見出し画像

【きくこと】 第4回 高野洋平(建築家) 重なり合い、排除しない場所

高野洋平

建築家。2003年佐藤総合計画に入社、岡崎市図書館交流プラザ Libra、高崎市総合保健センター・高崎市立中央図書館、オーテピア高知図書館などに携わった後、2013年より「MARU。architecture」を森田祥子と共同主宰。

高知工科大学特任教授、法政大学非常勤講師、京都大学非常勤講師。

個人住宅、集合住宅、認定子ども園から大規模な公共文化施設など幅広く手掛け、CASA BRUTUS 2022年2月号『真似したくなる家づくり』においてもトカゲと人間が同居する独特な個人住宅が掲載される。

2019年に手掛けた松原市民図書館は、グッドデザイン賞2020、日本建築家協会優秀建築選2020、おおさか環境にやさしい建築賞、第62回BCS賞、日本空間デザイン賞2021銅賞、JIA 環境建築賞2021入選、土木学会デザイン賞2021奨励賞、第4回日本建築設計学会賞など数々の賞を受賞。

💁‍♂️この記事をご覧になる前に♫


今回、noteにて記事を公開するにあたり、2021年11月30日に図書館総合展オンラインにて行われた5時間の生配信(第0回〜第3回)の記録に先駆け、2022年3月4日に収録した建築家高野洋平氏の記事と動画を公開します。
第0回〜第3回は順次更新いたします。そのため若干、話が前後してしまうところもありますが、ご容赦ください♫


染谷×廣木が語るときに語ること

廣木 じゃあ始めましょうか。

染谷 始めましょう。

廣木 第何回になるんですか?

染谷 どうしましょうか。第4回にしましょうか。

廣木 4回にしちゃいますか。
※元々2021年11月30日の図書館総合展5時間生配信の御三方はプレの第0回と考えていましたが、あまりにも内容的に良かったのでこの時点で急遽正式なものとしました…。

染谷 第4回「図書館について語るときに我々の語ること」を始めていきたいと思います。よろしくお願いします。
改めて、日本出版販売の(現株式会社ひらく代表取締役)染谷拓郎です。よろしくお願いします。

廣木 図書館総合研究所の廣木です。よろしくお願いします。

染谷 前回が11月30日でもう3ヶ月くらい空いちゃいましたね。リズムができてくるまでは、少し時間がかかるかもしれません。前回11月30日に3名の方にお話を聞いたので、今回は4回目という形で進めていきたいと思います。

この取り組みは、日販と図書館総合研究所が共同主催するプロジェクトで、図書館ど真ん中の業界の方ではない方をゲストに毎回お呼びして、色々なお話を聞きながら、図書館やそれに類する取り組みがもっと良くなるようなことを引き出したり、一緒に語ったりしていきたいというプロジェクトになります。お話を聞きながら、それをテキストに残したり映像で配信したり、ゆくゆくは違うプロジェクトに転用していきたいという思いで進めていきます。

廣木 そうですね。前回(第1回〜3回)の冒頭で、図書館を建てることが街の活性化に繋がることにみんな気づいた、という話をしていました。首長さんが町興しのために図書館を建てるという事例が聞かれますが、そういう使われ方が今すごく脚光を浴びています。

それはそれですごく良いことなんですが、そもそもこれからの図書館って何なんだろうという中で、閉じこもっていたら次の時代の図書館というのはできないだろうという話の中でのプロジェクトです。

だから色々な業界の人に話を聞いていこうということです。前回の会が終わって、この数か月の中で、僕の中ではまだ図書館って駄目だなという出来事が色々ありました。なんというか、そういうふうに図書館が町興しになると気付いている人は気づいているんですけど、一般的にはやはり図書館というのは静かに本を読んでというイメージがある。

いらない人にはいらないという施設なんだろうなと感じることが、この数か月ありました。そういう意味でも、もっと図書館の認知度というか、これからの図書館を拡げていかないといけないし、色々な業界の人と話しながら、どんどん滲み出していかないといけないんだろうなということを痛感しています。一方、やはり立ち返って、図書館そのものって何だろうというのを常に頭の中に入れておかないといけないですね。

例えば戦争が起こったとしたら、図書館が真っ先にぶっ潰される可能性は高いですよね。そうではなくて、図書館がないと人間としての文明というか、そういうものは維持できない根元の存在としてあるべきだということを、もっと知らしめる必要があるんだと思います。

