[※ネタバレあり※]できるだけ冷静に書いたつもりの「劇場版名探偵コナン 黒鉄の魚影」の感想

2周したので冷静になって感想を書きます。

総論

めちゃくちゃ面白かったです。ここ最近のコナン映画の中ではダントツだったと思います。

コナン映画は初期のサスペンス=ストーリー重視であった1〜14作目までと、アクションメインに転向した15作目以降に分かれると考えています。アクションが派手な後者の方が見栄えするので商業的には良い(実際近年の興行収入右肩上がり傾向は概ね15作目以降です)のですが、ストーリーが薄いと古くからのファンには物足りなく、結果として「昔の作品の方が良かった」と言われる要因になっています(もちろん最近の作品でも脚本がある程度凝っていたものもありますが)。

そんな中、いよいよ興行収入100億円が見えてきた今作は、むしろストーリーに重きを置いたものであったと感じます。灰原の正体が組織の人間にバレた上ウォッカに攫われるというのはかなり攻めたシナリオですし、そこからコナンがどう救い出すのかという展開はもちろん、謎解きも組織の「計画」と「計画外」が多層的になっているなど、骨太なストーリーでした。また各キャラクターを深く描き込むことで物語を立体的にしていました。アクションシーンはあれど水中が主ということもあり派手さはそこまでではなく、アクションで無双するよりも追い詰められる方が多いというのも近年の作品と一線を画している感があります。また、近年は安室や赤井が社会現象的になるほど人気が高まったこともあり彼らに頼った作品もありましたが、今作では登場はするものの出番は絞られており、しっかりと見せ場はありつつも作品として依存しているわけではないことも述べておきます。

つまり、今作はアクションにも安室にも赤井にも頼らず、ストーリーとキャラクターを描き込むことで完成度を高めるというきわめて王道のアプローチが取られたのです。100億を視野に入れた作品づくりとしてこうした王道的な攻め方をしてくれたことが、ファンとしてとても嬉しかったところです。

コ哀という関係性

ここから作品の中身に入っていきましょう。まず今作の最大の特徴はやはり灰原で、彼女が紛うことなき「メインヒロイン」として描かれています。灰原が大きく扱われた映画は「天国へのカウントダウン」など過去にもありましたが、今回はラブストーリー様の物語におけるコナンに対するメインヒロインとして扱われています。ファンには言うまでもない話ですが、コナンと灰原の関係性(以下コ哀と書きます)は相棒のようであり、正体を隠さなければならない境遇を共有する仲であり、そして灰原からコナンへ何らかの感情が向けられていることも明らかという絶妙すぎる距離感。それゆえに数多のオタクを狂わせてきたCPでもあります。それを今作は映画でメインに据えてやったわけですからそりゃあすごいことです。

具体的に見て行きます。コナンが灰原に眼鏡をかけるシーンはピスコの回の再現でオタクを喜ばせていますが、そこやその後で灰原が攫われた後海から上がってくるシーンに代表されるように、コナンは灰原を守る強い意志を持っています。それは単にコナン(新一)の正義感であって、コナンが灰原に対して特別な感情を抱いているわけではありません。しかし灰原からすれば、常に狙われ、ともすれば周囲に危険を呼び込む存在である自分を、何度も身を挺して守ってくれる、それだけの強い思いを向けてくる、そのうえ幼児化という自分の境遇を唯一理解してくれるというコナンに対して何の感情も抱かないわけないんですよね。その感情とは大部分が「信頼」であり灰原自身もそう思っているところですが、実際のところは…?というのがコ哀の本質なわけですが、そうした絶妙な機微を今作ではしっかりと描かれていたのがまず優れていた点です。
また、コナンも自分の境遇を理解してくれる灰原を信頼しています。コナン(新一)は想い人である蘭に秘密を打ち明けられないという作品の主要構造がある中で、コ哀は「秘密を共有し合う」ということで強い絆を生じているわけです。コナン(新一)と蘭の関係性(以下新蘭と書きます)では、蘭がコナンを守ってくれることが多々ありつつも最終的には新一が蘭を守るという構図で成立していますが、コ哀では実はコナンは灰原を助けると同時に同じくらい灰原に助けられてもいます。この相互関係も今作の一つの結論として大いに見せてもらいました。

キャラクター描写

その上で、灰原のキャラクターにもしっかりと踏み込んで描かれていました。ホエールウォッチングを純粋に楽しんでいるワンシーンで動物好きな性格を思い出させるなど細かい演出も嬉しかったですが、一番はやはり今作のゲストキャラ・直美によるものでしょう。彼女の存在を媒介として、灰原のキャラクター性――元来の優しさや、コナンや探偵団との日々を経て変われたこと、そして姉――を引き出す描き方をしていたと言えます。
ここで忘れてはならないのは、今作のもう一人の、影のメインキャラとも言える水無怜奈のことです。水無怜奈は原作では一通りの展開が終わって今はときどき出てくるお助けキャラのような扱いになっていますが、今作では心理描写においてかなり重点となっていました。直美の父が狙われるシーンで、水無怜奈は自身の壮絶な過去を重ね合わせ、組織への敵対心を強めます(この回想もまた原作ファンに沁みるところでした)。さらに、自分のせいで父を撃たれたと直美が泣き崩れるシーンで灰原もまた自分の姉のことを思い出しており、ここにおいて直美を介して水無怜奈と灰原が間接的に類似される構造があったわけです。これを踏まえると、水無怜奈が灰原達のために重要な手助けをしてくれたということの意味がより深く感じられるわけですね。

