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第13回「#dilettante cafe」清らかな小川に浮かぶワインカフェ|パリッコ

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 どうやらこの世には、「天国酒場」としか形容のできない店が少なからず存在するらしい。そんな確信を持った数年前から、偶然の出会いとは別に、インターネットを使って、他にもそんな店がないかを積極的に探すようになった。
 探しかたは例えば、「今日はこの川だ」と狙いを定め、Googleマップを3D表示にし、下流から上流に向かってひたすらさかのぼってゆく。角度を変えながら執拗に。川沿いに飲食店があれば詳細をチェック。河川敷に謎の掘っ立て小屋らしき建造物があれば、ストリートビューなどを駆使し、その建物が酒の飲める飲食店ではないかを確認する。グルメサイトにキーワードを入れて評価の高い店を探すのとは対極にある、自分でもたまに「おれは一体何をしてるんだろう……」という気持ちになってくる地道な作業だ。もう少し現実味のある方法だと、「川沿い 居酒屋 景色」など、思いつく限りのキーワードを入れて検索しまくるというのもあるが、どちらにせよそう簡単に良き天国酒場が見つかるものではない。だからこそ、「#dilettante cafe」(ディレッタント カフェ)の情報を初めて目にした時は、それは興奮したものだ。

 静岡県三島市は、左右を海辺の街である熱海と沼津に挟まれるようにある、伊豆半島の中北端に位置する街だ。熱海と沼津には行ったことがあったけど、面目ない話、それまで三島に興味を持ったことがなかった。そんな街に、まるで僕が夢想する天国酒場をそのまま具現化したような飲食店があるという情報を見かけたのだ。僕はたまらず、三島へと向かった。
 三島駅へは、品川駅から新幹線ひかり号に乗ればなんと35分(こだま号でも45分前後)。じゅうぶんに日帰りできる距離にあり、僕はそんなことすらも知らなかった。さらに驚いたのは、降り立った三島の街の素晴らしさだ。
 春先のよく晴れた日だった。駅を出てふらりと散策してみると、街なかのいたるところに、富士の雪解け水を水源とする清らかな小川が流れている。さらには、多くの川沿いに散策路が整備され、まるでキラキラと光る水面の上を歩いてゆくような感覚で、あちこち自在に探検することができる。天国酒場ならぬ「天国都市」。僕は、東京からそう遠くない場所にこんなにも美しい街があったのかと、猛烈に感動した。

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◆せせらぎの音に包まれていると心が洗われてゆく

 そんな美しいせせらぎのひとつ「源兵衛川」に浮かぶ飛び石を、子供のようにぴょんぴょんと渡っていくと、とある橋の先の光の中に、まるで絵本から飛び出してきたかのような可愛らしいレストラン「#dilettante cafe」はあった。
 小川にせりだすようにウッドデッキがあり、そこがテラス席になっている。店沿いの川の中にベンチがひとつあり、座れば足が水に浸るような位置だ。店内はどうなっているんだろう? 期待に胸を膨らませつつ入店すると、これまたおとぎ話に登場するような胸躍る空間に、圧倒されてしまった。

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◆こんな風景が現実世界にあったとは

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◆センスと居心地の良さが同居する空間

 オープンは2004年。内装はもちろん、家具や細かなアイテムひとつひとつのチョイスから配置にいたるまで、オーナーの四宮さんが手がけたこだわりの店。あまりにも素敵な川沿いのテラスも、もとは壁だった場所を、せっかくの立地を生かしたいと改装したのだそう。それを聞いて僕はまた大感動してしまった。
 そう! すべての川沿いにある飲食店は、その立地がまずものすごいアドバンテージであるということを自覚してほしい。先述の河川沿い3Dマップ検索をしていても、せっかく水辺にあるのに、そちら側を普通の壁にしてしまっている店のなんと多いことか。僕はこう思っている。すべての川沿いの店は、水辺側にテラス席を作るべきだと! ……まぁ、この意見が単なる変わり者の戯言だということは自覚している。改装費や安全面の問題、いろいろあるだろう。けれども四宮さんは、ご自身の店の立地を魅力のひとつと考え、こんなにも素敵な空間を作り上げてしまった。ブラボーと言わずにいられるだろうか。

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◆川の向こうをときおり「伊豆箱根鉄道」のかわいらしい車両が通りすぎる

 季節ごとに変化する三島野菜と、お隣、沼津港で直接買いつける新鮮な魚介類、県内産の肉など、食材にも恵まれる三島市。それらを使った、シンプルながらも豊かな料理が店のモットー。目の前に届けば感激してしまうようなとりどりの美しい品が揃うが、決して高くはない。例えばランチなら、前菜、主菜、サラダ、ドリンクがついて2200円。しかも選べるドリンクの中に、グラスワイン、ハーフビール、自家製サングリアなどのアルコールメニューまでラインナップされている。何度でも言おう。ブラボー! と。

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◆ワインが1本空いてしまう「前菜の盛り合わせ」

 同じ建物の3階には、2012年「waltz.」というワインカフェ兼ギャラリーもオープンした。#dilettante cafeで食事をしたあとは、waltz.に移動し、窓から見事な富士山を眺めながら、デザートやチーズとワインを楽しむ、なんてこともできる。
 つくづく、もしも近所に住んでいたらなぁ、と思わされる店だ。

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◆久々にご連絡した四宮さんが送ってくれた夏頃の写真。まさに天国!

#dilettante café
住所:静岡県三島市緑町1-1
電話:055-972-3572