ウクライナの図書館は超ハードコア


廣木 あんまり政治的な話になった場合はカットしてもらいたいんですけど。ウクライナの図書館が今どうしてるかというのを調べてみました。

染谷 この収録は3月4日に行っております。

廣木 2月23日にウクライナの図書館協会が声明を出しているんですよ。そこで言っているのが、これちょっとGoogle翻訳なので言葉が変ですけど、「私達は偽物、誤った情報サイバー脅威、この戦いの最前線にいます」と。私達というのは図書館ですね。

「図書館というのは誰もが新しい知識やスキルを身に付ける機会を持つ教育スペースです。図書館員は毎日人々、コミュニティ、社会が真の情報と嘘を区別し、情報や心理的な操作に抵抗できるように取り組んでいます。図書館は安全と自由の場所であり、図書館を必要とする全ての人が情報、インターネット、心理的サポートに無料でアクセスでき、人生の問題を解決するのに役立ちます。また図書館は人々が自分自身を見つける力の場所です。」

「図書館はロシア連邦が長年にわたって行ってきたハイブリッド戦争~」
これはおそらく情報戦とか含めてのハイブリッドってことなんでしょうけど、「~における国家の戦略的武器なのです。ウクライナの人々を地域社会が直面している課題を克服する上で、図書館は過去8年間のロシアの侵略の間に明らかになりました」そういう役割があると。

声明の次の日に侵攻があったわけですが、「ロシアとの公開戦争の脅威に直面したとき、私達全ての図書館は私たちの重要性と責任を認識しています。」ということでやはり、嘘を区別するというか、正しい情報とか、そういう文明の中で、特に現代社会の中において、何が正しくて重要なことなのかという人々の知識の源になるものであり、我々(図書館)は欠かせないものなんだということを、このウクライナの図書館協会は言っている。だから戦争になったら、現段階でどうなっているかわからないですけど、やはりぶっ潰されなくて良かったなというか、こうありたいなと思いました。

一方The National Library of Russiaは何と言っているかというと、2月28日のニュース。営業時間変更のお知らせ、3月5日図書館は月曜日の9時から21時まで開いています。3月7日は9時から16時。3月8日は祝日で休館。3月29日は図書館清掃のため閉鎖、つまり通常営業。

これが良いか悪いかというのは置いておいて、ウクライナの図書館のあり方というのはなるほどという思いがあります。どちらが良い悪いっていうのはもちろんコメントは差し控えますけれども、このニュースは面白いなと思いました。

染谷 自分の頭でちゃんと考えられるようにとか、嘘を見抜くみたいなことは、やはり図書館にはいろんな本があることが作用しているんですよね。1冊の本だけだとそれがフェイクかリアルかわからないけど、たくさんある中から自分で考えて、みたいな。ちゃんとそうやって声明を出すのはすごいですね。

そのステートメントは図書館の本質的なことをまとめていると思いました。

廣木 色々と新しいものを作ろうとしたときに、こういうことは忘れがちなんですよね。だからバランスというか、コアな部分というのは持ちながらも、これをどう発展させるか、「壊すという名の発展」になるかどうかというのを今後追求していきたいですね。

染谷 はい。では、そろそろ本日のゲストをお呼びしたいと思います。

建築家 高野洋平が語ること


廣木 高野洋平さんです。マルアーキテクチャという設計事務所を森田祥子さんと共同主催しています。高野さんは名古屋でお生まれになりまして、2003年から佐藤総合計画に入られて、そこで岡崎市のLibraという図書館交流プラザとか、高崎市立中央図書館に関わられていました。

その後、マルアーキテクチャという会社を立ち上げて、その後も土佐市の複合文化施設、南国市立図書館、伊東市の図書館に現在関わられています。図書館も結構手掛けられてはいますが、そもそもの建築家として今非常に注目されている方なので、お話が聞ければなと考えております。高野さん、よろしくお願いします。

高野 改めまして高野です。よろしくお願いいたします。

染谷 僕と高野さんは今日初めましてですね。よろしくお願いします。廣木さんと高野さんは結構長いお付き合いなんですか?

廣木 もう2年ぐらいですか。

高野 もう2年経ちましたか。まだ経たないかもしれないですね、でも何かそんな気分にはなりますよね。

染谷 どういう出会いだったんですか?

