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Missing

大学卒業を目前にした私に、大きな別れが訪れた。


「おれ、令和で1番の男になりたい」
そう決めたのは、元号が変わるまで残り1週間をきった頃だった。
大学の入学式の日に新しい元号が発表され、せっかくだから何か成し遂げてやりたいと思った。

元号が平成から令和に変わるのは2019年5月1日0時。
5分前に外へ出て、着々と準備を進めた。

そして0時0分0秒ちょうどに、私は脇目も振らず自転車を逆さまにした。
私は「令和で初めて自転車を逆さまにした男」になった。
私の人生で、これほど誇れることはない。

そんな私の愛車は、Jeepの折りたたみ自転車である。
ジープと呼んで可愛がっていた。
購入したその日に壊してしまい、翌日修理をしにいったことも、今となっては良い思い出だ。
それからというもの、定期的にメンテナンスをして、最近は前後のタイヤ交換や保険の更新などで約2万円かかった。もはや新車が買えてしまうほどの費用だが、問題ではない。
ジープが、大好きだから。

坂の上にある高校に通い、大学生になってからも、駅やアルバイトなど、私たちは多くの時間を共にした。
コロナ禍で悶々とする日常から、外の世界に連れて行ってくれた私の愛するジープ。

いつかJeepのディーラーまで乗っていき、下取りに出してJeepの車を買うのが私の小さな夢だった。

そんなジープが、突然いなくなった。

小二時間探した。
第六感が、というか普通に脳がピリピリしている。
どう考えても気付くことができる原因から逃げるように、私はジープを探し続けた。

駅の近くの駐輪場に停めたジープ。
周辺にある5つの駐輪場を探した。
逆に、最初から自転車には乗ってきていないのではないかと思い、家の駐輪場にも見に帰った。

どこを探しても、ジープの姿は見えなかった。
もう、逃げられない。

私はバイクにまたがり、近くの交番に乗りつけた。

交番に入ると、「どうされました?」と声をかけられる。

「自転車が盗まれました」


あまりの滑稽さに、交番で吹き出してしまった。
字で見てもおもしろい。
え、わざわざ精算機で番号を押して、お金を払って取り出して盗まれたってこと…?
ウケる…

人生で初めて自転車を盗まれたが、不思議と怒りより面白さが勝ってしまった。
こんなカッコ悪いセリフを言うことになるとは思っていなかった。
たまに、「◯してやる…探し出してぶっ◯してやる…」とか、「初めまして!泥棒絶対◯すマンです!」みたいな人格と入れ替わりそうになる時があるが、「おもしろ体験だから!誰かにウケるならいいじゃん!もう5年以上乗ってるんだし…!うっ…いいじゃん…いいんじゃんすげーじゃん…?」と、押さえ込んでいる。

最近、旅行先の島で自転車を漕いだ。
計画が頓挫し、船の時間に間に合うように山を越えた。

最初はちょうど良いスピードで自然を感じながら移動できる自転車という乗り物の良さを感じつつも、途中からは遅ぇし暑ぃしなんだこれと思っていた。
「旅行で移動を失敗して30分間自転車を漕ぐって、あなたはいったい何がしたいの?」と聞きたくなる。

「自転車なんて二度と乗らねー」

ジープは突然姿を消した。
軽率な決意が、ジープに伝わっていたのかもしれない。


君を探して 幾千の夜を越えて
僕は君との想い出を思い出してた
宝物のようなさ
君を探して 旅に出たんだ
君の好きだった場所へ
逢えたら話したい事ばっかりだよ

君を探して夜を越えていく
僕は君を思い出してた

画像1 出会った頃、恥ずかしがっているシャイなジープ
画像2 突きつけられる現実


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