キャラクターという点では当然蘭も忘れてはいけません。「コナン」のメインヒロインながら回によってはほとんどサブに回ることもある蘭ですが、今作ではメインヒロインという立ち位置ではないものの蘭だからこその重要な役回りにありました。新蘭の関係性は言わずもがなとして、灰原と蘭の関係性もまた重要だからです。
灰原は唯一の肉親にして大好きだった姉(宮野明美)を亡くした心の傷をずっと持っていますが、その灰原が蘭に対して姉を重ね合わせている節が原作からあります。それを今作中でやってくれた点もまた原作ファンを刺してきたところですが、加えて灰原はコナンとの関係性においても蘭を見ています。つまり灰原が見る「コナン(新一)」という概念には蘭も内包されているわけです。灰原は自分でも気づいていない“何らかの感情”をコナンに向けていますが、それとは関係なくコナン(新一)の“正妻”は蘭だとしているわけです。クライマックスでコナンに対し人工呼吸:キスをした灰原は、ラストで蘭にキスすることで「唇を返した」としたわけですが、それは先に述べた認識を見事に表したわけですね(と同時に、コナンに対する人工呼吸をそういうふうに特別に意識しているあたり灰原がコナンに向けている“何らかの感情”が垣間見える、という構造にもなっており、あのラストシーンは本当に上手かったです)。

ファンを刺す演出

また、この人工呼吸のシーンは明らかに劇場版第2作「14番目の標的」のセルフオマージュとなっており、「14番目」では蘭からコナンにした人工呼吸:キスを今作では灰原がコナンにするというキャラクターを入れ替えた描写になっています。さらにその後流れる由緒正しき挿入歌「キミがいれば」は元来新蘭を比喩したものだったところ今作ではコ哀に当てはめて演出していて、この辺りは本当にずるい、にくい演出だなあ~と。ファンから見るとコ哀が明確に新蘭に重ねられていると分かるわけですね。

それ以外にも先に述べた「コナンが灰原に眼鏡をかけるシーン」「灰原が蘭に姉を重ね合わせるシーン」「水無怜奈の回想」といった原作にあったシーンや、加えて「安室と赤井が組織のコードネームで呼び合うシーン」など、原作ファンを喜ばせるシーンが多かったのも今作の特徴であったと思います。実際めちゃくちゃアツかったです。

攻めすぎた展開…原作への逆輸入の可能性

先述の通り今作のストーリーはかなり攻めていました。「コナン」には「映画は原作の本筋とは別(極論映画は原作の二次創作のような立ち位置)」という鉄の掟があるため、映画の展開で原作に影響を及ぼすようなものは映画の中で片付けるという暗黙の了解があります。映画オリジナルの組織の幹部がいずれもその映画内で死亡していることなどに代表されますが、ただ今作は本当に「原作に影響しうる展開」を片付け切れていただろうか?という心配があります。

確かに灰原やコナンの正体を知ったピンガは作中で死亡しましたし、シェリー=灰原とした老若認証もベルモットの欺きによって組織は「信用に値しない」と判断したので、組織本体に灰原やコナンの正体は伝わっていません。ですが気になるのはその他の点。まず、ピンガ=組織の幹部が警視庁の面々と直接対決するのは実のところ前代未聞です。さらに警視庁の面々は組織の潜水艦もはっきり認識しています。ピンガも潜水艦も爆破したのでそこは分からずじまいということにできるでしょうが、少なくとも“警視庁の面々が「潜水艦まで保有する強大な犯罪組織の存在」を認知した”という事実が残るのはメタ的に見て大丈夫なのか…?というところです(まあ過去作でも戦闘ヘリや軍用機を目撃してますが)。

また、老若認証についても気になります。エンディング後のいわゆるCパートで、老若認証を含むパシフィック・ブイは別の場所に移ると説明があり、開発者である直美もそこへ向かっています。つまり老若認証は残っているのです。先述の通り組織は放棄したのでコナンや灰原に危険が迫ることは無いでしょうが、老若認証に対する懸念はもう一つあったはず…そう、ラムが示唆していた「あの方」:烏丸蓮耶です。烏丸蓮耶は寿命を過ぎてなお存命であることから「若返り」的な何かが行われているわけですが(これは実年齢と身体年齢が合わないベルモットもそう)、老若認証によって照合されると、(娘(クリス)に成り済ましているベルモットはともかくとして、)烏丸蓮耶にとっては致命的なことになりかねません。それでもベルモットが組織を欺いたのは、一つはフサエキャンベルのブローチの件の恩返しでしょうが、それだけとは考えづらいです。ベルモットがコナン(新一)を生かしているのはNYで助けてくれたからでもありますが、「銀の弾丸(シルバーブレット)」と呼んでいるように実はベルモット自身が組織を壊滅させようという意図が見え隠れしています。最後の意味深なシーンも踏まえて、ベルモットが組織に危険のある老若認証を残したのももしかしたらそうした意図もあったのかもしれません。