廣木 これがですね、思い出せなくて。

高野 廣木さんが図書館総研さんの代表に就任されるぐらいの時期で、若い方が代表になったということで。多分年齢が割と近いですよね。

廣木 はいそうです。

高野  TRCさんとは前職のときからもちろんお付き合いはあったんですけれども、廣木さんが図書館総研の代表就任というタイミングで、廣木さんは新しいことをやられている方と伺って、ちょうど良いんじゃないのかということでご紹介いただいたんだと思います。

廣木 そうですね。紹介してもらって、話をして意気投合というか、お付き合いしてくれてるのかな。

高野 ちょうどそのころ、大阪松原市の図書館ができた後でした。それはですね、ちょっと変わった図書館で、水の中に建っているっていうような図書館なんです。それがちょうど建った後で最初の話題としてそのお話しをしたら廣木さんが面白いという話をしてくださって、そこから色々廣木さんがなぜ図書館のこういうお仕事に関わられたのかとか、なんかそういう話も聞いたりしているうちに面白い方だなと。

独立してから公共施設を手がけるまで


染谷 高野さんは現在手掛けられる領域としては公共施設が多いんですか?

高野 どうなんでしょう。今独立してちょうど9年目になるというところなんですけれども。これは建築の世界では割と一般的なんですが、例えば独立して一番最初にそういう仕事はもちろんないわけです。小さい住宅のリノベーションとか、そういうまず仕事があるかないかみたいなところから始まりました。こういった公共のお仕事というのは、やはり公共性があるものだから、ちゃんと公募して提案してという様な、いわゆるプロポーザルとかコンペとかがあるのですが、それに当選し始めて手掛けるようになったというところです。そんな簡単にはできないというのもありますが、でもようやく独立して数年経って、最近ではそういったことにもいくつか関われるようになってきました。

一人ひとりが居場所を見つけられる場所


染谷 つくっていきたい領域として、例えば住宅よりも、もっとパブリックなものの方がやりがいがあるとか、そういうのはあるんですか?建築家として大きい建物を作りたいみたいな。

高野 そうですね。もちろんそういうのもありますけど、根本的には「人がいる場所をつくる」ということだと思っているので。逆に前の事務所にいたときは本当に大きいものを中心にやっているところだったので、個人住宅は設計したことがなかったです。独立してから、「全部を自分の身体感覚で見れる設計」というのに住宅などで関わることができたという感じですね。

それはやはり経験としては結構大きくて、そういう割と密度が高い空間とか身体みたいなものを、今はもう少し大きいスケールとしてやっと展開していけるようになってきたかな。

染谷 前職ではすごく大きな中の一部分みたいな感じだったけど、独立することによって、自分の身体とか、スケールで、ある程度ギュッと見られる部分になって、それがさらにどんどん大きく拡張していったという感じですかね。

高野 はい。簡単に言うとそうですね。

染谷 「人のいる場をつくりたい」という話でしたが、逆に建築で「人のいない場をつくること」はないような気がしますが、何かその言葉って結構重たい意味がありそうだなと。

高野 そうですね。やはり何か居場所みたいなものって多分皆さん一人一人、あるんじゃないかなと思っていまして。そういうものが見つけやすい空間と、そうでない場所というのはあると思っています。それがちゃんと見つけられるような場所をつくりたいと思いますし、1人1人異なる感覚を持っていると思うので、やはり難しいですよね。特に空間が大きくなればなるほどそういう場をつくることがどんどん難しくなります。

例えば図書館はかなり大きい空間であることが前提になっていると思うのですが、それってすごく難しいといえば難しいんですよ。場所の手がかりがなかなかないというか。何をきっかけにすればそこに「いられる場所」ができるんだろうというのは昔から難しく感じています。

染谷 廣木さん、もう冒頭からめちゃくちゃ面白い話が。トップスピードで聞けて良いですね。

廣木 もう私はスイッチ切れました…。

染谷 居場所が見つけやすい建築というのは何か法則化できるものなんですか?もちろんそれぞれの土地とか、求められる様式とか、ここには図書館が、ここには集合住宅とかにもよって違ってくると思いますが。

高野さんのカードの切り方みたいな、そういうのはあるんですか?

