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【お知らせ】現店舗を閉店&移転します。

※2023/8/6追記
移転に際して9/30までクラウドファンディングを開催しています。是非ご高覧の上、共感頂けましたらご支援よろしくお願いします。

こんにちは。カストリ書房の店主・渡辺豪(noteプロフィール)です。突然のお知らせではありますが、カストリ書房の現店舗(台東区千束4-39-3)は今年2023年7月をもって閉店します。

※2023年6月8日追記 現店舗のさよならイベントとして、イラストレーター吉岡里奈さんの個展開催が決定!

吉原遊廓跡に遊廓専門書店・カストリ書房を開業させたのは、2016年。この時わずか2坪で、「猫の額より狭い」を地で行く店構えでした。

翌2017年には、日本初の遊廓資料室を併設することを目的として、現在の場所を店舗を移しました。

2016年、翌17年にはそれぞれクラファンを実施し、多くの方から背中を押して貰いました。


街から消える書店

カストリ書房が吉原にオープンした2016年から昨年2022年までに全国にあった書店のおよそ14,000軒のうち、2,600軒も減少して、もはや現在は11,500店舗しか残されていないと言います。2000年には22,000軒あった書店が、わずか20年にして半減しました。

出版科学研究所のデータから作成

オープンから7年

決して書店業に追い風が吹かない時代にあって、オープンから7年目、現店舗に移転してからは早いもので6年目を数えました。2017年に生まれた赤ちゃんが現在は小学1年生になることを思うにつけ、月日の流れる早さに驚くばかりです。カストリ書房もヨチヨチ歩きから小学1年生になりました。前例のない「遊廓専門書店」がここまで続けられたのも、一重にこれまでカストリ書房を応援してくださった方のお陰です。

ようやく身の丈に合わないランドセルを担ぐ小学1年生になれたカストリ書房ですが、昨年2022年、家主から契約の満了を告げられました。弊店舗はいわゆる定期借家契約で賃貸契約を締結していました。契約当事者の一方、多くの場合、家主となりますが、契約更新しない意志を明示すれば、次契約は再契約できない契約形態です。家主に有利になりがちな契約形態であり、今回も、そのために移転を余儀なくされたという次第です。

契約は双方納得の上で締結するもので、恨み節を言い募る意図はありません。いわゆる立ち退き料などを求めることなど毛頭考えませんでした。が、上記の通り現店舗に場所を構えるに当たって、多くの志を頂戴しており、資料室を造るにも設備投資を行っています。その意味では、やはり弊店にとって痛手に違いありません。

昨年2022年時点で現店舗がなくなることは確定しており、今回ご報告が遅くなってしまったことについて心からお詫びします。ある程度、状況に一定のメドが付いてから、ご報告したいと考えていました。

実店舗を閉じるか迷いました

加えて、もう一点、これまでカストリ書房を応援して下さった方にお詫びしなければならないことがあります。今回、カストリ書房の進退を迫られた当初、私は実店舗を閉じる判断で意志が固まっていました。実店舗からネット専門に移行する心づもりでした。

カストリ書房を開店した2016年からまだ「10年ひと昔」にすらなりませんが、それなりに生活様式が変わった印象があります。とりわけコロナが通販やデジタルコンテンツの利用を一層加速させて、場所に依存しない消費行動や営業形態が浸透した印象があります。加えて店主である私も、どうしても店番に縛られがちとなり、フィールドワークに専念できない課題を抱えていました。

実店舗は労多くして益少なし?

実店舗とネットを並行して客商売をする方ならとうにご承知でしょうが、実店舗とネット(EC)を比較すると、実店舗は〝労多くして益少なし〟があまりに多くあります。実益性のない町内会費、迷惑客による商品の汚損、近所からの嫌がらせなどなど──。これらをすべて「益少なし」と切り捨てるつもりは毛頭ありませんが、弊店のように商品に賞味期限がなく、ECとの親和性が高い業種であればなおさら、どうしてもネットはスマートで無駄がありません。加えて弊店の特性として、来店者はほとんどが外部からであり、食堂や日用雑貨店などと違って近所のニーズを満たすものでもありません。

こうしたことから、契約満了を機にネット専門へと移行し、今後はデジタルコンテンツの拡充を図り、店主である私も、もう一度プレイヤー側に戻る心づもりでした。正直に言えば、肩の荷を下ろせる安堵感も少なからずありました。

ですが、いざ決心してみたものの、振り返ってみれば、カストリ書房を立ち上げてからというもの様々な人が尋ねてきてくれました

尋ねてきてくれた楼主の子孫たち

とりわけ思い出深いのは、少なくない娼家経営者すなわち楼主の家系に連なる人が尋ねてきてくれたことでした。2021年に以下のやりとりがありました。

尋ねてきてくれた方は、島根県某市で祖母が遊廓を経営していたという70代の女性。嫁いだのではなく、その娼家に生まれ育った方。東京に在住する娘を訪ねたその足でご来店の由。聞けば、今回の来店は娘さんにも内緒で、カストリ書房の存在を知った1年前から、来店する日をずっと楽しみにしていたと。

