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10話:月の運命(さだめ)

月の女神さまのおかげで、大好きなお嬢さまと毎晩のように夢の中で人間になったぼくがダンスができるようになった。
こんな幸せな日々がいつまでも続くといいなとぼくは想っていた。
でも、現実にはお嬢さまはお年頃の美しい女性。
お父様やお母様のところには、いくつものお見合いのお話が来るようになった。
「ナイン、どうしよう?私、お見合いなんかする気もないのに、お父様もお母様も私の顔を見るとお見合いの話をするのよ。」
そりゃあぼくは夢の中でしかお嬢さまのお相手になれないただの猫だけど・・・
そんなお嬢さまのお見合いの話を聞くたびに悔しい想いがぼくの胸を焦がしていた。
 
ある日、お嬢さまのところへお見合いの相手が訪ねて来た。
ぼくは半ば無理矢理にお嬢さまにくっついて行ってお嬢さまのひざの上でその様子を伺っていた。
「おとなしい猫ですね。お嬢さまのペットなのですか?」
お相手の男性のお母様らしき女性が聞いてきた。
「はい、私の家族のナインです。」
「まぁ、ペットを家族だなんて・・・」
その女性は息子らしき男性と顔を見合わせて眼鏡を触った。
「息子はペットが苦手で、ご縁があった場合はお考え下さいね。」
と言われたので、ぼくはお母様に追い出されてしまった。
その次のお見合いの時には、ぼくはとうとうお嬢さまと一緒にはいさせてもらえなかった。
 
ある夜、お嬢さまはぼくをひざに乗せてぼくを撫でながら、
「ナイン、私はあなたが大好き。あなたがいない世界なんか考えられないわ。」
お嬢さまの声が心なしか震えていた。
「だから、この前のお見合いはお断りしたの。
 今日の人も良い人みたいだった。
 でも、私はナインより、その人を好きになれそうになかったの。
 だから、今度もお断りしようと思う。」
 
お嬢さまはぼくを抱きかかえてベランダに出た。
今夜もお月さまは優しくぼくたちを見下ろしていた。
「ぼくもお嬢さまが大好き。お嬢さまを誰にも取られたくないよ。
 でも、ぼくが人間でいられるのは夢の中だけだもんね。」
ぼくは哀しい運命を嘆いた。
 
その夜も、ぼくとお嬢さまは同じ夢の中でダンスを踊っていた。
「ナイン、大好きよ。いつまでも私と一緒にいてね。」
「もちろんだよ、お嬢さま。ぼくはいつまでもお嬢さまをお守りしてます。」
その夜、お嬢さまとぼくは、初めてお月さまの下で人間のキスをした。
「ああ、このぼくが人間でさえあったなら、絶対にお嬢さまをお守りして、絶対にお嬢さまを離しはしないのに。」
ぼくは現実の自分の姿を呪いたくなった。
 
いくら月の女神さまでもこれだけはどうしようもないよね。
ぼくは絶望感に打ちひしがれた。
お嬢さまも同じ気持ちを持ってくれている様にうつむく事が多くなった。
「ナイン、私、どうしよう?あなより好きになれる人っているのかな?
 でも、いいわ!あなたさえそばにいてくれれば。
 ナインはもう、ただのお友達ではないものね。」
お嬢さまの言葉にぼくは胸が熱くなった。
ぼくもお嬢さまが望んでくれるかぎり、離れないよ!

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