重なり合い、排除しない場所


高野 そうですね。何か法則みたいなのはなかなか難しいなとは思うんですけど。建築の歴史みたいな話も少し交えて言うと、こういうすごく大きな建築物が一般的にできるようになったのって実はここ100年とかなんです。それぐらいで何があったのかというと、工業化という世界の流れの中で、いわゆるモダニズム建築というのが発明されたんですね。

それより前の大きい建築というのは、基本的には教会とか、日本でいえばお寺とか神社とかそういう様なシンボルでした。普通の人が大きい建物を建てるとか、その中にいるとか、そういう、いわゆるビルディングタイプの、学校とか大規模オフィスとか、それこそ図書館というのがバンバンできるようになったのがモダニズム建築ができてからになります。

モダニズム建築の目的というのは、工業化した社会の中でいろんなものを量産することなんですが、どこの国でも、どこの国に持っていってもできるとか、そういう生産のシステム、建築を作るというのがその時代に発明されました。

そうすると一気にいろんなもののスケールがどんどん大きくなったのですが、それに伴い、モダニズムというのは装飾とかも良くないというので、ツルツルにしていく(装飾をなくしていく)という動きがありました。その後それがだんだんおかしいんじゃないかみたいな流れが出てきたりとか、消えたりとかして。

ITや情報もそうだと思うんですけど、みんなこの急に発展した社会の中にどう自分の身体を重ねるかみたいなことを何十年と考えてきた。その中で今僕たちが考えようとしているのは、「できるだけいろんなものを排除しない場所の作り方」みたいなことができるといいなと思っています。例えばそういう建築って構造体がメインですけど、その構造体もあるし、そこにいろんな物が置いてあっても良いとか、いくつか物がうまく重なるような考え方のデザインができないかなというのを考えています。ちょっとややこしくて申し訳ないですけど。

染谷 めちゃくちゃ面白いです。

高野 そういういろんなものが一緒にある状態というのを居場所の作り方としては結果的に大事にしてきているかなと最近思っています。

ただそういうことって結構難しくて、僕ももっと若いときはやはり建築家というのは何か確固たる手法とか言葉があるんだろうという風に思っていたんですけど、実際作ってみると、毎回そういうわけにもいかない。最初からそういうのはなくて、いろんな人と話しながら作っていって、最後にできてから、「なるほどこれはこういうことだったのか!」みたいなことも結構いっぱいあります。

そういう意味で言葉が先なのか、そういう手法が先なのかみたいなことは、実はかなり曖昧な状態の中でやっています。ただ振り返ってみると、そういういろんなものが一緒にあることをどう作るかというのは、今大事にしているポイントなんだと思います。

染谷 いろんなものを排除しないようにするというのは、最終的には最大公約数的なものになってしまうというか、あんまり面白くなくなってしまうというか、すごくフラットなものになってしまうような印象を今聞いていて思ったのですが。

高野 むしろ逆なのかなと思っていて、何か個性みたいなものが一緒にある方が良いと思います。

ただ、何でもいいわけではなくて、そこにある種の建築とかをつくるときの考え方とか、大きい何か共有できる考え方とかは空間に盛り込みたいと思っています。

今の時代って割とメインカルチャーだけじゃないというか、建築以外もそういう時代になっているんじゃないかと思っています。いろんなカルチャーがあっていいよねとか、いろんな個性ある方がいいよねとか、今いろんなジェンダーの問題とかも含めてそうだと思うんですけど。何かそういうのは多分、何か共通しているんじゃないかなという印象があります。

廣木 重なり合うとか混ざり合うというのは、なるほどと思って聞いていました。松原の図書館は図書館単館ですよね。いわゆる複合施設じゃないですけど。さっき言われていたように、ため池に融合しているんですよ。ため池の中に建てているので、元々あったため池と図書館とを重なり合わせて融合化したというか。

あとカーサブルータスの2月号に掲載された住宅。普通の個人の家と、トカゲでしたっけ。それは住んでる方が望んでいるものだと思うんですけど、そういうのも住める。動物園じゃないですけど、みたいなものをくっつけちゃうとか。

染谷 熱帯みたいなことですよね。

高野 そうですね。今の住宅の話で言うと、クライアントが僕の友人なんですけど、昔からトカゲを飼っていて。昔中学生ぐらいのときに友人から将来「究極の家を作ってくれ」みたいなことを言われていて、「ああ」みたいな感じで。

でもそれって何かよくわからなかったんですけど、彼にとっての「究極の家」というのが、トカゲと人間が一緒に住める家ということだったんですね。トカゲって、普通に水槽みたいなもので飼うパターンが多いんですけど、トカゲって快適体温がまず人間と違うんですよ。なおかつその家が割と自然豊かな町にあるんですけど、周りともちゃんと繋がりたいと思ったときに、外と中の人間の空間とトカゲとかは全部バラバラだけど、それを水槽みたいに囲って、中庭があって、外があってとかいうことにはしたくないなと思っていました。

