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記憶力さま

私の記憶力さま。もう戻ってこないのでしょうか。

思えば小さい頃から、私はおおいに記憶力さまを頼りにしていました。頼りにしすぎたかもしれません。

小学校のとき、私は百人一首をまる覚えしました。クラスみんなが驚きましたね。覚えるだけで特別になれたので、私は楽しくてしょうがなかった。

高校では、荒業「出題範囲を直前にまる覚えする」でテストを乗り切りましたね。その節は世話になりました。またあの頃は、globe、宇多田ヒカル、SPEEDと、カラオケで歌詞を見ず歌えるまでになりましたね。

料亭で働いていたときは、お客さんの顔と名前、ビールはアサヒかキリンか、好きなカラオケの曲は、気に入っているおねえさんはだれと。気の利かない私が、ここで多少は気が効くよう擬態できたのは、記憶力さまのおかげです。その後の広告デザイン会社も、記憶力さまのおかげで激務を乗り切れたのは間違いないです。

そう、記憶力さま。私の大事な記憶力さま。あなたは、急にいなくなってしまった。

あれは、2020年。私がコロナにかかったからでしょうか。それとも、当時37歳という年齢的なものでしょうか。はたまた、酒の飲みすぎでしょうか。もしかして全部でしょうか。

あの日のことを、覚えています。当時、私が雇っていた学生インターンと、鰻屋に行きました。快活でよくしゃべる彼と、うちの会社の未来について、アツく語った記憶があります。「アツく語った」…え、内容は?なぜか翌日に、詳細を思い出せないんです。今までなら翌日に、その日に話した内容も、相手の失態も、飲んだ酒の種類も思い出せたのに。

熱く語った印象、が残っています。私は急に、印象派になってしまったようです。詳細がない。ぽやっとしている。そのときの話した内容や、それに対して感じたことが、描写されないのです。アツく語った印象。私の記憶は、ずいぶん大味になったものです。これじゃ、困ります。

ずっと、記憶力さまを頼りにやってきました。依存していたかもしれません。それに、気づいてさえいなかったから、こうしていなくなってしまってから、不快でつらいのです。大切なものは、なくなって分かるとよく言いますものね。

本当に、記憶力は低下したのか。ためしに、幼少期を思い出してみます。私が小学校2年のとき、庭の手入れをした父親がカマキリを虫かごにつかまえました。居間のテーブルに置かれたその虫かごは黄緑の小さいやつで、中のカマキリはおなかがぷっくり大きかった。私が取り出そうと手を入れたら、瞬時にそのカマキリに噛まれて流血し、痛くて泣いたのです。その指は、右手の中指だった、と覚えています。

globeの曲を歌ってみる。「一体どれほどlonely night 過ぎたのだろう 悲しくない 寂しくない 強がりなのかもしれない」大丈夫だ、FREEDOMのマーク・パンサー部分が歌えるなら、全体も問題ないでしょう。ここは、記憶が定着しているよう。

産後の記憶をたどる。子どもの写真を見てみる。息子が一歳半だったときの写真。足立区に住んでいたな。そうそう、こんな自転車に乗っていた。友人の結婚式で、ハワイにも行ったよね。ん。なんだか、大雑把。え、産後の記憶はうっすらなの?

息子が5歳の写真を見てみる。保育園でよく遊んでいたよね。そうそう。かわいいなぁ。…え、ざっくりしてない?それ以外の情報はないの?もしかして、子育て期の新しい記憶が、細かく覚えられなくなっているのかしら?

