くるみの木の下で
おねえちゃん
もっとおして
もっとおしてよ!
家の裏の大きなくるみの木に
とうさんがロープをつるしてつくってくれたブランコ
雨の日いがいは、いつもいつも
わたしとちえはブランコにのってふたりで遊んだ。
わたしはもうひとりでブランコをゆらすことができるけれど
ちいさなちえはわたしがおしてあげないと、ブランコではあそべない。
はる
あたりいちめん
たんぽぽの黄色でそまるなか
わたしとちえはブランコであそぶ
ちえのほっぺもそしてわらいごえも
黄色にそまっている
谷間でかっこうがないている
なつ
しろつめくさのじゅうたんと
草のにおい
おおきなおおきなにゅうどうぐものした
わたしとちえのブランコはゆれる
みつをもとめるはちのはおと
いろとりどりのちょうちょがまいおどる
あき
いろづく森とゆうひにてらされ
あかくそまりながら
わたしとちえのブランンコはおどる
きいろくなったくるみのはっぱが
ぱさぱさと音をたてて
ふたりに落ちてくる
ふゆ
やわらかな雪につつまれた
まばゆい銀世界の谷間に
いっぱい着込んでぷくぷくになった
わたしとちえはブランコに夢中で
寒さも忘れてる
ときおりおおきなゆきの結晶が
きらきらと光をあびながらおりてくる
きょうもふたりであそんでいたのだけれど、
わたしはあきてしまった。
おねえちゃん
もっとおして
もっとおしてよ!
ちえののるブランコのゆれがだんだん小さくなっていった。
おねえちゃんのケチ!
わたしのすむ集落は山深い谷間にあるので
日の落ちるのも早い。
あたりはだんだん薄暗くなっていった。
川の上流にあるわたしの家のまわりは
ゴツゴツした岩ばかりで
畑もほとんどできないほど土地もやせている。
とうさんとかあさんは日雇いの仕事をしているけれど
いつも仕事があるわけじゃない。
だからうちはいつも貧乏だった。
アイヌ ネノアン アイヌ
(人間らしくある人間)
わたしたちはアイヌ民族
和人とよばれる人たちがやってくるはるか昔から
この北海道にくらしていた。
わたしが生まれるずっと前
とうさんたちはこの川のもっと下流の海に近いところですんでいた。
土地は肥えていたのでいろんなものがたくさんとれた。
海にも魚がたくさんいたし
アキアジが川をまっ黒にするほどのぼってきた。
そんな豊かな大地にコタンとよばれる集落をつくり
みんな仲良く平和に暮らしていた。
そこへ和人たちがやってきた。
とうさんたちアイヌをだまして奴隷のようにこきつかったり
とれた鹿の肉や皮そして魚も
ごまかされだましとられた。
とうさんたちはだんだん貧乏になっていった。
アキアジはアイヌの人にとって冬をこすための大切な食べ物だった。
川にのぼるそのアキアジを
とってはいけないという法律もできた。
密猟とわかっていても
それでもとうさんはみんなで食べるためのアキアジをとってきた。
そして警察につかまってしまった。
とうさんは罰金を払い釈放されたけれど
それからすっかり元気がなくなり
ますます貧乏になっていった。
そのうえ天皇陛下の馬の牧場をつくるというので
ずっと昔から住んでいたその場所を追われ
だれも住まないような不便なところへ強制的に移らされた。
そこが今わたしたちが住んでいる所だ。
ある日の朝
わたしが起きても、ちえは起きてこなかった。
ちえは病気になった。
お金がないので病院にもつれていけずに
ちえはどんどん弱っていった。
もうブランコにのってあそぶこともできない。
そして
ある雨の日に
ちえは死んだ。
その日は昭和天皇の息子
コウタイシの結婚式だった。
美智子さんとの結婚式は
とても盛大にそして華やかにおこなわれ
日本中がうかれていた。
そんな日にひとりで淋しく
ちえは死んでいった。
お金がなくて食べるものも満足に食べられず
病院にもいけずに
ちえは死んでいった。
ラジオをつけると幸せそうな天皇家のようすが
ニュースで聞こえてきた。
ラジオを消せ!
とうさんが小さな声でわたしに言った。
わたしはラジオを消すと、
そっと戸を開けて外に出た。
くるみの木の下でブランコが雨にうたれていた。
わたしは雨に濡れながら
ゆっくりとブランコに近づいた。
もっとおしてあげればよかった。
だれものっていないブランコをそっとおすと
ブランコは雨の中でいつまでもゆれていた。
『今、多くの人が
日本の「社会では
アイヌの人々への
差別はないと思っている。
アイヌの人々が
日本語を話し、
日本の生活の中に
溶け込んでいるからだ。
けれどもそれは
アイヌの人々が
アイヌ語を話し
アイヌの暮らしをすることをやめさせ、
日本人として同化する政策を
国が取ったからだ。
アイヌ語話さず
生活の糧として
鮭を獲ることを禁じられている。
言葉を奪われ
生活、文化を奪われて
生きる現実は
差別としか言いようがない。
これほど明確な差別が
目の前に存在しているのに
それに気がつかない
日本の社会というものは
壊れているのだろう。
原発事故や
地球温暖化
そしてウクライナでの戦争さえ
この社会の冷たい無関心が
生み出した結果なのだと思う。』
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