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第20回「多摩River」健康な野球少年たちの声を聞きつつ、昔ながらのラーメンをつまみに|パリッコ

☆NEWS!
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 多摩川沿いが天国酒場の宝庫であることは以前にも書いたし、この連載でも何軒かの店を取りあげてきた。今回もそんな店のひとつを紹介するわけだが、その名も「多摩River」。「多摩川」と「たまりば」がかけてある。大切な店名をダジャレにしてしまうというどこか油断した感じに、はてしなく好感が持てないだろうか?  僕は持てる。

「天国酒場」という僕の造語を初めてきちんと世に発信したのは、2016年4月に発売された、僕が監修していた「酒場人」という雑誌の第2号だった。「天国酒場へようこそ」というサブタイトルをつけ、巻頭でどーんと特集した。同じ号で、僕の敬愛するミュージシャン、かせきさいだぁさんとの連載も始まった。「旅ゆけば飲み歩き」というコーナー名で、かせきさんと一緒に街をふらふら散歩し、いい頃合いになったらハシゴ酒に突入するという、いちファンとして光栄にもほどがある内容。僕はかせきさんが昔から多摩川のことを「タマゾン川」と呼び、釣りをしたり河原にラジカセを持っていって過ごしたりと、自由に遊びつくしている様子に憧れていた。だから初回の行き先について、「どこか多摩川が近い街でどうでしょう?」と提案させてもらった。すると東京都大田区にある「六郷土手」という駅の近くの多摩川沿いに、おもしろい食堂があるという。「ぜひぜひ!」ということで、六郷土手に集合した。そうしてかせきさんに教えてもらった店が、まごうことなき天国酒場だったというわけなのだ。

 六郷土手の駅は、多摩川の河川敷に隣接するようにある。そこからのんびりと散歩していると、すぐに「多摩川緑地事務所」という施設にたどりつく。

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◆まるで学校のような「多摩川緑地事務所」

 目的地に着いたとかせきさんは言う。が、とても酒を飲めるような施設には見えない。と思いきや、なんとも脱力感のあるデザインがたまらない「多摩River」という看板が建物の目の前に立っている。あ、この感じは、飲めるぞ。

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◆目の前の広大な河川敷は、野球場になっている

 関係者じゃないけど入っていいんだろうか?  って雰囲気の、いかにも公共施設的エントランスを通り、案内板に従っていくと、たしかにその店はあった。

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◆外から覗く店内は、まるで老人たちの寄合所

 重厚な扉を押して一歩入れば、そこは別世界。長テーブルとパイプ椅子が並ぶ会議室のような休憩スペースと、広々とした厨房。大型のものが3つ並ぶガラスの冷蔵ケースには、キリン、アサヒ、サッポロと、各メーカーの瓶ビールがぎっしりと並んでいる。メニューもかなり豊富で、ラーメンやカレー、どんぶりなどのメインものの他に、おでんやちょっとした単品のつまみもいろいろある。

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◆麵類やご飯もので飲むのも楽しそうだ

 飲食物の注文はせず、ただ休憩している人々もたくさんいる。自由な施設だ。僕たちも空いている席を確保し、まずはセルフサービスでチョイスするおでんと瓶ビールで乾杯することにした。

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◆おでんの基本に忠実な感じがすごくいい

 大きな窓から燦々と光さしこむ店内で、いかにも事務的な長机に酒とつまみを並べ、昼間っから飲んでいる。しかも目の前にいるのは、高校生の頃から憧れ続けたかせきさんだ。あまりにも現実離れした状況に、緊張を通り越して笑ってしまう。

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◆健康的な野球少年たちを眺めなら飲む背徳

 せっかくこういう店にやってきたので、ラーメンも頼んでみようということになった。オーソドックスなラーメンより200円近く高級な(とはいえ訪れた当時で580円)、「たまりばラーメン」を選ぶ。わかめ、メンマ、チャーシュー、ゆで玉子、味つけもやし入りの豪華版だ。

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◆シンプルな醬油ベースの「たまりばラーメン」

 クリアな醬油スープがいい。色の濃いメンマがいい。半熟のゆで玉子がいい。チャーシューの絶妙な厚みと大きさがいい。わかめももやしもたっぷりなのが嬉しいし、つるつるとのどごしのいいちぢれ麵をすすりこむと広がる、派手すぎない昔ながらの味わいが、この環境にものすごくマッチする。

 世の中には、こんな具合の食堂がどのくらいあるんだろうか? 僕が知らないだけで、まだまだある気がする。そしてきっと、目の前で野球に熱中する子供たちにとって、ここに存在する食堂は、日常の風景そのものなんだろう。そんな店でもっと飲んでみたい。あらためてそんなことを思わされる天国酒場だった。

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◆15分くらいあの状態で立ち話をしていたご老人2人組

 

多摩River  
閉店