だんだんいろんな話していくうちに、温かい環境をトカゲが望むので、それを一番真ん中に持ってこよう、人間がその周りだ、とかってやっていました。最初は僕も気を使って中庭にしていたんですけど、だんだん何かちょっと変わってきて、それじゃ一緒に暮らしていることにならないみたいな話になって。最終的には真ん中にトカゲが住む森があって、その中を毎日通る階段が突き抜けていくというような設計にだんだんなっていきました。

それは最終的にはクライアントが言い出したというとこもあったんですけど、なんかだんだん考え方がほどけていって、当たり前だとこうなんだけど、こういうことでもいいんじゃないのか、みたいになっていきました。なんかそういうのがやはり設計をやっていて一番面白いところだと思っています。それが最初から型にはめたもので結論までいってしまうということの危険性みたいに感じているというか。

染谷 最初からシグネチャーモデルがあると、その型に甘える感じになっちゃうけど、今の中でトカゲと人間と外みたいなものを、その案件とかそのクライアントに対して考えていくと、そう変化していくということですね。

高野 そうですね。でもそこはやはりある種の分けないといけないということに対しての疑いみたいなところはあって、どうしたら混ざるというか、一体になった考え方ができるのかみたいなことは結構いろんなプロジェクトで考えています。

建築と自然


廣木 松原やトカゲの家もそうなんですけど、割と環境とか自然とかそういうものと、人間の作った人工物である建築とを混ぜ合わせるというのを、意識的にやられているのかな思うんですけど、それはやはりそういう感じですか?

高野 そうですね。やはり何かある連続した関係を作るというのは結構意識しているところではあります。例えばうちの事務所も本当にガレージみたいなところをリノベして作っているんですけど、そこにはもともとシャッターしかなかったのですが、そこに3メーターぐらいの大きい扉つけて、気候がいいときは開けてみたいな。何かそういう繋ぐみたいな感じとか、自然とかというのは結構意識しています。でも建築と自然の違いというのは、やはり建築でしか作れない環境みたいなものがやはりあるというところもあって。建築の世界の中では、それは何か「建築が作る自然だ」みたいな言い方もあるんですけれども。もちろん自然環境と繋ぎたいというのはありますが、その場所ならではの建築の空間を作りたいなと思っています。

染谷 「建築でしか作れない自然」ってところもう少し聞いてみたいです。

高野 そうですね。やはり自然はどこまで行っても自然なので。建築と自然というのは場所の作り方が違うじゃないですか。ただ目指しているのは、例えば自然の中にいるときの様なくつろぎ方とかそういう変化がある場所とか。

やはり自然環境のいろんな高低差があるとか、広い場所があるとか、光の入り方が違うだとか、そういう様なことの良さみたいなもの。建築というのは、基本的には床があって天井があって壁があってという様な構造体があるんですけど、そういうものの組み合わせの中でつくることができると思っています。それは人工的な環境ではあるんですけれども、ある意味あり方としては自然のような環境でもあるみたいな。でもやはり作るものなので。

廣木 建築について詳しくはないですが、もう太古の話に戻れば、そもそも人間が自然の脅威から守られるために家を作るところから始まっていると思うんですね。それが今高野さんの手によって、隔てようとしていた自然に対してくっつけようとしている。そんなイメージなのかなという気がしているんですけど。

高野 そうですね。そこはまた反転しているというか、自然から隔てるんだけれども、ある自然的なあり方の中にも作れるみたいな。単なるシェルターとかということではないのかなと思います。

染谷 何かアーティストとか結構それを意識的にやっているというか、例えばオラファ―・エリアソンの夕陽とか。なんかそういうのとはまたちょっと違いますよね。

高野 そうですね。でも今オラファー・エリアソンというワードもありましたけど、オラファーはそういう抽象化した自然や色々な現象みたいなことを作っていました。やはり建築の持っている一つのポイントは「抽象化」なのかなと思っています。自然を模倣したような、例えば木なら本当の木を人工的に作るということではないと思っています。ある抽象化が必要なんだろうと。

それはやはり僕もすごくオラファー・エリアソン好きなので、何か通じるところを目指したいと思ったりはします。

染谷 僕らも本の仕事というか、流通の会社なんですけど、色々ディレクションとかプロデュースをさせていただくときは、まさにその抽象化みたいなことをすごく意識していて、建築の方とお仕事をするとその辺りはすごい皆さんのメソッドというか、自分の癖的に意識しているというか。例えば最初に何か提案されるときもやはりそのエリアの地理や歴史とかを引っこ抜いてきてそれを抽象化するみたいな。

生活していてそれが癖になっているんですか?思考の癖になっているというか。

高野 それはあるかもしれないですね。いろんな情報量がたくさんあるときに、抽象の力ってあると思っています。ある一つ大きい考え方みたいなものは、いろんな人の多様な考えを受け止めるときに、そういうシンプルな大きな考え方があるというのはかなり大事だなと思っていて、なんかそれを見つけたいというのは確かに思っているかもしれないです。

建築家への道


廣木 元々なぜ建築家になろうと?

