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音MAD作者にヒップホップを薦めたい

音MADアドベントカレンダー20日目です。いよいよ佳境ですね。


はじめに

音MAD作者の皆様は、「ヒップホップ・ミュージック(以下ヒップホップ)」「ラップ・ミュージック(以下ラップ)」についてどういう印象をお持ちでしょうか。
Discordで通話していた音MAD作者数名に、「ヒップホップ/ラップのイメージ」を聞いてみたところ、下記のような回答が返ってきました。

 ・ファン同志が常に争っている(ヒップホップの定義などで)
 ・黒人が肩にラジカセを背負っている
 ・メーンとか言ってる(リンカーンの練マザファッカーのイメージ)
 ・大麻/麻薬
 ・ジャンバー
 ・金色のアクセサリー
 ・現状に不満を持っている/何かを訴えたい
 ・路地裏
 ・イキってる
 ・頭悪い奴が聴いている

なかなか偏見に満ちていますが、まぁ実際上記のようなイメージを持っている方は多いのではないでしょうか。

さて、私は以前『MIXTAPE -ラップ調音MAD-』 という合作を主催しました。

この合作を主催した理由の一つに、音MAD界隈にヒップホップ/ラップ・ミュージックを浸透させたいという思いがありました。

しかし!
上記のイメージ一覧を見てもわかる通り、まだこの界隈にはヒップホップを聴いている人が少なすぎる!

というわけで、ヒップホップと音MADの共通項をこじつけ考察し、音MAD作者に薦めていきたいという記事です。

ヒップホップ・ミュージックについて

サンプリング

ヒップホップで使われる手法に、「サンプリング」と呼ばれるものがあります。
これは、既存の楽曲などを参照し、再構築し、新たな楽曲を作る手法です。
具体例を見ていきましょう。

2010年代を象徴する楽曲のひとつ、tofubeats『水星』。こちらは下記の楽曲をサンプリングして作られています。

90年代中盤に活動していた、今田耕司とTOWA TEIの音楽プロジェクトKOJI1200『Blow Ya Mind』がサンプリング元です。
まんまですね。

ちなみに、『Blow Ya Mind』自体にもさらにサンプリング元があり、それがGEISHA GIRLS『Blow Your Mind -森オッサン チョイチョイ キリキリまい』です。


次です。
MUDOLLY RANGERS『MY WAY』という楽曲です。

このトラックのサンプリング元、なんと『スター☆トゥインクルプリキュア』の劇伴です。

こんなに可愛らしいシーンに流れている劇伴をここまで激しいビートに変えてしまうとは……凄まじい調理の仕方です。


楽曲だけでなく、リリック(歌詞)もサンプリングされる場合があります。

上記楽曲の2:14~の唾奇のリリック、

ネツタイヤ 君とまた踊りたいや

ですが、このリリックはRIP SLYME『熱帯夜』のサンプリングです。

なぜ『熱帯夜』のサンプリングなのか。
サンプリング先の『Notion』は、元RIP SLYMEのPESが客演として参加しているからです。
このように、文脈を分かっているからこその面白さもあります。

ついでに、『熱帯夜』のトラックにもサンプリング元があります。

ブラジルのサンバ歌手、Clara Nunes『Sabiá』です。
結構まんま使い。

もうひとつ、オタクが食いつきそうな例を。
アメリカの有名ヒップホップデュオ・OutkastのメンバーでもあるBig Boiの楽曲『Kill Jill』です。

……聴いてわかるとおり、初音ミクの楽曲をモロ使いしています。
原曲はDJ A.Q.『データ~DATA~』

Big Boiがこの楽曲に辿り着いた経緯は全くもって謎ですが、『Kill Jill』のMVから察するに、日本的なイメージとして初音ミクをサンプリングしたのでしょうか。

このように、ヒップホップとは過去の引用や参照、コンテキストを重視する文化なのです。
サンプリング元は音楽だけではなく、文学、芸術、演劇、映画、アニメ、漫画、ゲーム、その他あらゆる文化・分野から引用されています。
サンプリングには当然知識が必要で、だからこそディグの文化(コンテンツを掘り下げること)が浸透しています。


ヒップホップの誕生

そもそもなぜここまでサンプリングが浸透しているのか。
背景には、ヒップホップの誕生の経緯があります。

ヒップホップの原型の誕生は、1973年まで遡ります。

ヒップホップのゴッドファーザーと言われるクール・ハーク
当時、アメリカ・ニューヨークで行われていたパーティーでレコードをかけていたDJでした。
そのうち彼は「参加者が最も盛り上がるのは、楽曲のドラムソロ」であることに気づきました。


そこで、2枚のレコードを使って延々とドラム演奏を流し続けたところ、これが大ウケ。
これが後の「ブレイクビーツ」です。
この「ブレイクビーツ」に、客を煽るための「しゃべり」や「掛け声」を入れたもの、これが「ヒップホップ・ミュージック」の原型です。
「SAY HO!」等のお約束の掛け声もここで生まれました。
そもそも、歴史の始まりがサンプリングだったわけです。

「作品」や「楽曲」ではなく、あくまで「パーティー」を盛り上げるための添え物として生まれました。
その後、「金になるんじゃないか」とか「社会的メッセージを届けたい」といった意識を持つアーティストが登場し始め、ヒップホップを巨大ジャンルに発展させていったのです。


