Katsu_Vienna 現代文化のルーツ、欧州の19世紀

ヨーロッパの建築を知ろうとウイーンに渡り、そのまま居着いたオジサン建築家です。  そん…

Katsu_Vienna 現代文化のルーツ、欧州の19世紀

ヨーロッパの建築を知ろうとウイーンに渡り、そのまま居着いたオジサン建築家です。  そんな私が惜しいと思うのは、学ぶ人には宝物のような情報が、原書に眠ったままになっていること。  建築のみならず、趣味の音楽そして文化について、原文から目からウロコのお話を!

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「ノート」を始めるきっかけなど

こんにちは。私はヨーロッパの小国オーストリア、その首都ウィーンで事務所を開く日本人建築家です。 本格的に仕事を始める前にヨーロッパの建築を体感しておこう、とウィ…

ショパンの愛弟子リケのレッスン報告 その7 ー  新譜 Prélude op. 28

1.ショパンがリケのレッスンに使った最新曲 ショパンの「24の前奏曲」作品28 が出版されたのは、ちょうどリケがウィーンからパリに到着した1839年のこと。リケの才能を…

ショパンの愛弟子リケのレッスン報告 その6

1.ショパンの客人演奏に同席したリケ ショパンがリケの才能を公的に認め、愛弟子だと認めたのは1839年12月7日のことでした。でもそれまでに、予兆と思われる出来事がい…

リケのショパン・レッスン体験記、継続します!

● 継続することにした周辺など 仕事の関係などもあって二年ほど投稿できずにいましたが、何名かの方々に最近フォローをいただいたとのこと、"note"から連絡がありまし…

ショパンの愛弟子リケのレッスン報告 その5

練習曲目 Prelude op. 28, No.17 As-Dur Etude op. 25. No. 7 Cis-moll 少し間が空きましたが、リケの1839年11月6‐8日の手紙の続きです。 彼女の尊敬する芸術家シ…

ショパンの愛弟子リケのレッスン報告 その4

第1回レッスン 曲目: プレリュード 作品28 第17番 変イ長調 (Prelude op.28, No.17 As-Dur) プレリュード 作品28 第21番 変ロ長調 (Prelude op.28, No.21 B-Dur…

ショパンの愛弟子リケのレッスン報告 その3

試し弾きがショパンのお眼鏡に適い、弟子入りを許されてレッスンの課題をもらったリケ。   読み進むままお話しする、ということで、リケがトップに記した朗報を、そのま…

ショパンの愛弟子リケのレッスン報告    その2

1839年の3月18日、育ててくれた叔母の妹とともに、パリに到着したリケ。 仲介者のアポニー伯爵夫人から、ショパンは旅に出ていると告げられ、彼に会うことが叶った…

ショパンの愛弟子リケのレッスン報告 その1

「大好きなロッテ叔母様、そして従妹のソフィー、 こう書いた今、便箋が裏だと気付いたわ!でも本当はそんなこと、どうでもいいの。私、いまショパンのところから戻ったば…

「ノート」を始めるきっかけなど

「ノート」を始めるきっかけなど

こんにちは。私はヨーロッパの小国オーストリア、その首都ウィーンで事務所を開く日本人建築家です。

本格的に仕事を始める前にヨーロッパの建築を体感しておこう、とウィーンに渡ってもう40数年。音楽ファンというのもありますが、ウィーンは近代建築のルーツですし、なによりも現地の在外公館からの楽観的な返事が、後押しとなりました。

やがて人の輪が広がってアルバイトが見つかり、ドイツ語で本が読めるようになって

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ショパンの愛弟子リケのレッスン報告 その7  ー  新譜 Prélude op. 28

ショパンの愛弟子リケのレッスン報告 その7 ー  新譜 Prélude op. 28


1.ショパンがリケのレッスンに使った最新曲

ショパンの「24の前奏曲」作品28 が出版されたのは、ちょうどリケがウィーンからパリに到着した1839年のこと。リケの才能を見抜いたショパンは、その最新曲をリケのレッスンの課題とすることにしました。

