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仕事マイナス通勤は

 数日来、テレワークというものをやっている。自宅の机に置いたパソコンから会社のネットワークに繋ぐ。おしゃべりも電話も無し、周囲の会話に気を散らされることも無く、集中できることこの上ない。とはいえ一人でひたすらデータの確認や処理を続けていると、この仕事ってどこまで意味あるのだろうかという、実は普段から感じている疑問がむくむく頭をもたげてくる。このデータを本当に誰かが活用できるんだろうか、このまとめ方で方向は間違ってないんだろうか。仕事なんて時に大雑把なもので、一旦開始されると疑問は色々あってもそのまま続けられていく。これ最初が絶対ずれてるから一番上のボタンからかけ直した方がいいよと思っても、その為に全部のボタンを外せば服が脱げてしまうという理由で、ずれたままのボタンを順番にかけ続けている状態だったりする。職場にいればそのタスクの上に別のタスクが次々降って来たり、同僚と愚痴って紛らわせたり、笑える出来事が起きて全員で盛り上がったりする中で、そんな疑問も結構うやむやになっていく。職場に通ってルーチンを追うだけで充分仕事をした気になり、毎夕方やれやれよく働いたなとパソコンを閉じる。
 職場に行って時間を過ごして職場を去ることの全体が仕事である状態から通勤を差し引いて、仕事そのものだけが手元にある今、その仕事とその仕事をしている自分の存在意義を、少々の戦慄と共に再考する。

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