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兼房

以下の記事で歴史上一番切れる刀は7つ胴体を重ねて切断した「兼房」の作である事を紹介しました。
体の厚みを1体30㎝としても2.1m位の厚みになるのでそれを全て両断したとは恐ろしい斬れ味です。(因みにはしごから飛び降りるようにして斬ったそうですよ)

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(画像転載元:東京木材問屋協同組合


しかしこの兼房という刀工、実は沢山います。
日本刀銘鑑を見る限り28名…。

有名な初代兼房

初代兼房は、世に兼房乱れと呼ばれる特徴のある大きな互の目乱れを得意とし、三本杉刃文と共に美濃伝を語る上で欠かせない、関鍛冶を代表する刀工として知られています。
兼房の作刀は銘も二字銘が多く、年紀や俗名を切ったものが殆ど見られない事、同銘数代ある兼房の製作年代が近接しているために何種かある兼房銘を判別するのが非常に困難とされているようです。
(特に新刀期には兼房と称する刀工はかなりいた様子)

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三代兼房(1504年頃)には4人の子がいて、何れも初銘を「兼房」と切り、後に長男が「石見守国房」、次男「河内守清房」、三男「若狭守氏房」、四男「助房」と改銘したようです。
新刀期の兼房銘は若狭守氏房の門人の兼房と二代石見守国房が清十朗兼吉に許した清十朗兼房と四男助房の弟子の兼房の三人によって受け継がれ、その後兼房銘は脈々と続き今日に到っているようです。(参考:e-sword

はい、もうわけが分かりません。

という事で難しい事は分かりませんが、刀屋さんで色々な時代の兼房を出して頂けました。

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左から兼房(古刀)、氏房、兼房(新刀)、兼房(新刀)、兼房(新々刀)。
氏房は一番左の兼房の兼房乱れ(けんぼうみだれ。刃文の名称)が似ていたので参考で出して頂いています。

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(←兼房 氏房→)

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以下は新刀期の兼房(新古境あたりでは)と仰っていた。
新刀には兼房と称する刀工はかなりいたのでどの兼房までかは不明。鑑定書も確か兼房(新刀)だった気がします。匂い口や地鉄の雰囲気がどことなく初代に似ている気がします。

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以下も新刀(新古境あたり)の兼房ですが、村正のように箱刃を焼いた出来になっています。刃文は今ままで見てきた兼房とは異なり、刃が一段と明るく若干皆焼風になるなど違いが目立ちました。

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そして最後が新々刀期の兼房。
この時代でここまで匂口の沈み具合を古刀に似せて再現しているのがやはり技術の高さらしいです。
新々刀期はどこかしらに刃の締まるような部分が見られ、それが時代を特定するポイントらしいですが難しすぎて私には分かりませんでした。。
茎を隠されると時代違いで入札してしまいそう。

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この匂い口古く見えるんだよなぁ…。

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・終わりに

美濃物の刀は匂口の沈んだ刃が良く見られますが、匂い口の沈む刀はよく切れるらしいです。
日本刀は切れるのが当たり前と言われていますが、初代兼元や孫六兼元、二代兼定(ノサダ)など関物は最上大業物に指定されている刀も多く、それに加えて7つ胴記録を持つ兼房。
やはり関物の切れ味は日本刀の中でも折り紙付きなのかもしれません。


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