以上より、私は今作の展開が部分的に原作に逆輸入される可能性まで想定しています。ついさっき「映画の展開で原作に影響を及ぼすようなものは映画の中で片付けるという決まりがある」と言ったばかりですが、実は映画が原作に先行した例はないわけではありません。蘭が空手の関東大会で優勝したこと(第9作「水平線上の陰謀」)や、原作でも核心的だった沖矢=赤井を示したこと(第18作「異次元の狙撃手」)がありました。いずれも原作内で改めて描くことで、「映画と原作は別」という原則を維持しながら映画が原作に先んじることはあり得るのです。今作においても、部分的に原作に逆輸入されることももしかしたらあり得るのではないか、という気もしています(もちろん映画は映画だとしてしらばっくれるかもしれませんが)。

その他雑多な批評

・先にも述べましたが、ゲストキャラクターである直美がとても重要なポジションにあったのと、あと単純にかわいかったので印象的です。冒頭からかわいいと思ったので「紺青の拳」の秘書さんみたいには死なんでほしいなあ、と思って見てましたが、その後の描かれ方的に死ななさそうな流れになったので安心しました。優しく毅然としていてでも弱みもあるという魅力的なキャラクターであったと思います(今作が大ヒットしてファンアートとか流行ったら嬉しい)。種崎敦美さんありがとうございました。ただ一つ気になるのは直美の年齢です。作中の描写をそのまま解釈すると20代中頃と考えられますが、しかし幼少期に宮野志保と同世代だったことが引っかかります。宮野志保は「新一とお似合いの」18歳であったとされています。幼少期に同年代に見えるということは歳が違くてもせいぜい1,2コでしょうから、直美もどんなに見積もっても20歳くらいということになります。飛び級でもしたのでしょうか?

・直美についてはもう一つ、彼女は灰原が宮野志保だと察している終わり方をしていました。善玉側とはいえ映画のゲストキャラクターでコナンや灰原の正体を知る人物がそのまま生き残ることはおそらく初?で、それも印象的でした。宮野志保との過去も含めて、先述したようにもし老若認証が原作に逆輸入されるようなことがあれば、直美も来ると嬉しいなというところです(可能性は低そうですが)。

・批評の批の方ですが、今作では小五郎が全くのダメキャラとして描かれていて、個人的には微妙でした。小五郎はヌケサクではあるもののやるときはやる人物(それこそ前作「ハロウィンの花嫁」で灰原を守るシーンなど)なので、大事にも関わらず全く役に立たないという今作の描かれ方はちょっと極端だったのではないかなというところです。

・もう一つ批としてはアクションの演出で、花火ボールはもはや最近の映画ではお馴染みになってきてはいますが、とはいえ一言くらい説明があっても良かったのでは感があります。また「キミがいれば」の後半でコナンがボールを蹴る意味が最初よく分かりませんでした(灰原が波にさらわれるのを避けるために波を割った、というのに2周目で気づきました)ので、単純に画の問題ですね。

・組織が潜水艦まで保有していたことには逆にもう驚かなかったです。過去作で戦闘ヘリ(第13作「漆黒の追跡者」)やオスプレイ(第20作「純黒の悪夢」)が出ていましたし、世界的な犯罪組織だということは原作にある通りなので。ただ過去作にも言えることですが、派手にやり過ぎでは感はあります(ピスコの事件であったように政財界にも組織の人間が居るはずなので揉み消せるということなのかもしれませんが)。

・今回のゲスト声優の沢村一樹さんは普通に上手かったなと思います。ゲスト声優は年ごとに正直当たり外れがあるのですが、今回は当たりの方だったかなと。自然な演技で作品に馴染んでいて良かったです。

・コナン映画のメタ的な見どころといえば青山作画ですが、それもまた今回は素晴らしかったですね。前作「ハロウィンの花嫁」では警察学校組を1人ずつ描くノルマ的な感じでしたが、今作では登場人物の感情が揺らぐようなカットで出てきて、見せ場として最適なとても良い使いどころだったと思います。

・来年の予告も当然楽しみにしてました(映画公開直後に観に来る理由のうち5%くらいはこれ)。そろそろキッドか、いやこないだ「紺青の拳」があったから、しばらく出てない服部か?と予想して行ったらまさかのどっちもでしたね。服部、キッド、コナンの台詞的に来年はコメディ寄りな感じでしょうか。背景は函館の夜景、函館と言えば第8作「銀翼の奇術師」でちらっと出てきましたが(これもキッドでしたね)、今回は街中が舞台? コナン映画は今作のように架空の場所を舞台にする回と、前作「ハロウィンの花嫁」のように実在する場所や施設を舞台にする回がありますが、来年は後者ということでしょうかね。個人的にはそちらの方が好みなので楽しみです。

以上、今年の「劇場版名探偵コナン 黒鉄の魚影」の感想を書きました。100億達成を楽しみにしています。


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