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第16回「屋台ラーメン 大吉」繁華街に突如現れる異空間屋台|パリッコ

☆NEWS!
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2020年9月25日(金)発売。四六判並製、184ページ、オールカラー。定価:本体1600円+税。全国書店様にてお求めください!

 西武池袋線に「入間市」という駅がある。池袋駅から西へ下ること22駅。所要時間は最速で40分程度。同じ沿線に住んでいながら特に用事がなく、これまでの人生にはおいてほとんど縁のない街だった。が、最近、とある雑誌でそっち方面のエリアの酒場特集を担当することになり、良い酒場を求めて何度か通って、あちこちの店で飲んでみた。するとどこに入っても魅力的で、しかもおもしろい店が次から次に見つかり、すっかりこの街に魅了されてしまった。雑誌の仕事が終わった今も、誰にも頼まれてないのに、ついつい入間に飲みに行ってしまうくらい。

 そんな入間探索の中でも特に衝撃的だった一軒が、今回紹介する「屋台ラーメン 大吉」だ。

 入間市駅南口から5分ほど歩いた場所に「丸広百貨店」や「ショッピングプラザ サイオス -SAIOS-」、「ユナイテッド・シネマ」が入るアミューズメント施設「ipot」などが密集する、入間いちの繁華街がある。そのあたりを「こんなエリアもあったんだな~」なんてのんきに歩いていたら、とんでもないものを見つけてしまった。なんと、巨大な商業ビルである「ipot」のふもとに、さも当然のように、トラックを改造したラーメン屋台が存在していたのだ。慌てて周囲を見回すも、地元の人々は、まるでそんなものは見えていないかのような顔で街を行き来している。なぜここを素通りできるんだ! と思ったけど、よく考えたら、地元に屋台があったからっていちいち毎回驚いてるやつはいないか。とにかく、近年急速にその数を減らしている「屋台」の発見に、僕は大興奮した。残念ながらその時は営業していなかったけど、あきらかに「生きている」空気を感じる。僕は、「また入間に来る理由が増えてしまった……」と、心の中でほくそ笑んだ。

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◆この写真の違和感に気がついてもらえるだろうか?

 後日、あらためてその屋台を訪れてみると、おぉ! 赤ちょうちんが灯っている! 思わず胸が高まり小走りになる。駆け寄って目の当たりにしたその店のディティールは、僕に大きな衝撃と感動を与えてくれた。

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◆今からこの渋すぎるカウンターで飲めるなんて

 マスターに「ひとりです」と伝え、席に着く。ラーメン屋であることはわかっていたので、少なくともビールくらいはあるだろうと予想していたら、それどころではなかった。

 まずお通しが出てくる。その時は小皿のおでんだったが、品は日替わりだ。目の前のつまみメニュー表を見ると、「モツ煮」「牛すじ」「ホルモン」「鶏皮ポンズ」「エイヒレ」「冷やっこ」「馬刺し」「鯨ベーコン」などなど、種類が豊富なんてもんじゃない。飲み物は「ビール」「日本酒」「生酒」「ホッピー」「ハイボール」に、各種サワーといったところ。

 ホッピーを注文すると、セットではなく、あらかじめ割られてジョッキで出てくるタイプで、ものすご~く焼酎が濃い。はは、イメージ通りの強力な店!

 それからも何度かここで飲ませてもらった。オープンは15時で、昼夜は問わず、常連たちがマスターと楽しそうに喋りながら酒を飲んでいる。しばらく通って気づいたことだが、土地がらなのか、偶然自分が出会った店がそうだっただけなのかはわからないけど、入間の酒飲みたちはとてもほがらかだ。そういう光景に触れるたび、どんどんこの街が好きになってゆく。大吉は、僕にとっての入間の象徴のような店だった。

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◆僕のお気に入りは焼酎水割りの梅入り。おかわりのときは、梅入りのグラスはそのままに、中身の水割りを足してもらう

 また、料理が何を頼んでも美味しくて、毎度驚く。例えば、濃厚な味噌味にモツの旨味が染み出した「モツ煮」だ。

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◆見ての通り、掘っても掘ってもモツが出てくる

 中でも印象に残ったのが「豚くだ」というメニュー。豚の「くだ」という謎の部位をボイルしたもので、醤油にカラシをといてつけながら食べる。ハードな食感の軟骨に、とろりと甘い脂身がついたような感じで、これがものすごくいいつまみになる。が、マスターのサービス精神が旺盛すぎるので、どんぶりいっぱいに出てくる。一度、ひとりでこれを平らげたら、それだけで完全に満腹になってしまった。

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◆できれば2~3人でシェアしたい「豚くだ」

 ちなみにこの原稿の掲載許可を取る際、マスターに「『天国酒場』という連載をやっていて……」と言うと、「うちは酒場じゃなくてラーメン屋だからよ! まぁ、見えねーかもしれないけど」と笑っていた。そう、もはや忘れかけてしまっていたが、ここは本来ラーメン屋なのだ。で、そのラーメンが実は、もうはちゃめちゃにうまい! ラインナップは「醤油ラーメン」「塩ラーメン」「味噌ラーメン」「激辛ラーメン」「チャーシュー麺」「つけめん(味噌 / 醤油)」。僕はまだ醤油と塩しか食べたことがないけれど、どちらもこれまでの人生で食べたラーメンの中でトップクラスの美味しさだった。

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◆「醤油ラーメン」。あっさりというよりはガツンとオイリーで、コク深い味わい

 店は開店からまだ10年ほどだという。トイレは背後のビルの中、専用の小屋のようなスペースにある。ビルの壁に直接テレビがかかっていて席から見られるようになっていたり、とにかくまだまだ謎多き店だ。何より、写真をお願いしても「オレは顔出すとまずいんだよ」と笑ってはぐらかされてしまうマスターは、多くを語ってくれないから、これからも通って少しずつ店のことを知っていくしかないし、また、それがたまらなく楽しみでもある。

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◆壁にかかったテレビ。そして、カウンターの奥にはお地蔵さんの姿も

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◆屋台を背後から。みんな本当に幸せそうに飲んでいる

 華やかな繁華街の中にあって、そこだけに結界が張られたような、異世界的空間。一歩足を踏み入れると、その内部には、あまりにも幸せな酒場が存在していた。

 天国酒場の醍醐味は「日常の隣にある非日常」。「屋台ラーメン 大吉」は僕の中で、入間の街の象徴であると同時に、天国酒場の概念を象徴する店でもあるなぁと、濃い焼酎で酔っぱらった頭で考えていた。


屋台ラーメン 大吉
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