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第22回「福ちゃん」焼きそばと、日常と非日常の「境目」をつまみに飲める店|パリッコ

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 そこから見える景色が絶景であることだけが僕の定義する天国酒場の条件ではないことは、これまでにも何度か書いてきた。そういう意味で、知る人ぞ知る名店「福ちゃん」の、日常の隣に突如出現する非日常感は、かなりすさまじいものがある。天国酒場とも異世界酒場ともいえるような。

 浅草は、言わずと知れた日本を代表する観光地のひとつだ。浅草寺があり、隅田川があり、酒を飲むなら「ホッピー通り」に、電気ブラン発祥の老舗「神谷バー」もある。が、この街に「日本最古の地下街」があることを知らない人は、意外と多いんじゃないだろうか?
「浅草松屋」の目の前にある、ポップなモグラのイラストが描かれた看板が目印の入り口。その階段を降りていくと、多くの人が想像する浅草のイメージとはかけ離れたディープな空間が現れる。さながら、ダンジョン。

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◆サイバーパンク的空間

 50年以上の歴史が堆積し、細部にまで隙なく味わいの宿った地下街。そこに飲食店、床屋、印刷屋、怪しげな雑貨屋、占いや気功の店など、規則性なく雑多な店舗が建ち並ぶ風景には、僕の大好きなサイバーパンク的感覚が充満している。何より、それが意図して作られたものではなく、自然な新陳代謝の末に生まれたものであるというのがたまらない。
 その空気を全身で堪能しつつ地下街を端まで歩いてゆくと、周囲から浮かび上がるように存在する店、それが、福ちゃんだ。

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◆「ブレードランナー」や「攻殻機動隊」の世界

 看板に「浅草やきそば」とあるとおり、名物は焼きそば。この超一等地にあって、値段はなんと350円だ。これをさくっと食べて昼食とする人ももちろんいるのだろうけど、ここには他にも、つまみや酒メニューがあれこれあって、昼間から飲んでいる常連も多い。

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◆僕は、もちろん飲む

 開放的なカウンター席で、ジョッキまでキンキンに冷やされた生ビールと「タンみそ漬け」で始めるのが僕の定番。塩気強めで、旨味も食感もぎゅぎゅっと凝縮されたタンをひとかじりし、すかさずビールをごくごくー! っと、いけるとこまでいく。……ぷはーっと息を吐く。人生に何度訪れても最高を更新する、幸福な瞬間だ。

 ちなみにここは地下街の最果てで、その先がどうなっているのかというと、東京メトロ銀座線浅草駅の改札口につながっている。ほんの数メートル先にはディープな地下街と明るい改札の明確な境目があって、その向こうの空間には、まるでこちら側など見えていない様なそぶりで日常生活を送る人々が忙しそうに行き交っている。こんなにも明確な、日常と非日常の落差をつまみに飲める店なんて、なかなか他にないんじゃないだろうか。

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◆改札側からの景色がまた、合成にしか見えなくて笑える

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◆一歩足を踏み入れればこのとおり

 さて、ここに来たら焼きそばを食べなければ帰れない。ものすご~く酒がすすむ焼きそばだから、シメというよりはつまみ。なので、もちろん酒もおかわりする。

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◆贅沢に「牛スジ焼きそば」に目玉焼きをトッピング。それでも合計600円

 昔はここに決まってマヨネーズもトッピングしていたが、40代となった最近は、その日の気分による。ただ、牛スジはやっぱりマストかな。
 実は、毎回ついこの組み合わせばかりを頼んでしまうので、今日こそは前から気になっていた「カレーソース焼きそば」を頼んでみようと思って来たんだけど、今はコロナの影響で品数を減らしており、一時的にメニューから消えているそう。復活したらこんどこそ食べにこよう。

 まず、ところどころがへこんだアルマイト皿がいい。つやつやと輝く目玉焼きの宝物感もたまらない。太めでわしわしとかっこむタイプの荒々しい麵なんだけど、どこか優しく感じるのは、その柔らかさのおかげか。甘めで味濃い目のソースにたっぷりと牛スジの旨味が絡み、これが体になじんだ味であるホッピーセットと相性抜群なんだよな。

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◆一分の隙もない天国酒場的風景

 無論、途中で目玉焼きの黄身をつつき、慎重に慎重に味変を加えてゆく。溶けだした卵黄がまとわりついた麵は粘度を増しててらてらと輝き、究極にまったりとした味わいになる。ここで紅ショウガをアクセントに。なんてことをやりながら、ホッピーのナカをおかわり。

 なんだか飲み進めるうちに、「あっちがこの世でこっちがあの世」ってな気分になってきたけど、そうそう、これこそが天国酒場で飲む醍醐味なんだった。あぁ、今日も天国酒場は楽しいなぁ。


福ちゃん
住所:東京都台東浅草1-1-12
電話:03-3844-5224