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生命の起源の探求:生成関係の束構造、毒と膜の役割

システムエンジニアの目線で、生命の起源における化学進化のメカニズムを解き明かすことを目指しています。

この謎を解明するためには、化学や生物学の知見だけでなく、システムの側面からの洞察が重要だと考えています。その意味で、システムエンジニアである私が持っている知見も、有用になる可能性は十分にあると思っています。

この記事では、化学進化における有機物同士の生成関係の構造について考えていきます。まず、初期段階として考えていたモデルを提示し、そのモデルの弱点を挙げます。次に、弱点を踏まえて改良したモデルを説明します。

後半では、このモデルを地球における化学進化に当てはめて考えていきます。まず、このモデルに従って化学進化が進行するためには、多数の水場に分散して様々な化学反応が発生し、時折、有機物の交換が行われるというメカニズムが必要になることを説明します。

それからモデルのサイズに着目することで、化学進化説の妥当性の確認や、モデルやメカニズムの不十分な点に気がつくことが可能になることを説明します。このような形で、有機物の生成関係の構造モデルは、生命の起源の探求に役立つということが、私の考えです。

では、以下詳しく見ていきましょう。

■有機物生成関係の束構造モデルの初期案

化学進化において、細胞で必要になる複雑な有機物が、段階的に合成されていく生成関係を、束(lattice)のような構造で捉えることができるということを考えていました。これは数学的な束に形状は似ていますが、形状だけを借りてきて、ノードとノード間の関係を示すエッジから構成されるグラフとして考えた方が適切です。

その際、束構造の中の各ノードは有機物であり、素材となる有機物と、有機物の合成を促進する触媒となる有機物の組合せが、新しい有機物を生み出すという考え方をしました。

■束構造モデルの初期案の弱点

しかし、この考え方には、2つの側面で弱点がある事に気がつきました。

1つ目の弱点は、一度の化学反応で一石二鳥の効果を示すものを表現できない点です。ノードとして有機物だけをモデル化しているためです。化学反応もモデルに組み込むことで、この問題は解消できそうです。

2つ目の弱点は毒のような存在を表現できない点です。ある化学反応が起きて新しい化学物質が生成される際、その場に素材と触媒があれば必ず化学反応が起きるわけではありません。毒のように、ある化学物質があると、その化学反応が疎外されてしまう、というケースもあります。

このため、化学反応に対して、必要なものだけでなく、存在してはいけないものも、モデルで表現できるようにする必要があるでしょう。

■2種のノードと3種のエッジ

有機物の生成関係を束構造でモデル化する際に、有機物と化学反応の2種類のノードを1つのモデル上で表現することにします。

また、ノード間の関係であるエッジは、有機物同士のエッジや化学反応同士のエッジは存在しません。有機物と化学反応のノードをつなぐエッジのみが存在します。これは二項関係と呼ばれる構造です。

また、エッジについても3種類を設けます。1つ目は化学反応の結果として出てくる有機物を示すエッジです。2つ目は、その化学反応が必要とする素材や触媒となる有機物を示すエッジです。

そして、3つ目は、その化学反応が起きる時に存在してはいけない有機物を示すエッジです。3つ目は、先ほど述べた毒のようなものを表現するためのエッジです。

このように、2種のノードと3種のエッジを持つ束構造としてモデル化することで、有機物の生成関係を、より適切に表現できるようになります。

■地球における化学進化

このモデルで化学進化を捉えると、化学進化が1つの水たまりの中で進行したのではなく、多数の水たまりが必要であることが分かります。

もともと、初期の束構造モデルについて考えていた時も、束構造モデルの中間部分にある中間的な有機物は、非常に多様なものが必要になる点に着目していました。1つの環境下で化学進化が進行した場合、合成されやすい有機物に素材となる有機物が優先的に使われてしまい、多様な中間の有機物が生成されない点を挙げました。このため、1つの水たまりではなく、多数の水たまりで化学進化が進行しなければ、必要となる有機物の多様性が確保できない、と考えていました。

それに加えて、毒のような概念が加わったことで、より多数の水たまりの必要性が明確に理解できるようになります。1つの環境下では、ある化学反応から見ると毒のような作用を持つ有機物も同居することになります。これでは、多様な化学反応が発生することはできません。多数の水たまりに分散して、水たまりの中の有機物の組成がそれぞれ異なれば、必要な素材や触媒だけが存在して、毒のようなものに阻害されずに、化学反応が起きる水たまりができる可能性が増えます。

なお、補足しておくと、私は地球の生命の起源において、水の循環に乗って、有機物が池や湖や海の間を移動したというメカニズムが、化学進化のキーポイントになっていたと考えています。

多数の水たまりで多様な化学反応が発生し、それによって生成された多様な有機物が、水の循環に乗って別の水たまりに移動する事で、新しい化学反応が発生する、という考え方です。水の循環は、川の流れだけでなく、水蒸気、雲、雨の流れも使います。有機物は空気中を漂い、雲に乗り、雨に溶けて移動する事が出来るためです。