遊廓で生まれ育った自分は、旅行先で遊廓らしい家屋を見つけると、つい懐かしさから嬉しくなる。でも世間一般では、遊廓は女性搾取の場であることから、ずっと夫にも娘にも話せずにいた。子供の頃、遊廓内には家事手伝いの身寄りのない老婆が住んでいた。おそらく売られてきた女の子が、その後行く当てもなく、家事手伝いをしていたのだろう。いつしか居なくなったが、その後どうしても会いたくなり、15年ほど前に探し当てて会いに行ったが、子供も同席していて遊廓について触れることはついぞできなった

といった、興味深い様々なことを教えてくれました。遊廓と俗称された準公娼制度である赤線は、昭和33年に罰則規定を伴って施行された『売春防止法』によって形式上なくなりましたが、関係者にとっては終わったものではなく心の中で今も生き続けている、背負い続けているのだと知りました。そして、その想いの一部を受け取った私の中にも生き続ける──

別のnoteにも書きましたが、二回りも下の高校生が尋ねてきてくれ、自分よりもよほど本質的で正鵠を射た課題意識を持っていることも知りました。

カストリ書房は「遊廓の歴史を残したい」との、ごく私的な願いから立ち上げた小さな書店に過ぎませんでしたが、いつしか他人の想いもまた背負っていました。また、次の世代にバトンタッチする役目も、少しずつとはいえ果たせるようになっているのかもしれません(それ以上に若い人から学ぶことが多いです)。そのことは片時も忘れることはありませんでしたが、このように多くの方に繋がることができたのは、吉原遊廓跡に場所を構えたからです。ネットでも経営は成立したでしょうが、やはりこうした経験はできなかったでしょう。

本来なら書店が成り立たない場所

手前味噌ですが、吉原遊廓跡に遊廓専門書店を構えるというプランは、ある種の発明でした。オープン以前にこのプランを身近な数人に打ち明けてみましたが、誰一人として賛成する人はいませんでした。もちろん彼らに先見の明がなかったと言いたいのではありません。人間は、自分の想像できないものを否定しがちという、それだけのことであり、わざわざ他人に相談したのは背中を押して欲しい当時の自分の弱さに他なりません。

ともあれ、吉原遊廓跡に遊廓専門書店をオープンさせるプランは、一般論からすれば大それたものでした。

最寄り駅からはどこからも遠い吉原遊廓跡

吉原遊廓跡は、地図で見れば一目瞭然ですが、最寄り駅の日比谷線・三ノ輪駅、同・南千住、銀座線・浅草駅などからは徒歩10〜15分ほど離れており、ベッドタウンのように通勤途上にある街でもありません。地元の人は陸の孤島などと自嘲したりもします。その意味でも、人流を考えれば駅前などの繁華街に開店させることがセオリーでしょうが、年々、書店が減り続けていることは前述の通りです。もちろん人流はマーケティング上は大事な要素でありながら、人流のみで書店業が成り立つ時代は過ぎています

余談ながら、名物店主が営む名物書店と呼ばれた書店も閉店が相次いでいます。すなわち店主の個性やラインナップによる差別化では成り立たなくなったことの証左です。

引用:https://www.lmaga.jp/news/2023/05/658997/

では、なぜカストリ書房が7年も続けられたのか──

「遊廓専門」という唯一無二のラインナップでもなく、まして店主の個性などでも無論なく、(これは本当におこがましい言い方ですが)弊店は遊廓という歴史にまつわる人々の想いの一部を受け止める存在になれたからだと思っています。

せいぜい10年程度しか遊廓について関わりのない私のことですから、私や書店の手法が万人から理解を得られたとも思えません。それでも諸手を挙げて賛成できずとも「遊廓の歴史を残したい」という大きな目標を前に、至らない点に目を瞑って協力の手を差し伸べて下さった方も多かったことと思います。

「遊廓」という歴史について多くの人に関心を持って貰うだけでなく、〝昔のできごと〟や〝物語〟以上の自分ごとに引き寄せて考えて貰うには、原位置性つまり吉原に足を運んで貰うことに勝るものはない、という結論に戻ってきました。これは何のことはない、2016年にカストリ書房を開店させたときと同じ考えに一巡してきただけに過ぎませんが、自分勝手に仮定した2016年と、多くの人に支えられて今がある2023年では天地ほどの差があります。

さて長くなりましたが、肝心の移転先についても、前述の通り一定のメドがつきました。同じ吉原遊廓内に移転先を見つけ、嬉しいことにこれ以上望めない場所になりそうです。改めてご報告したいと思います。

まずは、現店舗の閉店と移転のお知らせと、これまで支えて下さった皆様へのお礼となります。ありがとうございました。