『関心領域』

 『関心領域』を観た。二重性を意識した映像に最後まで魅せられ、『落下の解剖学』に続き、ザンドラ・フラーの演技に感嘆しつつ(今年のオスカーは彼女であるべきだった)、いくつかの疑問が残った。

1.彼らは無関心か

 本作は、予告編も含めて、収容所のすぐ横であるにも関わらず、瀟洒な居宅と平穏で幸福な生活を送る所長とその家族を、そのような生活を送ることの残酷さを含めて批判的に描く、というスタンスを維持していた。

 しかし、実際に本作を観ると、彼らは収容所の隣「であるにもかかわらず」平穏な生活を送っているのではなく、収容所の隣「であるからこそ
」平穏な生活を送っていることがわかる。

 まず、彼らは(一部の子どもを除き)収容所での搾取が自らの生活の基盤(賃金、収奪した物品)であることを自覚している。また、特に妻は、収容所での搾取の上に自らの生活が成り立っていることをアイデンティティとしている。このことは、彼女が、夫の転勤に強く反対していることからもわかる。

 自らの富の根拠を誇示することは一定以上裕福で社会的地位のある者にはありふれた態度である。例えば、狩猟を生業とする者は、獲物の剥製をリビングに飾るし、スポーツ選手はメダルを飾る。他方で、宝くじにより富を得た者が、当りの券を額縁に入れて飾るかといえば疑わしい。

 予告編では、彼らの生活は誰もがうらやむような生活に見えたが、収容所でなくとも(赤レンガ倉庫でも、ハリーポッターのテーマパークでも)隣に大きな建物が立ち並ぶ家に住みたいと思う人は多くないのではないか。つまり、彼らは気づかないからあの場所に住めるのではなく、気づいているから住める(住みたい)のである。

2.無関心を強調する演出

 しかし、本作の演出は、彼らが足元の虐殺に無関心であることを強調する。一部の登場人物を除いて、塀及び収容所の方を見ないことはその一例である。また、冒頭、中盤の何も写らない(真っ黒など)シーンや、エンドロールほかのおどろおどろしい音楽は、彼らの生活を虐殺の影が覆うことを示唆する。加えて、主人公が終盤嘔吐する場面は、事務的に大量殺戮をこなしてきた彼が、無意識のうちにその負担や道義的圧力の影響を受けたとみることもできる。

 だが、先ほど述べたように、職務を理由として、また地理的に近接しているという事情から、彼らは収容所に強い関心をもっている。そのため、無関心を強調する演出がやや遊離して見える。このことは例えば、ユダヤ人やナチスの政策に関する会話が最小限に抑えられていること(普段は収容所のこと等を忘れているという演出)にも表れている。

3.加害者の視点から加害者を断罪できるか

 被害者の側から描いた作品において加害者を断罪することは比較的容易である。では、加害者の側から加害者の行為や考え方を断罪することはできるのだろうか。

 例えばヤクザ映画において、真にヤクザを断罪することはできるのか。おそらく難しいであろう。警察や一般市民の目線で描く作品ならともかく、ヤクザ映画では、彼らなりの(独自の)思考回路や行動原理が描かれるからである。

 本作は、加害者側を描きつつ、加害者(ナチスの行政官)の加害性とその家族の無関心を描こうとする。だが、そのような描写が可能なのは、相手がアウシュビッツ等で行われた加害についてひととおり知っていて、外在的に登場人物を断罪できると考える場合である。しかし、本作では、加害者側の生活に固有の倫理や論理を示しつつ、それを批判しようとしており、そこで生じる矛盾に十分目が向けられていない。

 もちろん、本作のカメラと被写体の距離に鑑みて、本作が加害者の目線で描こうとしているのか、(被害者の目線を内面化したうえで)加害者を描こうとしているのか、議論が分かれるかもしれない(そこは本作の巧みさでもある)。だがいずれにせよ、広い意味で加害者の側から描かれた(主人公の居宅の庭から見上げる収容所)作品であるとの位置づけは変わらないことから、本作の主人公たちへの非難は外在的なものとならざるを得ない。

4.観客の「無関心」は作中のそれと同じか

 本作を、現代の様々な戦争、紛争と重ねることは妥当か。虐殺に対する無関心という点で重ねて論じることも妥当であろう。

 他方で、日本の観客が本作をみるとき、本作がまさに虐殺を主導、管理していた人物のお話であることに注意が必要である。彼らと、他のドイツ人、他国(同盟国)の国民では立場が違う。すなわち同じく「無関心」でも、その程度や内容が違うのである。

 ここまで、本作の演出に驚嘆しつつ、本作の日本でのPRの仕方も含めて批判的に検討した。本稿での検討を振り返ると、本作は「関心領域」というタイトルから想起されるイメージや期待をPRしつつ、その内容は単なる外在的な批判ではないといえるだろう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?