レッド

「たった今この阿佐ヶ谷駅で人身事故が発生しました。中央線は運転を見合わせします。復旧の時間はめどが立っておりません」とアナウンスされた時、私はまさに帰路の途中阿佐ヶ谷駅の中央線上り電車で座って出発を待っていたところだった。いままさにこの場で人が亡くなった(であろう)ことを考えると一刻も早く駅を離れたくなった。さっさと降りてしまって丸の内線の駅まで歩くことにした。

電車を降りホームから改札まで歩いていると、向かいに止まっていると思っていた中央線下り電車が実に中途半端な位置で止まったままになっているのがわかった。駅員や車窓が困った顔で先頭車両付近で何か話をしている。人身事故があったのはどうやら下り電車の方だったらしい。スマホで写真を撮るような悪趣味な人物こそ見かけなかった。しかしながら先頭車両の前の線路を何やら覗き込んでは不思議そうな顔をしているのをチラホラと見かけた。先頭車両をよく見ても、何か血まみれになったり汚れたりしておらず、綺麗だった。ただ電車が止まった人々の苛立ちだったり、この場所で人が亡くなったであろう独特の空気が立ち込めており、やはり一刻も早くこの場を立ち去るべきという判断は間違っていなさそうだった。

駅を降りて南口に出ると消防車や救急車が続々と到着しており物々しい雰囲気になっていた。時刻も夜20時だか21時だかだったので私はいい加減晩飯をここいらで食べておくことにし、適当なパスタ屋に入った。料理を待ちながら中央線の状況を確認する。とにかく今夜中央線を使って帰るのは絶望的であることがわかった。

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適当に歩いて辿り着いた丸の内線を乗り継いで、地下鉄に揺られながらTwitterを見ていた。トレンドの「中央線」を開くと、「今夜中央線が止まったらそれは私です。本当にごめんなさい」というようなツイートがトレンドに入っていた。インプレッション数を見る限り、おそらく本当なのかもしれない。きっとこの人が残した最後の世界への爪痕のようなものなのかもしれない。いろいろ考えたことがあって、それらを忘れることにした。なにやらいろんな人が反論したり賛同したり哀悼したりしていた。そして丁寧なことに、中央線の復旧をどのように行うとか、どのように飛び込んでいたとか、そういった情報が錯綜しているのを確認した。

それらの言葉もきっと明日には嘘のように忘れてしまうのだろう。

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最寄駅に着いた後、駅の電光掲示板が中央線は運転見合わせしている旨を教えてくれた。人身事故立ち会ったというのに、私は「自分が乗ってた上り電車じゃなくてよかった」となんだか残酷なことを感じていた。人身事故という事象にあまりにも慣れてしまっている自分が恐ろしく感じたが、見て見ぬふりをした。スーパーで買い物などをして帰った。

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