秋田県湯沢市の噴泉塔

旧 日本温泉文化研究会HP「研究余録」2013年3月1日記

本会HPでもお知らせしているように、日本温泉文化研究会(温文研)は温泉に関係する学術的な興味を、学際的に共同研究する目的で設立されました。温泉に関心を有する研究者(本会で言う研究者とは肩書にかかわらず学術論文が書ける方のことです)であれば、分野を問わずご参加いただいております。ただ、会員数は漸増傾向にはあるものの、自然科学系の研究者が医学分野を除くと1人も所属されていないのが現状です。ぜひ自然科学が専門の方にも、温泉という研究対象の中に文理融合の可能性を見出していただき、積極的にご参加いただければと思います。温泉には、いたる所に人文科学・社会科学そして自然科学が協力できる研究素材が横たわっているはずです。共同することで、温泉研究のさらなる魅力や課題も発見できるのではないでしょうか。文字通りの学際的研究が、本会においても早期に実現することを期待したいところです。

ところで、この「研究余録」でもたびたび申し上げているように、温泉に関係する文化財の指定や保護については、今後も議論を拡げ、かつ深めていかなければならない問題だと認識しています。そしてその議論は、「湯ノ山明神旧湯治場」(広島県広島市佐伯区)や「黒平温泉跡」(山梨県甲府市)、「十文字岳温泉跡」(福島県二本松市)のように、人が築き上げてきた文化的財産のみにとどまらず、自然の作用やこれにより形作られた温泉の造形、すなわち「天然記念物」等の保存保護問題にまで及ぶ必要があります。温泉に関係する天然記念物としては、熱水系の地熱活動が活発な地域で見られる噴泉や間歇泉、噴泉塔や噴湯丘、特殊な温泉沈殿物や鉱物がよく知られています。『温泉をよむ』でも紹介した、長野県大町市の「高瀬渓谷の噴湯丘と球状石灰石」も、国指定の天然記念物です。 

歴史学からの温泉研究であっても、このような温泉現象を実際に見ておくことはとても大切なことだと考え、これまでいくつかの天然記念物や自然の作用、あるいは造形を見学しに行きました。ですが、実際に現地に立ってみると、「えっ?」と思うこともあります。たとえば、秋田県湯沢市の秋の宮温泉郷「荒湯」にある国指定天然記念物「鮞状珪石および噴泉塔」を2008年11月に訪れた時のこと。観光シーズンも終わっていたからか散々な有様で、とても国指定の天然記念物として保護しているようには思えませんでした。案内板や解説板も大破しており、このような自然科学的資料についても保存保護をめぐる議論が必要だと、考える切っ掛けとなりました。ですが、それを「えっ?」と思ったわけではありません。この場の主役であるはずの噴泉塔が、見当たらなかったからです。

噴泉塔ですから、湧出面から上方に向かって源泉からの析出物が沈澱堆積することで、塔状に成長する温泉現象を期待していました。ところがそのような物体は、周辺をいくら探しまわっても見つからないのです。「えっ?」。そこで諦め、噴泉塔の形成は自然の摂理。きっと同じ道理で消滅したのだと考えることにしました。天然記念物としての指定は継続中であっても、モノがなければ保存も保護も必要ないことから、このように放置されているのだと。ただ幸いなことに、地元では「ブリコ石」と呼ばれている「鮞状珪石」(球状シリカ)の方は観察できました。

ところが数ヶ月前のこと。気になっていたので、文化庁HP「文化遺産オンライン」に掲載されている解説文を読み返してみたのです。天然記念物に指定された当時(1924年=大正13年)の時代を反映する古風な文章なのですが、それを読み終えてまた「えっ?」。そこには、こうありました。

「硅華ハ主トシテ山居澤ノ右岸ニ沿ヒ延長約三百米幅百米ノ間ニ露出シ厚サ三米以上アリテ山毛欅栗等ノ印痕ヲ有スルモノアリ鮞状ヲ呈スルモノハ即チ鮞状硅石ニシテ本邦ニ於テ既知ノ産地甚少シトス 硅華ハ鮞状硅石ト共ニ噴泉塔ヲ形成シ既知ノモノ六アリテ傾斜甚緩ナル円錐形ヲ成シ中央ニ略円形又ハ楕円形ノ噴孔ヲ有シ其ノ最大ナルハ長徑二十米短徑十米最小ナルハ三米トス」

問題なのは噴泉塔について解説している部分です。既に確認できている噴泉塔は6つ。形は「傾斜甚だ緩やかなる円錐形」。最大のものは長径20メートルで短径は10メートル。最も小さい噴泉塔でも3メートルもあるそうです。高さは、記録されていません。これって、「噴泉塔」と言うんでしょうか?。あえて言うなら、「噴湯丘」ではないか。いや、丘とさえ言えないかもしれない。きちんと予習していかなったのが悪いのでしょうが、すっかり噴泉「塔」の文字に騙されてしまいました。消滅したわけではなく、きっとまだ健在なのでしょう。この時は学術用語の危うさを、強く身を以って感じた次第です。

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