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役割分担の原理:知性と生命の海の中で

人工知能について考えていると、知性というものがどういったものかということを考えることが多くなります。

知性の性質を紐解こうとすると、無機質な物理法則の中で起きる通常の出来事と、知性によって行われることにどういった差があり、どういったメカニズムよってその差が生まれるのかという事を考えることが近道に思えます。

■連続的な役割分担

このアプローチで知能について考えていくと一般的な物理的な現象と比べて、知性は連続する時間の中で、処理すべきこととその実行順序を自ら考えて、実際に実行する能力を持つことに特徴があることが分かります。

これは、いわば各時間の自分自身に、処理を分担していると捉えることができます。通常の分担は、一人ではできないことを他者と分担することで実現することを指しますが、これと同じことを1つの知能が連続する時間の中で実施しているという解釈ができるのです。

■並列的な役割分担

また、人間を含む生物的な知能も、コンピュータで実現している人工知能も、主要な部分は多数の神経細胞のネットワークによる情報処理として一般化することができます。この神経細胞群の並列処理も、この視点から捉えると、並列に処理を分担していると解釈できます。

従って、時間軸上での連続的な分担と、神経細胞群の並列的な分担により、高度な知的処理が実現できていると考えられるわけです。この能力は、連続的および並列的な処理単位を組織化する能力とも言えます。

■役割分担の学習

こうした分担を行う場合、各処理単位の判断で役割分担を決めて処理する方法と、連絡や指示などの情報伝達により役割分担をする方法とがあります。

並列的な処理単位間でも連続的な処理単位間でも、各処理単位の判断は学習やトレーニングの過程で身についていきます。それは、人工知能の学習にも、スポーツの個人練習やチーム練習にも当てはまります。学習や練習を重ねるほど、的確な分担を素早く行い、高度な処理が実現できるようになっていきます。

■動的な役割分担

しかも、知能が高度な場合、この学習や練習により固定的に役割分担がなされるだけでなく、各処理単位が状況に応じて動的に役割分担を判断する能力も獲得することが分かります。これにより、経験した事のない状況においても、的確に組織化された処理を実現することができるようになります。

■記憶と通信に基づく役割分担

また、情報伝達は、連続時間における処理単位間では記憶によって、並列な処理単位間では通信によって行われます。また、伝達される情報も、0と1のシグナルのようなごくシンプルなものから、シンボルやワードのように一瞬で様々な意味を伝えられるもの、文や文章のようにより複雑な意味を伝えられるものまであります。

■役割分担のための情報伝達様式としての言語

そう考えると、神経細胞の記憶と通信の能力と、情報伝達様式としての言語も、役割分担のために進化してきたという仮説も成り立つでしょう。

連続的および並列的な各処理単位の役割分担の判断の際に、記憶や通信による情報伝達が行えると、未知の状況においても、さらに的確な役割分担が可能になります。神経細胞のシグナルのような記憶と通信だけでもかなり強力な知性を実現できます。また、高度情報様式である言語を用いることで、1つの知能でもより洗練された処理が行えるようになりますし、大企業や国家のプロジェクトような膨大な処理を的確に実現することも可能になります。

■役割分担の高度化のための知能の進化

このように、役割分担による組織化という観点から知性を捉えると、知能はまさにそのために進化しているように見えてきます。

神経細胞が知能の最小単位であるらしいことは、その学習により役割分担を定着させる能力、記憶により未来の自分自身と、そして、通信により他の神経細胞と役割分担の調整をする能力を持っている点により説明ができます。

神経細胞がネットワークを形成し、その数が大きくなると、単純に役割分担ができる処理単位が増えることで、高度な処理を行えるようになりますので、生物の知能の進化において脳細胞の数の増加が重要であることは役割分担の点からも明白です。そして、神経細胞が集まって記憶と通信に用いる情報伝達の様式を、シグナル、シンボル、ワード、センテンス、ドキュメントのように高度化させていき、言語が生み出されたことも、役割分担の高度化という観点から説明可能です。

■役割分担という基本原理の拡張性

さらには、単一の神経細胞が時間軸上で知的に振舞う能力の基本原理である学習と情報伝達による役割分担は、並列に複数の神経細胞にも適用できる原理であると共に、神経細胞のネットワークである知能を持つ生物個体同士が形成する社会や、寿命や世代を超えて連綿と続く知的な活動にも共通する基本原理となっていることがわかります。

これは、時間スケールにおいても空間スケールにおいても、知能による役割分担という基本原理が、多層的で、どこまでも広がっていきながら高度化していく拡張性を持っている事を意味します。

■基本原理の視点から見た多細胞生物

神経細胞も1つの細胞ですが、神経細胞以外の細胞とも組み合わさって多細胞生物は活動しています。役割分担という観点では、神経細胞のような柔軟で高度な学習や情報伝達の作用は持っていないように見えるかもしれません。

しかし、生物の進化の時間スケールで考えれば、環境に適応するように複数の細胞の役割分担が進化して来た過程は、役割分担の学習と捉えることができます。また、過去の個体が進化の中で経験していないような状況に対しても、1つの個体がある程度対処できる柔軟な適応能力を持っているという点は、複数の細胞の動的な役割分担ができる仕組みを持っていると言えます。

そう考えると、神経細胞に限らず、多細胞生物の細胞は、連続的および並列的な役割分担の動的な組織化の能力を持っていることになります。そこには、知能と同じ基本原理が働いています。

