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自分史〜異性への思い

中学に入学する頃になると
やはり異性への関心は出てくるもの。
後術で仙台の生活を始めてすぐに、
人生に関わる出来事があったので、
ここまで自分はどうだったのか
考えてみたい。

一番はじめに異性と仲良く、
いや想いを持ったのは、
やはりエレクトーンをはじめたきっかけとなった勝利君のお姉ちゃんだったのだろうか。
もし、そのお姉ちゃんに興味が無かったら、
エレクトーンはやっていないだろうし。
幼稚園では、毎日遊んでいた女の子がいた。
あまり綺麗や可愛いという子ではなかったとは思うが、この頃は身体が弱かったし、走り回って男の子達と遊ぶ事も出来なかったから、いつでも一緒に遊んでくれる事が嬉しかった。
ただ、夏休みが終わった時に、
幼稚園には彼女は居なかった。
母親の話しでは、
名古屋に引っ越したという事だった。

小学校入学。
この頃は、剣道をはじめた事もあって
身体も丈夫になり、
もっぱら男同士という感じだったかな。
そうそう、制服の学校という事もあったのか、
スカートめくりが流行っていて、
毎日先生に怒られていたような(笑)。

小学校に入学すると一般的に
低学年の頃は一緒に遊んでいるが、
中学年になると両方が異性を毛嫌い、
高学年になると、女の子が男の子を意識し始めるが、男の子は関心が低い。そして中学になると男の子が強く女の子を意識し始める、、と。

確かに6年生の頃になると、
なんとなく女の子は違うもの。
そして興味を感じる、、
という感覚はあったかもしれない。
6年生になったすぐに、先生からのアンケートがあり、クラスで好きな男の子と女の子、嫌いな男の子と女の子を理由とともに1人書きなさいというのがあった。
当時書いたのは、
いつも元気で勉強もスポーツも
一生懸命になる女の子を書いたと思う。
確か、いつも体操服と
デニムのミニスカートという服装で、
けっして目立つ女の子ではなかったが、
私からはとても元気に見える女の子だった。
また、一緒に剣道教室に通っていた女の子も、子どもながらに色っぽい感じがあって、
大会の時など、当時は女子の更衣室など
無かった時代だったので、
一緒に着替えたりする事もあり、
それはドキドキしていたと思う。
私の女の子を見る基準は
どんな事でも
一生懸命やっている人に関心があって、
勉強でも、掃除でも、クラブ活動でも
頑張っている女の子に関心があった。

女の子達の中では、
誰は誰が好きらしいとか、
かなりの話題になっていたが、
当時の私は、
どちらかというと男の子と女の子を
全く区別なく付き合っている事が楽しいという感覚が強く、だからこそ、クラスの女の子達も気軽に話しかけてきたのかもしれない。
体育でダンス練習する時に
手を繋ぐ事に嫌がるなんて事も
実はこのクラスでは無かったのも
そのような環境を作った担任の成島先生の
マネージメント だったのかもしれない。

中学に入学すると
周りは一気に大人の雰囲気を
持つようになったが、
その感覚に違和感を感じていたような
私だった。

よく「初恋」はいつ?と聞く人がいるが、
メディアでよく言われる
ドキドキして話せない
寝ていても彼女を思い出す、、
なんて事はあっただろうか。。

本当は中学の頃にあったかもしれないが
ある事件で、
私はその感情を殺す生き方を
仙台に引っ越してから
過ごすようななった。。
#初恋
#寺嶋さん
#滝沢さん
#亀井さん
#津久井さん
#関さん


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