こんなところではたらく理由

 私には、はっきりとセクキャバで働く理由があるわけではなかった。確かに入店当初は実家を出るための引っ越し資金が必要だったし、生きているのでそれなりに金の要る用事はあるけれど、その程度であればスナックで働いていれば充分すぎるほど手に入った。だからこそ、働く理由をよく聞かれる。今回は私がセクキャバで働く理由について書いてみようと思う。

「どうして”こんなところ”にいるの?」論争

 特に早割フリー(ノードリンク)で入るお金のないサラリーマンに、「どうして”こんなところ”で働いているの?」とよく聞かれる。「知らないおじさんにおっぱいを触らせて、キスをして、気持ち悪くないの?」「昼の仕事はどうしたの?」とも聞かれる。この時セクキャバ嬢が考えることは様々だが、少なくとも私は、「じゃあお前はどうしてこの店に来たの?」と心の中で問いかけている。客は、この質問をぶつけた時点で、目に見えない論争のゴングが鳴っていることに、恐らく気付いていない。

 私はセクキャバを【限りなく不自由な風俗店】だと思っている。だって、例えばピンサロなら、女の子とキスもできる、下触りだってできる、ついでにお口でご奉仕までしてもらえる上に、シャンパンなんか強請られたりしない。男性にとって、金を払って性的サービスを受けるということには様々な意味合いがあると思う。その中の一つとして、よく『金を間に入れることで罪悪感を殺す』というのを耳にする。要は、『金を払っているのだから、これくらいはしてもいいだろう』という保険代わりのを金を払って、女の子の時間と奉仕を買い、時にはオプションなんかもつけてみたりなんかしちゃって、めくるめく官能の世界で自身の欲を放つ訳である。

そう考えると、セクキャバでキャスト側がアクションを起こす性的サービスといえば、キスをしたり、卑猥な言葉を耳もとで囁いてみたり、サービス過剰なキャストが時々股間を撫ぜるラッキーが時々起こる程度であって、精巣で性懲りもなく作られてしまった”そんなもの”は、結局自分で解決するしかない。抜いてもらえないどころかその場でどうにかすることだって許されない。だからこそ私は、必死に笑顔とエロい空気を作りながら時々思う。「お前こそ、今までついたキャストの誰にもドリンクを入れる金がないくせに股間だけはご立派に膨らませて、乳を揉めるだけのキャバクラに一体何をしに来たの?」と。

キャストが”こんなところ”にいる理由

 自分の職場をしょっちゅう”こんなところ”と揶揄されてきた。店に入りたての頃、同じ質問を三回ほど繰り返されて腹を立てた私は、客とその上司に向かって「お兄さんこそそんなつまらなそうな部署で働いて、人生楽しいですか?」などと偉そうに宣ったことがある。確か、飲食系の大きな会社の人事部の人だったかしら。もうはっきりとは覚えていないけれど、「人の職場をけなす人が働くところなんてどうせろくなもんじゃねぇや。潰れちまえ!」と心の底から本気で思っていた。相手に悪気がないのは理解した上で、私自身も悪気なくそう思った。

セクキャバの面白い所は、セクキャバで働かなければ分からない。(苦しい所は多分、セクキャバ嬢の友人さえ作れば一発でわかると思う。)金が稼げるから面白いわけじゃない。現にコロナの時期は苦しいことばかりだったけれど、やっぱりこの仕事が好きだった。私が乳を揉まれるのが好きなエロい女だからこの仕事が好きなのではない。私にだって性欲はあるけれど、どうせ揉まれるならおじさんより丸山君みたいなかわいい人がいい。金が稼げても嫌いな仕事は今までたくさんあったし、金が稼げないのに大好きで仕方がない仕事もあった。

 あの客は「金が稼げれば仕事に面白みがなくてもいい」と思える人だったかもしれないし、もしくは「金が稼げなくてもその会社の人事部に貢献することが自分の喜びだ」と感じている人だったのかもしれない。それと同じで、セクキャバ嬢にも金欲しさに止む無く働いているキャストもいれば、金よりも仕事に面白さを見出しているキャストもいるわけだ。

でもそんなものは、同じ職場のキャストだからといって知られる筋合いもなければ、ほかのキャストのそれを知る必要もない。自分の働く店はキャスト同士の仲が良く、時々一緒に食事をしたり、愚痴を言い合ったりするけれど、その子が働いている本当の理由なんて多分誰も知らない。だからみんな知らないうちに、知らない理由で辞めていく。

きっと目標達成したんだろうとか、店長が嫌いだったんだろうとか、担当ホストのための転職だろうかとか、想像はできるけれど追及はしない。どれだけ仲が良かろうと、キャスト同士はいわば経営者の集まりのようなもので、事業を辞めた人の話は「今すぐにでも辞めたい」と思っている人間にしか必要のないものだ。だから私は、話を聞くことはあっても、自分から追及したことはない。

志望動機今昔物語

 私が在籍している店の面接を受けたのは、昨年九月の終わりだった。ちょうどその頃勤めていたスナックで人員調整のためシフトの大幅な変更があり、希望するシフトと店側が必要としているシフトがかみ合わず、辞めざるを得ない状態だった。ちょうどその時期に妹との二人暮らしをする計画を立てていたこともあり、卒業という形で送り出してもらった。ママには最後、セクキャバで働くとは言えなかった。母親を亡くしている私にとってママは文字通り母親のような頼りがいのある存在で、そんな人に軽蔑されたくなかった気持ちがあったのだと思う。この時の私はあの客と同じように、セクキャバを”あんなところ”と言う側の人間だった。