■基本原理の視点から見た単細胞生物

生物の進化の歴史を遡っていくと、多細胞生物が登場する以前には、単細胞生物だけが存在していたと考えられます。単細胞生物は1つの細胞だけで生命活動を維持しています。1つの細胞だけでも、環境に適応する能力と、未知の状況にある程度適応できる能力があります。

これは、1つの細胞の中に、多様な細胞内組織が存在しており、それらが連続的かつ並列的に、まさに組織的な役割分担を行っていることによります。従って、単細胞生物であっても、知能と同じ基本原理に基づいて、ある種の環境の学習と適応を行っていることになります。

細胞は単に細胞内の高度な組織というだけでなく、DNA、RNA、タンパク質を中心的な要素とした複雑なシステムとして捉えることができます。

DNAは環境に対して生物が学習した情報を記憶することができ、それをRNAを介して細胞内の組織に伝達してタンパク質を合成することができます。タンパク質は生命活動を維持するための多種多様な処理を行う主体です。この仕組みの中で、生命を維持するという高度に組織化された処理が行われていますが、そこにも学習と適応が可能で、連続かつ並列的な役割分担が行われていることになります。

■基本原理の視点から見た生命の起源

私は個人研究のテーマとして、生命の起源について、システム的なメカニズムの観点から探求しています。

単細胞生物が登場する以前にも、細胞内で行われている仕組みの原形があり、それが進化して単細胞生物が誕生したと私は考えています。その視点から考えると、よりシンプルな仕組みの中にも、知能と同じ役割分担の基本原理があり、それが進化を重ねて生物の誕生に至ったという仮説を立てることができるでしょう。

連続的および並列的な役割分担の動的な組織化という観点から考えると、無生物であっても、化学物質同士の反応は、連続的で並列的に行われることはごく自然な事です。問題は、連続的かつ並列的な役割分担を学習することと、未知の状況に適応する動的な柔軟性を持つ部分でしょう。

生物誕生以前に、地球上の化学物質がこの性質を満たす事ができ、それが継続的に拡張や高度化することができたとすれば、無生物から生物が誕生する流れは、知能の高度化と同じ基本原理と枠組みで説明ができるはずです。

■化学物質と神経細胞の海の中で

ヌクレオチドの連鎖的な構造であるDNAやRNAと、アミノ酸の連鎖的な構造であるタンパク質が、情報伝達様式として知能における言語がシンボルの連鎖的な構造となっている点は、興味深い符合です。

言語が知能の役割分担能力の進化に大きく貢献したという仮説は、DNAやRNAやタンパク質が生命の中心的なシステムを構成するように進化してきたことから、類推的に裏付けられる可能性もあります。

また、化学物質の海の中で無生物から生物が生まれた過程を役割分担の高度化という基本原理で説明ができるとすれば、神経細胞が織りなす知能の海の中で無意識から意識が生み出されることも、同じ原理で説明ができるようになるかもしれません。

■さいごに

この記事では、一般的な物理的な反応と、知性の違いという観点から、時間に分割された処理の連携に着目し、そこから役割分担という原理があることを導きました。この役割分担の原理は、時間方向だけでなく同時並行的な分担にも同じく適用でき、かつ、そこには学習と情報伝達が鍵となることも整理することができました。

この基本原理の観点から眺めると、単一の神経細胞であっても、ニューラルネットワークであっても、個人にも社会にも同じ原理が作用して、高度な処理が実現できることが理解できます。また、遡って多細胞生物、単細胞生物、そして生物誕生以前の化学物質の世界にも、この原理により高度な処理を行い、並列性の規模、学習、情報伝達の高度化によって進化が進行したという考えに至りました。

加えて、そこには情報伝達様式としての言語、DNA・RNAとタンパク質のメカニズムの進化があり、それが役割分担を高度化したという仮説や、意識や生命の起源を役割分担という共通的な原理で説明できるのではないかという推測にまで考えを広げることができました。

この基本原理を仮定することで、私たちは最も単純なモデルから、その原理が洗練されていく様子を段階的に理解することができる可能性があります。

単一の神経細胞だけでも、連続的な時間の中でどこまでの役割分担が可能であるのか、単一から2つの神経細胞に拡張されることで何ができるのか、シグナルからシンボルへの記憶と通信の進化には、いくつの神経細胞が必要なのか、さらにワード、センテンスに言語が進化していく過程で、どのような構造や処理が神経細胞の中に現れ、それが役割分担をどのように、どの程度高度化することになるのか。

少し考え始めただけでも、この視点から沢山の洞察が得られそうに思えます。生命や知性のように複雑な現象を、小さな規模から段階的に考える事ができるというのは、それが順番に進化することができたという証拠にもなりますし、同時に私たちの理解の進歩も段階的に行えるという事を意味します。加えて、それを生命の起源と知性の起源の双方で行う事で、より多くの洞察や手がかりを得ることもできるでしょう。

また、この記事のタイトルと最後のセクションには「海」というキーワードを使いました。これは生命の起源が地球の水の中で起きたと考えられていること、細胞自体が液体の細胞質の中での化学反応により生命を維持していることになぞらえています。

そして、それを知能にも援用したのは、液体中で化学物質が出会って化学反応が連鎖する構造を、情報処理システムとして模倣したものが、出力を入力に加えて繰り返し処理を行うタイプのChatGPTのような人工知能の処理構造に符合しているという考えを私が持っているためです。このため、役割分担が行動化する仕組みには、学習と情報伝達の進化という共通の原理だけでなく、「海」の中でおきるような処理構造面でも共通性があることを、私は予感しています。


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