空間とは何か(番外編) 「方程式は環である」について
「方程式は環である」というのは、いわゆる「佐藤幹夫の哲学」と呼ばれているもの(の前半分)である。このモットーは現代数学のさまざまな分野の諸相において見出せる、ある種の普遍的な構造を捉えたもので、その含蓄は思いの外深い。佐藤幹夫にとってこの哲学は、代数解析学を含めた彼の多岐にわたる仕事と関係したものだと思われるので、ここでいう「方程式」は微分方程式をも含んでいる。
「空間とは何か」という連載の一つの番外編として、ここでは今後スキームという空間概念について考えていく上でのヒントとして、佐藤幹夫の哲学からの道筋をつけておきたい。
代数方程式とその解
体$${K}$$上の(1変数)多項式$${F(x)\in K[x]}$$によって与えられる$${K}$$上の代数方程式$${F(x)=0}$$を考えよう。この方程式の情報を、有限型の$${K}$$代数
$${\hspace{10em}A=K[x]/(F)}$$
によって理解することが、このモットーの最初歩である。実はこの環は与えられた方程式の本質的な情報をすべて握っている。この環を、以下では考えている方程式の構造環と呼ぶことにしよう(この呼び名は私が思いつきで勝手につけたもので、一般的なものではない)。
任意の$${K}$$代数$${R}$$に対して、方程式$${F(x)=0}$$の解を$${R}$$の中で考えることができるが、この情報は$${K}$$上代数の準同型
$${\hspace{10em}\phi\colon A\rightarrow R}$$
と同値である。実際、この形の準同型は$${\alpha=\phi(x)\in R}$$の値で決まるが、構造環$${A}$$においては$${F(x)=0}$$が(抽象的に)成り立っているので、$${R}$$において$${F(\alpha)=0}$$が成り立たなければならない。すなわち、$${\alpha}$$は$${K}$$代数$${R}$$における方程式$${F(x)=0}$$の解である。逆に、$${R}$$における方程式$${F(x)=0}$$の解$${\alpha}$$が与えられれば、$${x}$$を$${\alpha}$$に写す$${K}$$代数射$${K[x]\rightarrow R}$$が決まるが、$${F(\alpha)=0}$$なのでこの射の核は$${F}$$を含む。よって、準同型定理からこれは$${\phi\colon A\rightarrow R}$$を誘導する。
以上より、$${K}$$上の代数方程式$${F(x)=0}$$は$${K}$$代数$${A=K[x]/(F)}$$によってエンコードされ、$${K}$$代数$${R}$$における解の集合(解空間)は$${K}$$代数射の集合(構造環$${A}$$の「表現」)
$${\hspace{10em}\mathrm{Hom}_K(A,R)}$$
で与えられる。このピクチャーが「方程式は環である。解とは準同型である」という佐藤の哲学の原型である。
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加藤文元の「数学する精神」
このマガジンのタイトルにある「数学する精神」は2007年に私が書いた中公新書のタイトルです。その由来は、マガジン内の記事「このマガジンの名…
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