この作品は24の小曲からなり、それは「J.S.バッハの平均律クラヴィーア曲集に敬意を表したものといわれる。」(日本語版ウィキペディアより)ということの

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ショパンの愛弟子リケのレッスン報告 その6

ショパンの愛弟子リケのレッスン報告 その6


1.ショパンの客人演奏に同席したリケ

ショパンがリケの才能を公的に認め、愛弟子だと認めたのは1839年12月7日のことでした。でもそれまでに、予兆と思われる出来事がいくつか報告されているので、それについてお話ししておきましょう。

1839年11月9日、リケがレッスンでショパンを訪ねると、彼女自身も名を知るイグナーツ・モシェレス (1794 - 1870) という、チェコの音楽家が客人として座

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リケのショパン・レッスン体験記、継続します!

リケのショパン・レッスン体験記、継続します!


● 継続することにした周辺など

仕事の関係などもあって二年ほど投稿できずにいましたが、何名かの方々に最近フォローをいただいたとのこと、"note"から連絡がありました。

ということで、久々にこの連載の裏にある原本を読み直したのですが、中断前最後回から数回あとのレッスン報告を読み、ショパンが主人公に『上達したかどうか、自分の感じはどう?』と尋ねるシーンを発見。
  それはショパンが主人公「リケ

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ショパンの愛弟子リケのレッスン報告 その5

ショパンの愛弟子リケのレッスン報告 その5


練習曲目
Prelude op. 28, No.17 As-Dur
Etude op. 25. No. 7 Cis-moll

少し間が空きましたが、リケの1839年11月6‐8日の手紙の続きです。

彼女の尊敬する芸術家ショパンのレッスンの様子とその真剣さは、前回の手紙からも伝わってきますが、リケはウィーンの叔母たちに、その感動を次のように綴っています。

1.多様なものが同時進行した

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ショパンの愛弟子リケのレッスン報告 その4

ショパンの愛弟子リケのレッスン報告 その4

第1回レッスン 曲目:
プレリュード 作品28 第17番 変イ長調 (Prelude op.28, No.17 As-Dur)
プレリュード 作品28 第21番 変ロ長調 (Prelude op.28, No.21 B-Dur)

(以後牽引用に、扱われた曲名を挙げることにします。)

さあ、初めてのレッスンです。
ショパンからレッスンを許され、課題として「12のエチュード・作品10( 12

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ショパンの愛弟子リケのレッスン報告 その3

ショパンの愛弟子リケのレッスン報告 その3

試し弾きがショパンのお眼鏡に適い、弟子入りを許されてレッスンの課題をもらったリケ。
  読み進むままお話しする、ということで、リケがトップに記した朗報を、そのままお伝えしたわけですが、その1839年10月30~31日付の手紙は、細かい字でビッシリ全六枚あり、ショパンに面会するまでの経緯も描写されています。時間的には、前後することになりますが、興味深いのでご紹介しましょう。

1.リケが得たショパン

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ショパンの愛弟子リケのレッスン報告    その2

ショパンの愛弟子リケのレッスン報告    その2

1839年の3月18日、育ててくれた叔母の妹とともに、パリに到着したリケ。
仲介者のアポニー伯爵夫人から、ショパンは旅に出ていると告げられ、彼に会うことが叶ったのは、半年以上が経った1839年10月30日のことでした。

前回引用したように、リケは弟子入りを許されましたが、今回はその、生きるか死ぬかの本番、ショパンとの最初の出逢いをリケが伝えます。 

1.試奏にこぎつける!

なんだか、緊張感が

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ショパンの愛弟子リケのレッスン報告 その1

ショパンの愛弟子リケのレッスン報告 その1

「大好きなロッテ叔母様、そして従妹のソフィー、
こう書いた今、便箋が裏だと気付いたわ!でも本当はそんなこと、どうでもいいの。私、いまショパンのところから戻ったばかり。幸せで、何が何だかわからないくらい混乱してるの… 」

ショパンからレッスンを受けることを許されたフリーデリケ(以下リケ)。1839年10月30日付の叔母への手紙はこう始まります。

この女性ピアニストは1816年生まれ。幼少で母を亡

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