音MADとヒップホップ

ここまでヒップホップについてつらつらと書いていきましたが、これらは音MADにも当てはまるのではないのでしょうか。

音MADというジャンルは、(特に近年)文脈がかなり重視されています。
『RED ZONEはサビで2画面左右反転する』『I’m so Happyは一転攻勢する』『イチローは人類を滅亡させる』『ラグトレインの女の子は男の娘』などなど……。

今年投稿された合作『OTOMAD TRIBUTE』はその最たるものです。

全てのパートが既存音MADのリメイクであるこの合作は、元ネタを「分かってる」人ほどより楽しめるように作られています。
元動画を知らなければ、ゴールドソーサーパートで突然入る宣伝は意味不明でしょう。(その元動画でさえも剛竜馬という別のミームの理解が必要なわけですが)

もうひとつ例を。今年の音MAD界隈の大きなブームに『やばいクレーマーのSUSURU TV』があります。

この素材の動画群では、「メロディーに合わせて無理やり歌わせ、動画は縦書きのテキストを使用する』というテンプレがあります。
このテンプレは、ブームの起点であった『やばいクレーマーのSUSURU TVが代』の動画構成を踏襲しています。

この動画構成、元々は近年の『君が代』音MADのテンプレでした。

楽曲側のテンプレが素材のテンプレと化した珍しい例です。

このように、音MADとは文脈への理解があればあるほど楽しめるジャンルとなっています。

これ、ヒップホップと同じではないですか?

ヒップホップのトラックやリリックのサンプリング元が分かっていると楽しい。
音MADの元素材や楽曲、動画上の演出の引用が分かっていると楽しい。

もちろん知らずとも楽しめるのですが、知っていた方がより楽しめます。


また、ヒップホップはその場の雰囲気を盛り上げるパーティー音楽から生まれたものです。
これ、「音MADリク生」に近いところを感じています。

「音MADリク生」は、主に作者のコミュニティで行われており、音MAD界隈よりも一回り小さな集団です。
小さな集団であるため、何度も同じ動画がリクエストされます。
リクエストされる動画に対し、お約束や内輪ネタコメントが書き込まれ、新たなテンプレが生まれ、独特の雰囲気を醸成する。

生放送はパーティーであり、それを盛り上げるための音MAD……という解釈です。あくまで主役は生放送(パーティー)。

その他にも、「ディグの精神」や「台詞合わせと歌唱法としてのラップ」など、ヒップホップも音MADも根底の部分では似通ったところがあるのではないかと考えています。


オススメ

めんどくせえ講釈はいらないから早くヒップホップを薦めろという声が聞こえてきそうなので、オススメを紹介します。

降神

自称音楽通が「好きな日本語ラップ教えて」と言われた際に挙げがちなアーティストその①。
アングラ日本語ラップといえば降神という方も多いと思います。
攻撃的なリリックが強烈ですが、言葉の乗せ方(フロウ)も面白いです。
難点は……サブスクどころか配信音源すら全くなく、CDでしか聴けないことです。
ただし、降神のメンバーである「志人」と「なのるなもない」が客演で参加した楽曲のいくつかは、サブスク等で公式に聴くことができます。
下記プレイリストは、私の作成したものではないのですが、Spotifyで配信されている彼らの参加楽曲がまとまっています。
特に、1曲目の『禁断の惑星』は、SFをテーマにした楽曲であり、オタクにも刺さるものがあるかもしれません。

KOHH

自称音楽通が「好きな日本語ラップ教えて」と言われた際に挙げがちなアーティストその②。
KOHHのリリック表現は、とにかく独特です。
ほぼすべてが平易な言葉で語られ、素直で実直。
比喩や固い韻も使わない。降神とは真逆かもしれません。
上記『I’m Dreaming』は自分の生い立ちを赤裸々に語った楽曲です。
また、フロウも面白いです。KOHHのフロウについては、下の記事が詳しいです。

音MADの台詞合わせにも活かせないか考えてみたのですが、かなり難しいですね……。


また、私はSpotifyでこういったプレイリストを作ってます。
日本語ラップをよく知らない人に聴いてほしい50曲を選んだものです。

日本語ラップは聴きたくない? ならば下のプレイリストをどうぞ。

本場、アメリカのヒップホップを中心に洋楽のヒップホップを50曲選んだプレイリストです。音楽史的に重要な楽曲も多数。

上記のプレイリストを聴いて、「良い」と思った曲があれば、そのアーティストのアルバムを1枚でも聴いてみるのはいかがでしょうか。
新たな音楽の好みが発掘されるかもしれません。

また、現在は「楽曲名 サンプリング」で検索すればサンプリング元等の情報はいくらでも出てきます。良い時代ですね。
サンプリング元まで遡り、古今東西の音楽や文化を知るのはとても楽しいことです。

皆さんも、音MADと他の趣味を無理やり紐づける記事を書いてみてはいかがでしょうか。
自分が好きなジャンルの共通項が分かるかもしれませんよ。

以上、音MADアドベントカレンダー20日目でした。


参考文献
ライムスター宇多丸の「ラップ史」入門
https://www.nhk-book.co.jp/detail/000000817552018.html