイアウトや生きものも頻繁に入れ替わっていたそうで、九十年代を再現することの難しさを思い知りました(横田先生が)。水族館警察に「こんなのサンシャイン国際水族館じゃない! ねつ造だ!」と言われたら素直に自首します。とはいえ、『シーマン』展が開催されていたことだけは事実なので、そこは事情聴取ではっきり主張したいと思います。

画像4

 この巻ははじめに二者択一を迫るような内容にしたくて、冒頭と結びのエピソードで異なるヒロインとデートさせてみました。サブタイトルの「クロス・ザ・ルビコン(ルビコン河を渡る)」は、「引き返すことのできない決断をする」という意味のことわざです。決断のゆくえはまた次巻で。

こぼれ話
 ゲームとしての『マジック:ザ・ギャザリング』の魅力ってなんでしょう。ひと口で説明するのは難しいですが、この作品を書いていて、自分の好みや価値観をゲームに反映させられることが大きな魅力ではないかと感じています。
 色を選び、デッキのアーキタイプを決めること。デッキにどんなカードを何枚入れるか、ドラフトであればどういう基準でなにをピックするか。勝つことを優先するか、対戦相手に勝たせないことを優先するか。それらすべてにプレイヤーの好みや価値観が反映されます。これをやや気取った言葉にすると、「自己表現」ということにならないでしょうか。
 第31話の店長の師匠の台詞には、そんな考えをこめてみました。こうして長々と説明するのは少し野暮な気もしましたが、それを言い出したらこのコメンタリー自体が野暮の塊なのでね。いまさらですわ。
 映画『レディ・プレイヤー1』の、「俺はガンダムで行く!」という名言。僕がこの作品の対戦シーンで描きたいのは、もしかしたらああいう確固たる自己表現なのかもしれません。

 読者のかたから最終回が近いのではないかという感想がぽつぽつ届いています。
 イエスともノーとも答えづらいのですが、とりあえず打ち切り宣告は受けていませんし、読切から一貫して高いモチベーションを保てています。
 それでは来年発売予定の次巻でお会いしましょう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?