困りますが、しかたない。一旦、写真や動画に頼ってみます。

しかし写真。あれ、あんまり思い出せないのです。写真を見て「そこに行った事実」は分かるのだが、その服を着ていた理由も分かるのだが、その場面とそのときの心情がセットになっていない。情報量が少ないのです。うん。

かくなる上は動画。動画は写真よりはもちろん情報量は多いのです。しかしね、すべてを動画に撮るのは、容量の問題で不可能。仮にそんな膨大に撮影しても、検索して探すのが難しい。それに、感動の瞬間にいつもスマホを持っているとは限りません。たとえば前回、娘がかわいかった瞬間は、温泉施設のサウナに入ったときですから。

そう。サウナ。2月に斜視の手術をして以来、1ヶ月は温泉施設に入れなかった娘ですが、経過観察期を満了したのです。程なくして、お気に入りの温泉施設に行ったのでした。

電車を乗りつぎ向かったその温泉施設は、縄文スタイル。なかのサウナはミスト式で、子どもも入れました。過去に子どもが入れないサウナが多かったので、娘は不思議そうです。入ってみようよ、と伝えると、娘はもじもじします。彼女は、新しいことは一回、断ってきます。「キムチを最初はヤダと思ったけど、食べてみたらおいしかったでしょう」と、今や彼女の好物ランキング3位に入ったキムチを引き合いに出し、サウナへの興味をひきました。

私が入ったあと、かがみながらそろりそろりと入ってきました。すぐ、そこにたちこめる蒸気に驚き「息ができない」と出ていってしまった。大丈夫なことを確認し、またおそるおそる入ってきました。蒸気は部屋の上部にたまるため、イスに座れば視界は開けています。呼吸もしやすい。彼女の様子を見ると「気持ちいいねー」と気に入ったようです。

ちょっとこわがりの娘は、私の真横にくっついて座ります。互いの肌がぬれててくっつくとあれだし、他に誰もいないので「もっと広く使えるよ。何で私たちくっついてるの」と私が笑ったら、娘はいたずらな顔で笑い返してくるのでした。私は、この笑顔が大好きです。のびた髪を自分で扱えない娘にかわり、私がおだんごに結んだ髪が大人っぽい。さらさらでキレイな髪。お風呂あがりに、待合室で再会した息子と、2人でアイスを食べているときに「サウナはいったんだよ」と興奮して報告していた娘も、かわいかった。

記憶力さまに頼れないとしたら、この光景を、そのときの自分の感情を、いつか私は思い出せなくなるのでしょうか。

最近の娘は、いつも寝起きが悪いことも。ピンクのウサギのパジャマがよく似合うことも。このパジャマは斜視の全身麻酔手術のために買ったもので、見るたびにあのときを思い出してしまうことも。長くなってきた髪と短い前髪が、彼女によく似合っていることも。起こすといつも、寝ぼけながら私の手を抱き、手のひらにほっぺをすりつけてくることも。それがかわいくて、朝は時間がないのについ、私は娘を起こす役を買って出てしまうことも。私がおんぶして、彼女をトイレか朝食の席に運ぶのが流行っていることも。「トイレ、トイレー」とアナウンスすると、娘は私の右腕を人差し指で連打してくることも。私の背中に彼女が体重を預けてくると、あったかくて重たくて、私は、ずっとこの時間が続いてほしいなと思うことも。

11歳息子がゲームに夢中なのも。それなのに、私が別室でものを落とすと「大丈夫」とすぐ言ってくれることも。彼はがんばっていた公文で目標達成し、お祝いしようと言ったら返答が「ポテトが食べたい」と急に子どもっぽくてかわいすぎることも。ひと段落したのに、また今朝も公文をやっていて、がんばり屋さんなことも。前髪が目にかかるほど伸びてきて、少し茶色いその髪が優しい顔だちによく似合っていることも。通りすがりに私が「かわいい子」と言い息子の頭やほっぺをなでると、笑顔で返してくれることも。横で娘がさわいで奇声を発したとき、息子はすっと立ち上がり耳栓をとりにいき、また座って公文を再開したことも。公文の内容も、彼が書く字もどんどん大人びて、息子はもう赤ちゃんじゃないんだと私は当たり前のことを思い、それに感動してしまうことも。

記憶力さま。私はこれらを、いつか思い出せなくなるのでしょうか。そうですよね。しょうがない。書くしかないですね。いつか忘れてしまうから。忘れたくないことは、書きましょう。だって私は、その光景と同じく、いやそれ以上に、そのときの自分の感情を忘れたくないんですもの。

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