この繰り返しにより化学進化が進行することで、細胞が必要とするような非常に複雑で高機能な有機物が合成され得るというのが、私の考えです。

■束構造のモデルのサイズ

細胞が必要とする複雑な有機物の生成に至るまでの、生成関係の束構造モデルの詳細を明らかにすることは容易ではありません。しかし、その束構造モデルのサイズの見通しをつけることはできるでしょう。

細胞を構成する基本的な有機物や無機物の種類は分かっています。また、細胞が必要とする有機物に含まれる分子の数も分かっているはずです。それらの情報を使えば、ある程度、有機物の生成関係の束構造が、何段くらいの層を持ち、最も広がっている部分でどれくらいの種類が必要かは推定できるでしょう。

例えば、シンプルにA,B,C,Dという4つの素材から、A+B+C+Dのように結合された有機物が生成される場合、生成関係の束構造が持つ層の数は10段も100段も必要とは思えません。おそらく2~4段くらいでしょう。中間的な生成物も、10種類も100種類も必要とは思えませんので、多くても5~6種類ではないでしょうか。

このような考え方で、例えば数千や数万の分子が結合した有機物の合成にどれくらいの束構造のサイズが必要になるかは推定できるでしょう。もちろん、単純な繰り返しパターンになるような結合部分がある有機物であれば、分子数でなくパターンの数を基準に考えた方がより合理的でしょう。

こうして細胞が必要とする有機物の生成関係の束構造のサイズの目安を推定できれば、どれくらいの多様な化学反応の器が必要であったかも推定できるようになると思います。ここで言う化学反応の器とは、池や湖などです。

例えば1つの化学反応の器で、お互いに阻害せずに行える化学反応の数を5種類と仮定すれば、ある生成関係の束構造のサイズに必要な化学反応の器の数が分かります。もちろん、化学進化が進行すれば、取り得る化学反応のパターンも増えるため、1つの化学反応の器の中で実現可能な化学反応の種類も、初期の5種類から増えていくと考える方が妥当でしょう。

■必要となる化学反応の器の数や種類の問題

このようにして、細胞を生み出すために必要な束構造のサイズから、必要となる化学反応の器の数を推定できれば、興味深いことが分かるはずです。それは、太古の地球環境に存在したと考えられる池や湖の数や、その地理的あるいは環境的な多様性の種類が、その条件に当てはまるのかどうかです。

もし、当てはまるのであれば、地球はこのモデルに沿って生命を産み出すことができる能力を保有していたと言えるようになります。もし、当てはまらないのであれば、まだこのモデルには足りないメカニズムが働いていた可能性があるのでしょう。あるいは、池や湖以外にも、化学進化の舞台になった場所があるのかもしれません。

例えば地下水のたまり場や、海の中でも深さや海流によって有機物が均質に混ざり合わない性質が利用されていたかもしれません。あるいは、水と土が混じったような沼やぬかるみの作用にも意味があったのかもしれません。

更には、化学進化の過程で脂質を使った膜が早期に登場し、外の環境から分離して化学反応が行える化学反応の器となった可能性もあります。膜が上手く有機物の出し入れができる仕組みを獲得すれば、池や湖の数や種類とは比較にならない膨大な数の化学反応の器が、地球上に存在し得たことになります。

膜を形成する仕組みは比較的シンプルだったという研究結果が発表されたという記事を読んだ覚えがありますので、もしそれが化学反応の器としてうまく機能していたと考えれば、化学反応の器の数や種類の問題は一気に解決するでしょう。

■さいごに

化学反応と毒の概念を有機物の生成関係構造モデルの中に組み込むことで、多数の水場が連携して化学進化が進行したという私の仮説が、より説得力を持つようになりました。

生命の起源の議論において、地球上で生物が誕生したとすれば、どこで生物が誕生したのかという問いがあります。温泉のような場所、海底の熱泉の噴出口付近、鉱物の表面など、素材となる物質が豊富でエネルギーを得られる場所が候補として挙げられています。

しかし、私のようなシステム的なメカニズムに着目して考えていくアプローチを取ると、この問いの答えは1つに行き着きます。生命は、地球上の「どこか」で誕生したのではありません。陸と海、川、池、湖、雲や雨を含む大気、その全体です。地球全体が生命の誕生の舞台だった、というのが、私の確信です。

私の考えている生命の起源におけるメカニズム自体は、あくまで仮説でしかありません。このため、他のメカニズムも考えられると思いながら、1つの考え方として整理しています。

しかし、地球全体が生命誕生の舞台だという点については、生命の起源についてのシステム的なメカニズムの考察を重ねるにつれ強まり、私の中ではほとんど確信に近いものになっています。


<ご参考1>
以下のマガジンに、生命の起源の探求をテーマにした私の個人研究の記事をまとめています。

<ご参考2>
生命の起源の探求の個人研究の初期段階の内容は、以下のプレプリント論文にまとめています。

■日本語版

OSF Preprints | 生命の起源の探求に向けた一戦略:生態系システムの本質的構造を基軸とした思考フレームワークの提案

■英語版

OSF Preprints | A Strategy for Exploring the Origins of Life: A Proposal for a Framework Based on the Essential Structure of Ecological Systems

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