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価格信頼の崩壊

ホットコーヒーの飲み口が小さければ小さいほど、そこから出てくる熱いものに恐怖して、ビクビクしながら飲まざるを得ない加藤です。
#猫舌ではない
#けど怖い

先日どうしてもみかんが食べたくなってスーパーに買いに出かけました。
そこで売っているみかんは200円台のものと、300円台、400円台のもの並んでいました。
今回は一時の気持ちを満足させたいがための、言わば衝動買いに近い買い物だったので、“おいしさ”を求めて1番高いみかんを買いました。

そしたら大失敗。
それはそれは酸っぱいわ、種あるわで僕の期待値をはるかに下回ってきました。

「高いもの=おいしい」ではなくなってきていることに改めて気づかされました。


今回の失敗は高いければおいしいんだという僕の古い古い固定観念が引き起こしたものです。
これがなぜ起こるかというと、1番大きいのは“知識の浅さ”があると思います。
わからないからとりあえず高いものを買えば間違いないだろうというものです。


サービスでおいしさを補填できる

先日から丸の内のo/sioというところで研修をさせていただいてます。
新しいことがいっぱいでめちゃくちゃ楽しいです。
その中のひとつがお客様とのコミュニケーション回数が多いことが挙げられます。

貧乏人のパスタって何ですか?
この料理に合うワインって何ですか?

拙いながらも自分なりに僕も説明させていただいております。手持ちの言葉が足りなさすぎてヤキモキしておりますが…
知識も当然まだまだ足りませんが、これを自分なりの表現の仕方、抑揚、オノマトペ、手振りができたらもっと面白いだろうなと思います。

そして、お客様に合わせて表現を変えることができたらもっといいだろうなと思います。

深い、奥深い。

まだまだできることはたくさんあるなと肌で感じております。


ただ出された料理は、食す意味合いが強くて、他のこと(携帯や食以外の思考など)に気がいきがちですが、こちらから説明させていただくことで、どういう味なんだろうか?と一度目の前の皿と対峙するというか、食と向き合うきっかけになるのではないかと考えています。

少し堅苦しい表現になってしまいましたが、僕から説明したことで、目の前のお皿が何割かでもおいしくなるんじゃないかなと可能性をこの何日かで感じてしまったしだいです。

なんかもはや取り皿出しただけでもなんかしゃべりたくなっちゃうというか、何も話さないことに違和感を抱き始めてしまいましたが、お客様の邪魔にだけはならないように気をつけて参ります笑

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