染谷 聞いてみたいです。

高野 一番シンプルに言うと、うちの家系というか父親が設計やっていたというのもあります。ただ僕はどっちかというと、逆にやりたくないとまでは言わないですけど、全然そういうことは考えてなくて、高校も理系じゃないんですよ。でもすごく単純な理由というか、別にそんな意思がない理由なんですけども、なんとなく文系の方がクラスも男女共学で色々楽しいなみたいな。そういう楽しいとか面白いとかそういう方向で選ぶ中で、大学受験もなんか微妙に失敗して。最後どうしようかなって思ったときに、理系というか建築がある大学に一応行こうっていうふうに決めていて、そこで理転というか、建築学科に入り直すことができる選択肢を残して、そこでちょっともう一回考えてみようかなと思って建築にいきました。最初90年代後半ぐらい学生だったんですけど、その頃の建築ってまだかなりなんていうかもうシャキーンとしているというか、堅い。やっぱそういうのが多くて。

僕が最初大学で習った先生とかも、数寄屋とかを元々やられていた方で、もう本当に何にもない方がいいと。家もテレビとかが仕舞ってあるみたいな、そういう感じでした。そういうのもかっこいいなと思いつつ、でも一旦ちょっとついていけないなみたいな気持ちになって。そこから大学で建築系のところで卒業しているんですけど、その頃は何て言うか、ワークショップとか、建築作るときもいろんな考え方を混ぜて作ろうみたいなのが始まったときで、そっち側の方の研究していったんですよ。

それっていう方向でいこうかなと思っていたときに前勤めていた佐藤総合計画っていう300人ぐらい大きい会社なんですけど、そこから大学の方にアルバイトを探しているのでやってくれないかみたいな話がありました。たまたま僕が所属していた千葉大学の研究室がその佐藤総合と一緒に仕事をやっていた関係で、バイトに行くようになって、それでもう就職しませんかみたいな話をもらいました。

廣木さんとはちょっと違いますけど、僕もその頃はドレッドみたいな感じで。僕は面白い会社だったら行きたいなと思っていて、面接のときにダークスーツとドレッドで行って受かったら行こうかなと思って。それで行ったら受かったので行こうかみたいな。行ってからまともに設計に入ったら面白くなっちゃって。コンペとかっていうのが建築ですごく面白いんですよ。今、武蔵境に武蔵野プレイスありますけど、そのコンペが2003年にありました。それに会社とは別で、他の事務所の先輩とかと一緒に応募して。

それがなんか10選とかまで入っちゃったんですよ。そのときに提案されてた方々が伊藤豊雄さんや古谷誠章さんとかっていうような超有名な建築家で。なんかもうそれが自分にとってはめちゃくちゃ刺激的で。なんだこれは面白い!と思ってそこから色々コンペとかそういうのも面白いし、やはりその設計のど真ん中みたいに感じました。

ちょうど仙台メディアテークができた後というのもあったんですけど、やはり何か建築って色々な可能性があるなと思います。僕は結構伊藤さんの影響をすごく受けているんですけど、その頃伊藤さんが、自由なもう少し有機的な建築とかをつくりだした頃で、めちゃくちゃかっこいいなみたいな。何か未来ある感じがしました。

ちょうど独立する直前に、岐阜メディアコスモスのコンペを佐藤総合で担当していて、それも一応何選か残ったんですけど、その頃ぐらいまでやって最後辞めたんですが、1回辞めてから伊藤さんのところに行ってみたいと思って。伊藤事務所にはもう年齢的に行くタイミングじゃないなと。伊藤さんがプライベートでやっている塾みたいのがあって、そっちの方でいろいろ関わりを持ってからもう10年近くのお付き合いになりますが、ようやく最近伊藤さんとかも出てくるようなコンペにも自分たちも出られるようになりました。だいぶ話が長くなりました。

