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ショパンの愛弟子リケのレッスン報告 その7 ー  新譜 Prélude op. 28


1.ショパンがリケのレッスンに使った最新曲

ショパンの「24の前奏曲」作品28 が出版されたのは、ちょうどリケがウィーンからパリに到着した1839年のこと。リケの才能を見抜いたショパンは、その最新曲をリケのレッスンの課題とすることにしました。

この作品は24の小曲からなり、それは「J.S.バッハ平均律クラヴィーア曲集に敬意を表したものといわれる。」(日本語版ウィキペディアより)ということのようです。
これで前回、なぜショパンがリケにバッハのことを問い弾いてみせたのか、なんとなく分かるような気がしますね。

最新作だからまだ誰も(もちろんリケも)聴いたことがなく、同時に内容的・技術的にさらに円熟した自分の作品を課題に採用したということ。
それはリケには大きな腕試しであり、ショパンにもある種の期待が秘められていたのかもしれません。
他にも多くの令嬢を教えていて、そのレベルを知っていたでしょうから。

2. Prélude op.28 No.21, B-Dur、No.17, As-Dur 

リケが指を温める練習を終えると、ショパンは言いました。
プレリュード28番の第17曲を9回続けて繰り返し弾くように。』

https://d19bhbirxx14bg.cloudfront.net/chopin-28-21-renouf.mp3

それは、単なる強弱や正確さとかをチェックするものとは程遠いレッスンだってようです。リケの報告によると:
『そういうことじゃなくて、楽譜にかかれている音楽を考えて弾き、音として伝える練習というか。ショパンはもう全身を耳にして共に歌い、指示するの。ある時は 『早く、もっと早く!』 と言ったかと思うと、次は 『もう少しゆったりと』 とかいう感じ。
私が弾き進むのに並行して、自分も全身全霊を注いで演奏しているの。』

そして次は プレリュード28番のNo.17, As-Durを弾くように言われ、リケは上手く弾いたのですが、ショパンから一つ注文がありました。

https://d19bhbirxx14bg.cloudfront.net/chopin-28-17-schmidt.mp3

『低音のAsを、少し曇った感じで、でもはっきりと聞こえるように。』
弾き直したリケは一回で及第しました。

それがどの部分だったのか、著者が解説しています:【第65小節(曲終末部分)から11回続けて鳴る低音のAsのこと(Mp3の02:05から)。ショパンの弟子だったCamille O'Mearaによると、'このAsは11回とも同じ音量で、対する右手は徐々に音を小さく消えゆくように' と伝えられている。】

3.Prélude op.28 No.15, Des-Dur と No.24, d-Moll

さて次に、リケは初見の曲を弾くように指示されました。
日本語だと「雨だれ」という呼び名でよく知られているあの曲です。

https://d19bhbirxx14bg.cloudfront.net/chopin-28-15-pfaul.mp3

『読譜力と指使いがとても良い。』
ショパンの言葉をリケが手応えを得た感じで報告しています。

ショパンの手の鋳型

そのあとショパンは、同じプレリュードの No.24, d-Mollを演奏して見せ、
小さな手でも力むことなく、あらゆるパターンの分散和音がしっかり掴めるための練習として、併せてEtude op.10 No.11, Es-Dur も練習することを課しました。
次はそのエチュードの演奏例ですが、軽やかに弾くのは難しそうですね。

https://d19bhbirxx14bg.cloudfront.net/chopin-10-11-renouf.mp3

4.リケ、レッスンを終えて

こうして今日のレッスンが終わったのですが、今日のレッスンは約束の意時間を半時間も上まりました。

リケは故郷の叔母に手紙で語ります:
『このエチュード作品10番の第11曲だけど、ビック(クララ・ビック=ピアニストで後に作曲家シューマンの妻となる)は音一つ乱れず綺麗に弾いた。でも音が鋭すぎた感じ。それに対してリストの演奏は、なんという煌びやかさ(二人の演奏をウィーンで経験済)。

わたしも次のレッスンでは、気を入れて上等に弾かなくては。
手をこわばらせることなく、一つ一つの音を確かに捉えるのが難題なんだけど、あの巾広く飛ぶ分散和音はハードルの競走みたい。

ちなみにショパンが言うんだけど、私の手は彼の曲に適してるらしいわ。
『長い手(つまり大きい手)にはゲッソリするよ。』
つまり、ショパンの演奏法(テクニックと手法)をもってすれば、大きな手は必要じゃない、ってこと。』

日本人には嬉しい話ですね。
技が具わっていれば何でも出来るということでしょうが、その技というのが曲者。
どちらにしても、楽器の演奏は本質的に職人技ですから、芸術的な素質と人としての向上心は欠かせないでしょう。

ショパンから弟子入りを許されて一か月と少し。
こういうレッスンの報告からは、この29歳のピアノの天才青年と23歳のウィーン女性の相互理解は、音楽的に深まりつつあったことが窺えます。

先を読み進むことにします。

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