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番外編③~記憶の中の天国酒場たち~|パリッコ

☆NEWS!
本連載が単行本になりました。連載時には掲載できなかった写真を多数追加収録、読むだけでほろ酔い、夢見心地の旅気分が味わえる、書籍ならではの充実の一冊です! 
2020年9月25日(金)発売。四六判並製、184ページ、オールカラー。定価:本体1600円+税。全国書店様にてお求めください!

 今はなき天国酒場の代表といえば、僕に天国酒場という概念を発見させてくれた、稲田堤の「たぬきや」がまっさきに思い浮かぶ。が、ここは思い出の多すぎる店。いずれ別の機会に、たっぷりと綴らせてもらおうと思う。


 これまで紹介してきた店たちを見てもわかるように、天国酒場は特殊な立地にあることも多く、例えば川原や公園のなかにある店ならば、その場所の「占有許可」を得て営業しているということが多い。占有許可の条件は時代とともに変化し、仮に長く川原の同じ場所で営業してきた店があったとして、一度閉店してしまえば、同じ場所で誰か別の人が新しい店を始めるということは、おいそれとはできない。つまり天国酒場は、失われてしまえば永遠にその場所から消えてしまいかねない、とても儚い存在なのだ。もちろん、近年の都市再開発にともなって消えていってしまった、味のある横丁の数々などもその例外ではないが、とにかく、もしも気になり、行きたいと思ったら、なるべく早く訪れるに越したことはない。


 例えば、昨年取材をし、この連載でも紹介させてもらいたいと思っていたとある居酒屋。掲載許可の連絡をすると、近日中の移転が決定してしまって、残念ながら情報の掲載は見送ってほしいということになってしまった。

 その店を見つけた経緯がまずおもしろく、水上バスに乗ってお台場から浅草に向かっている際、隅田川の両岸に建ち並ぶ建物ののうちのひとつ、とあるビルのテラス風スペースの一角だけが、どう見ても酒場の雰囲気だ。場所は蔵前と浅草の中間くらい。

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◆「な、なんだあの場所は!?」と大興奮

 慌てて地名とそれらしいワードで検索してみると、店名が判明。後日訪れたその店は、眼下に隅田川が流れ、前方には東京スカイツリーや、ビールジョッキを模したアサヒビール本社ビルに、炎のオブジェ。まさに天国というより他ない酒場だった。

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◆ついにたどりつけた天国。どうしてもここで飲んでみたかった

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◆こんな絶景ホッピーはそうそう味わえない

 ただ、そこは比較的新しい店で、もしかしたら居抜きで別の店が入る可能性はあるかもしれない。あの風景を堪能しながら酒を飲むのが100%の夢物語でないことだけは、ちょっとした希望だ。


 仕事の都合で東京都日野市の「平山城址公園」というのどかな街に行った時、川沿いに、我が目を疑うような店を発見した。店頭に赤ちょうちんがぶらさがっていなければ、どう見てたって隣のアパートの倉庫にしか見えないプレハブ小屋。だが、窓から漏れる光の感じを見る限り、営業中の酒場のようだ。

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◆人生で見てきたなかで一番シンプルな外観の酒場かもしれない

 ただ、その日はどうしても時間がなくて寄れず、ネット上にも情報がまったくないので、往復3時間はかかるこの街に、後日再訪した。「やっていてくれ……」と願いながら。結果、無事訪れることのできたその店は、箱のなかだけが周囲の風景から独立した非日常空間である、まさに天国酒場。知り合いの大工にしつらえてもらったという立派なカウンターの居心地が最高で、大将の焼いてくれた焼鳥も絶品だった。

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◆まさか店内がこんなことになっていようとは

 ここも先日、久しぶりに行きたいなと思って、なんとなくGoogleストリートビューで店の場所を確認してみたところ、きれいな更地になっていた。

 残念だけど、飲みながら店の歴史を聞いていたとき、確か大将は「一度別の場所からプレハブごと移転してここに来た」と言っていた気がする。ならばもしかして、また別の場所に移ってしまっただけという可能性もありえる。神出鬼没な、幻のような店。その存在感からして、いかにも天国酒場じゃないか。いつかまた、あの箱のなかで飲めるといいな。


 3年ほど前、中央線で東中野を通りすぎた時、駅前の線路沿いに異様な光景を見た。どちらかというと薄暗いイメージの東中野の街のなかで、そこだけが派手な電飾に飾られ、何やら屋台村のような雰囲気。最近そんな施設ができたなんて噂も聞かなければ、情報も見つからない。

 ちょうどその頃、タブラ奏者のユザーンさんと「近々飲みましょう!」なんて話していて、ユザーンさんもそういうのが大好きなので、一緒に行ってみることにした。するとそこには、確かにオープンエアーな酒場があった。が、想像以上にカオスで、はっきり言ってわけがわからない。無論、その謎の空気感を心ゆくまで楽しんだ。

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◆頭がクラクラしてくる異次元空間

 ちなみにこの場所、Googleストリートビューのタイムマシン機能で過去にさかのぼってみると、2014年2月の時点では雑居ビルが建っている。が、同年7月に更地となり、2015年には駐車場に。2017年、そこが空き地になって、奥に1台のキッチンカーのようなバスが停まっている。その横には「一番搾り」ののぼり。どうやらここが始まりのようだ。2018年4月には何かの廃材を利用したようなテーブル席と、テントもちらほらと増えはじめた。2018年8月、いよいよ空き地全体が開き直ったように派手に装飾され、「ビアガーデン」なんていう看板が見える。僕たちが訪れたのはこの頃。そして2019年5月、再び更地になって、現在は新築マンションを建設中のようだ。

 あの店はなんだったんだろう。考えてみても謎のままで、まるで夢のなかのできごとのようだ。そんなあやふやさもまた、天国酒場らしいといえるのかもしれない。

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◆この店に違和感なくなじむユザーンさんこそすごい