廣木 今の話で、建築のある大学に入ったそのきっかけは何ですか?選択肢として、それまではだって共学が良くて、キャッキャッキャッとやっていて。何かそこのきっかけが気になりました。

高野 志望大学に落ちて、一応受かっていた大学を見回したときに、一番可能性があるのはどこかなと思って。どっかで逆転できるかなって思ったときに、文系の偏差値は結構低めの学科だったんですけど、理系は結構いい大学だったので。偏差値とかではないですけど、なんかやることをそろそろ考えなきゃなと。そんなに確固たる理由があったわけでもないんです。

廣木 でもぼんやりと建築というのは一応なんかちょっとあって。自分の中ではそんなにのめり込んでいるわけじゃなかったけど、やっていくうちにこの道が開けていったという感じですかね。

やるなら社長になれ!


高野 集中してやれることが欲しいなと思いました。

廣木 あともう一つ。佐藤総合を辞めたのは伊東さんとこに行きたいというか、そういう感じでしょうか。あんまり聞かない方がいいのかも。

高野 いや全然大丈夫。そういうわけではなくて、今森田とやっていますが、ちょうど結婚したのがその辞める2、3年前とかで、そういうタイミングも少しあったのと、多分どの会社もそうだと思うんですけど、10年とかいたら結構会社の中枢になっていくじゃないですか。なっていいのかなみたいなところもちょっと思って。そういうところでやっていくのであれば、本当にそこにちゃんと意思を固めていくことになるんですけど、やはり大きい会社なので。森田に言われたのは、「もうやるんだったら社長になれ」みたいな。でもやはり社長になるというとどんな早くても2、30年かかりそうだなと思ったのもあって。何か早くやれることをやりたいなみたいな感じです。

廣木 あれですね、森田さんもお呼びすればよかったですね。

高野 でもこれ一応配信されるということなんで言える限界が。

染谷 カット編集します。生配信じゃないから。

高野 廣木さんの成り立ちみたいのもすごく面白いですけど、僕もちょっと全然違うけれども、何かそういういろんなことを渡り歩いていく感覚みたいなのは結構共感すると思っていて、なんか面白いですよね。

染谷 ドレッドってさっき言ってましたけど。90年代後半ぐらいってことですか。

高野 そうですね90年代。僕テンパなんですけど、今なぜか若干クセが抜け気味です。テンパ嫌だったんですけど、ちょうどDragon_Ashとかが流行りだした頃で、最初結構アフロみたいな感じにしていて、ドレッドもやってみたいなと。

廣木 ちょっとその頃の写真後でデータで送っていただいて。この辺(配信の画面上)に出すようにします。

高野 何かもし見つかれば。

廣木 よろしくお願いします。

高野 そんな話でいいのかって。

染谷 いやいや、すごく面白い。最近取り組んでいるプロジェクトで、これは何か新しいなとか、自分の中でこれ面白いなみたいな感じのものなんかありますか?早急に最新の今に戻ってきましたけど。

廣木 それ、でも全部面白いって言わないと。

染谷 そりゃそうだ。では、とりわけ初めての試みみたいな。

新しいやり方でその場所にJOINする


高野 そうですね。色々あるんですけど、一つは今廣木さんと一緒にやっている静岡県伊東市の新しい図書館のプロジェクト。伊東市とか伊豆半島ですごく面白いなと思ったのは、地形のでき方が火山性の土地でできていて、実際行くとかなりダイナミックな環境なんですよ。そういう地形がすごく印象的な場所に、丘みたいな建築っていうんですかね。そういうのを今一緒にやらせていただいていて。

あと東京でいうと、事務所が上野なんですけど、谷中で重要建築物のリノベーションをやっています。それはただ綺麗に直すということでなく、結構いろんな年代の建物がゴチャっと建ったところなんですけど。そこの場所を作り直すというので、古い建物があったりとかその中をリノベしたりとか、その外側に庭を作ったりというので結構いろんな環境が混ざり合うような、そういうプロジェクトがありました。

あと最近完成したのは名古屋でやっていた、鉄道の新幹線の高架下に木造のビルをつくるとか。それはもう高架橋に串刺しになった感じで、そういうある意味イレギュラーとも言えるもの。

最初の伊東の話は新築なんですが、ある場所との連続性という意味で地形があるとか、古い建物とか、高架があるとか、いろんなその場所場所のやむを得ない環境みたいなものに、どういうふうに寄り添うか、それを活かしながら作ることができるのかとか。やはり人間が作る街とかそういうもので魅力的な場所って、そういう人間の文化がずっと続いているような場所だったりするのかなと思っています。そこにどういう風に新しいやり方でジョインすることができるかみたいなことは、やはり建築としてすごく大事だし、面白いことなんだろうなと思っています。