とはいえ、セクキャバで働くことに特に嫌悪感を抱いているわけではなく、至って自然に「そうだ、セクキャバで働こう」と思いついた。それは、十八歳のころにピンサロからセクキャバへ転身したことがあったからだ。新宿、池袋と3店舗ほど体験入店をして、結局決めたのはお姉さんばかりがいる新宿のとある店だった。

 その時の面接で、私は確か「ファッションデザインの学校へ進学するための貯蓄が欲しい」といった気がする。進学する気なんてさらさらなかった。勉強は嫌いだし、ファッションに興味はあったけれど自分に育てるべき価値のある才能なんて一つもないと思っていたからだ。それでもとにかく、「遊ぶ金が欲しいけれど、ピンサロが怖くなった」とは言えなかった。私はナイトワークを切実な理由がないと働いてはいけない、追いつめられた女性の終点の駅だと思っていたのだ。

そしてそれは、今の店の面接も同じだった。店長に聞かれた「どうして面接に来たの?」という質問に、「昼職だけでは引っ越し資金を貯められないのと、お祖母ちゃんが高齢だから生活費を助けてあげたい」と答えた。手に汗がじっとりと滲んで、喉がからからに乾いて、ボーイさんにもらった烏龍茶を一気に飲み干したのをよく覚えている。店長が履歴書に「なるほど」とつぶやきながらメモを取っている時、「それくらいの金額だったらうちじゃなくてもいいじゃない、ほかを当たってよ」と言われそうな気がして、もっともっと大きな嘘をつけばよかったと思った。借金があるとか、それくらい切羽詰まってなければ、私みたいな見てくれの悪い人間は受からない、と。でも結局その心配は外れて、その日のうちに体験入店を済ませ、翌週の水曜日からシフトをいれてもらった。

 もし今、改めて面接を受けるとしたら、私はあの質問になんて答えるだろう。客には「飼い犬のため」と答えている。店長には「お店が好きだから」と答えるだろうし、キャストには多分「友達がたくさんできたから」と答えると思う。

もちろん全部が真実で、嘘はひとつもない。本当に飼い犬が老犬でよく病院にかかる上、寿命が近いから葬儀や墓の代金を今から少しずつでも工面しなければならない。この間なんて、おちんちんの脇に赤いイボができて「がんかもしれない」と病院に掛け込み、2万円近く払って検査してもらった。結局異常は見つからなかったけれど、赤いイボはまだ付いたままで、またいつ突発的に金がかかるかわからない。大腸炎にかかってぐったりしてしまった時は、十万円を握りしめて泣きながら動物病院へ行った。かわいい男(ビーグル/十二歳)を育てるために、何より金は大事だ。それに、嫌いな客もいれば好きな客もたくさんいる今の店が好きだし、キャストがいい子ばかりで大好きだし、真実しか述べていない。でもそれって、真実より二歩ほど手前の”建前”なのではないかとも思う。

 例えば、オフィスでおっぱいを出して楽に金を稼げるのはドラマの中の社長秘書くらいだろう。突然平社員の女がおっぱいを曝したら、多分だけどめっちゃくちゃ怖い。「何してるの!?」と思う。だけど、私は黙ったままExcelでマクロを組み続けたり、一眼レフのバグを見つけてエンジニアに報告したり、毎日飛び込み営業で牛乳を売り続けたり、大して興味のないコーディングを延々練習したりと、とにかく今までの仕事に面白さを一ミリも見いだせなかった。

今までおっぱいは、自分の人生にとってマイナスでしかなかった。大きすぎるせいで走ると痛いからバレーボールを辞めたし、人の目を気にして父親のコルセットを胸に巻いて登校した。まだ処女だった頃、初恋の人にビッチだと言われて、泣きすぎて吐いた。修学旅行のお風呂で友達におっぱいを見られるのが怖かった。下校中や通勤中何度も痴漢に遭ったし、社会に出て名刺交換をする時、男性の目線はかなりの頻度で名刺と顔の中間にあった。好きなバンドのライブTシャツにかいてあるロゴが横に伸びすぎて不格好だった。ついでに、乳房縮小手術は豊胸手術よりも高額だった。

 そんな自分のコンプレックスが、セクキャバに入った途端に誰かの笑いのネタに生まれ変わる。誰かの癒しになる。誰かには散々貶されたけど、その後についた誰かが「ご立派なものをお持ちで!」と手を叩いて笑ってくれたから、最後楽しくお見送りができた。環境が変わるだけで、自分のコンプレックスの受け止め方ががらりと変わる。たったそれだけのことが、私にとってはとても面白い。

私はあの店で売れっ子ではないし、むしろ成績は下から数えたほうが早いくらいだし、時々店長から食らうお説教は本当に胃が痛いし、本指名の来ない夜のやり過ごし方も相当上達してしまったけれど、自分にとってセクキャバで働くこと自体、精神衛生上素晴らしく良いことなのである。

だから、もし嘘も建前も謙遜もいらないこの場所で理由を述べるとしたら、私は「人生で一番面白いと思った方法で、生活に必要な最低限の金を稼ぎたいから」と言いたい。いつかこれを客にも、店長にも、キャストにも、友人や家族にも堂々と言える日が来たら、それもそれで面白い気がする。

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