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あらすじ
動く点Pを追いかけて迷子になった田中は迷い込んだ旅館で虎と出会う

田中は日常生活ではまず滅多にお目にかからない、虎という生き物に出会ったことに戸惑いを隠せなかった。
「なにか？」
虎はゆっくりと振り向いた。田中は目が泳がないように必死にこらえて、ｱﾜﾜと口の端でつぶやく。こんなことだったらクマよけの鈴の一つでも買っておけばよかった。虎にクマよけが効くのかどうかはよくわからないが。
「なんでもないです…」
絞り出すような声で答えて、体が震え出さないように全身に号令をかける。ここはあくまで普通に振る舞わなければ。
「さようか」
虎はぎょろぎょろとした瞳で田中を眺め、そのままどっかりと座布団の上に腰を下ろした。
「俺が出てきた屏風がどこにあるか、お前は知ってるか？」
虎はガサガサの声でうめいた。屏風…。そこで田中はこの旅館に迷い込んでから今までの景色を頭の中で流すように確かめてみた。もしかしたら渡り廊下に倒れていた古ぼけた屏風、あれはこの虎が出てきたものなのだろうか…？けれど田中はまだ動く点Pをみつけていなかった。旅館の探索を続けるためにはこの怖そうな虎はやり過ごした方がいい。田中はただ
「さぁ…」
と絞り出すような小さな声で言って、沈黙した。座布団に深くあぐらをかいた虎を刺激しないように眺めると、虎の喉の奥からは微かにグルルルという鳴き声のような物が漏れている。きもちわる、と田中は素直に思った。この怖そうな虎と屏風の関係が気にならないわけではなかったが、ここで問題に深入りする気はない。田中は気づかれないようにそろり、そろりと部屋の出口へ少しずつあとずさった。後ろ手にふすまをゆっくりと押し、わずかに通れるほどの隙間を開ける。田中はそのまま虎に気づかれないようようゆっくりゆっくりと隙間に体を捩じ込んだ。廊下に出ると、そのまま襖をそーっと閉める。しばらく部屋から遠ざかるように廊下を歩いても、虎が追ってくる様子はない。どうやら、田中はなんとかこの難関を切り抜けることに成功したらしかった。

部屋が見えなく無くなるくらいまでは虎が追いかけてこないかとビクビクしていたものの、どうやら危険な気配はないようだ。気を取り直して点P探索を再開すると、廊下は相変わらず何事も無かったかのようにシーンと静まり返っている。この旅館は一体なんなのだろうか…？歩いても歩いても薄くテカテカと光る綺麗な木造の廊下はどこまでも続いていて、途切れる様子がない。そこかしこにあるふすま越しの和室にはうっすらと室内で動く影が写っていたり、いなかったりする。その割にはすれ違う人影は一切おらず、渡り廊下の鏡張り窓の外には晴れ渡った空しか見えない。一体点Pはこの旅館のどこに隠れているのだろうか…。田中は考えなしに点Pを追いかけてきた自分の行動を少し後悔した。出くわした階段を登ったり、降りたりしていると自分が何階にいるのかもよくわからなくなってくる。

「でんでらりゅうば〜ででくるばってん、でんでられんけん、でーてこんけん」
何回目かの上り下りを繰り返したあと、薄暗い廊下で田中はどこからか小さく歌声が聞こえることに気がついた。よく耳を澄ますとどうやら小さい女の子のようだ。田中は階段を登ったり降りたりするのに疲れ果てていたから、声の主が話の通じる相手なら、できることならばどこか旅館の一室でも借りて休ませてほしいと頼みたかった。キョロキョロと辺りを探りながら廊下を歩くと、どうやら歌声は一際小さなある部屋から出ているらしい。見つけた部屋の障子に映るぼんやりとしたシルエットは明らかに小柄で、どうやら室内には歌声の主しかいないようだった。けれど、もしかしたら障子を開けた先にさっきの虎のように危険な何かがいるかもしれない。田中は念の為、まずは障子を少しだけずらして部屋の中を覗いてみることにした。障子と障子のほんの少しの隙間から室内を覗くと、そこには色鮮やかな着物を着た10歳くらいの美少女がお手玉をしながら童謡を歌っている。かわいい。直感的に田中はそう思った。このかわいい女の子ならば、頼み込めばこの部屋で自分を休ませてくれるかもしれない。

＊　＊　＊