そういうのはやはり難しいんですよ。でも何か文化みたいなものに繋がる建築をやりたいなと思っています。

本とは押し付けがましくない手がかり


染谷 やむを得ない環境があるとかその特性みたいなものを、歴史とか文化を踏まえて新しいアプローチで建築をつくっていくというのは、単なる新しさではなくてやはり今そこに、その土地にあるものを使った新しさというか。しかもそれと、元々作ろうとしているものとの融合。融合というか、重なり合うというのをされているんですね。

廣木 これって我々のこのプロジェクトとすごく考え方としては似ていると思います。我々は図書館と何を混ぜるっていうか。

これから新しいことをしていく中で、図書館そのものも一つの形がもしかしてできるのかも知れないですね。それぞれの地域につくるときに、建築もそうなんですけど、そのサービス、ソフトの部分も土地の文化とかに融合していくというか。それを使ってかないといけないので、考え方としては今やろうと、向かおうとしていることに近しい話だと思います。ヒントをいただいたっていう。

高野 やはり図書館とかそういう本の空間というのもだんだん境目がなくなってきていると思います。そういう後のプログラムみたいなものがだんだん弱くなっていく可能性もあると思っていて、つまりこれは図書館です。とか、これは学校です。とか何か言い切れないものになっていった方がいいというか。例えば学校でも今本が学校の中であるきっかけになって場所を作っているようなものもあったりするし、だいぶ変わってくるかなという気がしますね。

染谷 単一プログラムで言えなくなってくるんですね。

高野 そうですよね。文喫というのも、色々そういう本がある場所というか、そこで何かいろんなことができる様な場所だという風にお見受けしたんですけど、そういう場所は、単なるカフェとか本屋さんとかそういうものとは多分全然違いますよね。ただやはり本があることというのは場所を作る上で色々な可能性を持っていると思います。結局どういう風にそこで過ごすかということの、何ていうのか、押し付けがましくない手がかりとかでもあるかなと思っています。そういう意味で本がある空間とか、さっきちょっと収録前に立ち寄ったカフェとかでもやはり壁に本が置いてあるとか、何かそういうような混ざり方とか、じゃあ何のために他の本があるのかとか、そういうことをもっと考えていったら面白いだろうなという気がします。

高野×染谷×廣木が語るときに語ること


染谷:時間的にはそろそろ。

廣木:まとめの話を。さっき言った話ではあるんですけど、考え方というか、単に新しいとか、やはり無意味な新しさではないわけですよね。

歴史とか自然とかそういうものを全部受け継いでつくられたもののデザイン性というか、意匠性が非常に高いわけですよね。それって人々がパッと見たときに行ってみたいと思う建築であって、中に入ってみたら高野さんの意図とかが滲みだしてくる。元々やりたいコアな部分と呼び込む力と、二つが両立していると思うんです。

僕ら染谷さんと僕ら2人がこれから作ろうとするものって、やはりそういうものだと思います。

逆に言うと、図書館というのは建築と当然一体なわけで、一緒に仕事させていただいたりとかもあるんですけど、やはり高野さんが作る建物というのは非常に魅力的なので、それでクライアントが満足する可能性は高いわけですよ。

僕がもし高野さんと作った建物についてのソフト面をやるとしたら、その建物に負けないソフトにはなぜ本がないと駄目なのかを考えないといけないと思います。それは新しいものを探すという中においても、図書館としての本ってなんだとか、そういうコアなものは追及し続けていって、融合というか、新しいものとくっつけたいなということを今回色々お話聞いて思ったので、勉強になりました。ありがとうございました。

染谷 本当に面白かったです。今日の話をさらに展開していくと、そこでどういう時間を過ごしてもらいたいかとか、大変かみたいなところがソフトの話に繋がるなと思いました。多分第2ラウンドをするとなると、そのあたりの話を中心に今度していきたいです。
このプロジェクト自体は月1でいろんな方に聞いていくんですけど、もしかしたら2周目みたいなことももしかしたらあるかもしれないので。あれから1年経ってとかそういうのもできたら。次は森田さんと一緒に。

廣木 社長になれって言っている森田さんの光景が思い浮かばれて、面白かったです。

染谷 では、今日このあたりで、どうもありがとうございます。

高野 ありがとうございました。

2022年3月4日収録