あなたを・もっと・知りたくて

※タイトルは内容と関係あるっぽいけど全然関係なし。
使いたくなっただけ(*`艸´)

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今回は自戒をこめてというか
自分に言い聞かせるための記事です(っていつもそうだけど)


ここ最近、コミュニケーションの難しさについて
つれつれと考えています。
難しいですよね、ホントに・・・。


いつも読ませていただいている記事。

こちらには人前で複数の人に何かを伝えるシチュエーションでのお話が
書いてあります。

コミュニケーションとして喋る・会話する・伝えるということって
(当たり前ですが)とーっても大事ですよね。
いっき82さんの記事の中で書かれていたことで、
これは喋るという意味でももっと大きな意味でも
絶対に大事だと思うことがありました。
こちら↓

自分の知っていることが
「標準」という考えは避ける


ここではビジネス上で、例えば上司が部下に何かを教えるときとか
そういったシチュエーションでのことをおっしゃっているのですが、
知っていることだけではく、
どのようなことでも自分が標準だと考えると
コミュニケーションがこじれるんじゃないかなぁと思います。

でもなかなかできないですよね(苦笑)
私自身、やっぱりどうしたって自分の価値観・考えていることが「標準」「当たり前」「普通」「正解」だと思いがちです、はい。
頭では「みんな違ってみんないい」なんて思ってるし
なんなら口に出して言いますが
実は心の奥底では「やっぱり私が標準で正解」って思ってる。と思う・・・(反省)

いっき82さんは

文章を書くのも、人前で話すのも、
(略)
自分をアピールするための
パフォーマンスではない


とも書かれています。
ほんと、そうですよね。
で、コミュニケーションに関して言うと、

わたしのことわかってほしい
あなたのこともわかりたい


っていう相互の関係性が基本だと思うのですが
人間ちゅーもんは、というか、私自身を振り返ると
やぱり「わたしのことわかって」が強くなっちゃって
「あなたをわかりたい」が足りないかもなんて思います。

そして、わかるというのは受け入れて相手の言いなりになるというのではなく、敬意ということだと思うのです。
さっきの話に戻すと
「自分が当たり前」ではないという視点を持つことは
敬意に通じるんじゃないかなぁと思ったりします。
あなたの標準、わたしの標準、それぞれ大事。
そう思えば
わたしと違うあなたに敬意をもって接することができるんじゃないかな。

話が飛躍しすぎたかしらん(;^ω^)
まま、いいか。

これらのことは
口ではなんとでも言えます。
頭ではなんとでも思えます。
それより実行できるかできないか、ですよね。
私は、実行していきたいです。
そして、この考えを「違うだろ」と思う人に対しても敬意を持つ自分でありたいです。

そう自分に言い聞かせています(ダメ出しではなくね)。


いっき82さんの記事のおかげで、
最近考えていたことを言葉にすることができました。
スッキリ。
感謝であります。



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赤裸々な告白とかではありません。

齢50を過ぎた女が自分の愚かさと間違いとまあいっかをつぶやく日記

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