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番外編②~銭湯型天国酒場についてと、「東京園」の思い出~|パリッコ

☆NEWS!
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 僕は銭湯が大好きだ。

 コロナウィルスの影響による外出自粛にともない、必要最低限の買い物と散歩くらいしかできていない昨今、夜の酒場はもちろん、銭湯にもまったく行けない日々が続いている。仕事が仕事だから、当初から「酒場に行けないのは寂しい。つらい」とは感じていた。そんな暮らしがしばらく続いたところで、ふと気づく。

「酒場はもちろんだけど、銭湯に行けないのも地味につらいな。いや、派手に、狂おしいほどにつらいな!」と。

 朝から黙々と原稿を書き、その日のノルマを終える。今日は調子が良く、まだ早めの夕方だ。となればもう、銭湯に行くしかない。高い天井の窓からはまだ明るい日差しがさしこむ。広い湯船に張られたたっぷりの熱い湯が、それを反射する。全身を洗い、ゆっくりと体を慣らすように湯につかる。よ~く温まったら、水風呂にドボン。しばし瞑想。これを3度も繰り返せば、その日の肉体的および精神的な疲労など、すっかり消え去ってしまう。

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◆地元に昔ながらの銭湯が残っていてくれるのがありがたい

 湯あがりのふわふわと心地よい空気の層がまだ体を包んでいる状態で、脱衣所で缶ビールでも飲むか、なじみの角打ちへ行って生ビールでも飲むか、それともコンビニで缶チューハイを買って、公園の池のほとりのベンチで飲むか。どの選択肢を選んでも天国直行であることには変わりない。もちろん、そこまで優雅な余裕がある日はそれほど多くはないけれど、つい2ヶ月ほど前までは、銭湯にだけなら少なくとも、週3くらいのペースでは通っていたと思う。銭湯は、湯あがりの一杯を強制的に天上の美味に変えてしまう「どこでも天国酒場変換装置」といえるかもしれない。

 ところで、そんな銭湯自体が天国酒場であるというパターンも意外と多い。昨今のスーパー銭湯はどこでも立派な飲み処が完備されているし、地方にある昔ながらの公衆浴場に、寄合所兼食堂みたいなスペースがあることも珍しくない。が、もっとなんというか、日常の隣にあって突然の非日常を感じさせてくれるような、まさに天国酒場的な銭湯というのも、探してみるとけっこうあるのだ。

 例えば僕が大好きなのが、東京都練馬区にある「貫井浴場」。ここ、僕の住む西武池袋線沿線の「中村橋」という駅から歩いて10分ほどのところなのだが、露天風呂があるということで、以前わざわざ訪れてみた。すると、もちろん岩造りの露天は素晴らしいし、内風呂も充実したとても良い銭湯だったんだけど、さらに興奮してしまったのが、かなり広めの食堂兼飲み処が、建物のなかに併設されていたことだ。

 板張りの大広間に座卓と座布団が並び、ご高齢のお客さんも多いからだろう、テーブル席も数卓完備されている。注文はその都度番台まで食券を買いに行くシステムなのがおもしろい。生ビールばかりかホッピーセットまであって、そのナカは、気合の入った大衆酒場くらいに濃い。

 幅広くつまみになりそうな一品料理もたくさんあるんだけど、僕はここで、あえて定食のセットをつまみに飲んだりするのも好きだ。昨今の人気店が競いあう、箸をさしこむとブシューッと肉汁が噴出するようなタイプではなく、あくまで昔ながらの、みっしり食感のハンバーグ。これをおかずに白米をガシガシとかっこみ、ホッピーを飲む。

 ふと見れば、常連さんたちがそれぞれに好きなものを食べ、飲み、流れるTVをボーッと眺めている。居間の延長のようでもありつつ、あの世のようでもある、まさに天国酒場だ。

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◆どこかに旅行に来たような気分にもなる

 僕のなかで、天国酒場型銭湯の永遠のナンバーワンは、今はなき「綱島温泉 東京園」。東急東横線の綱島駅から歩いてすぐの場所にあった昔ながらの温浴施設。風呂は内湯のみだが、黒湯のラジウム温泉でいかにも効きそうなのが嬉しい。

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◆水風呂も黒湯なのが珍しかった

 ただ、綱島温泉最大の魅力といえば、その風呂場を中心として複雑に入り組んだ、2階建ての巨大な建物。あちこちに勝手に休憩していいスペースがある。予約すると丸1日いられる個室まであり、広い広い庭を猫が悠々と歩いている。手作りの焼き魚や惣菜、カレーにラーメンなど、料理コーナーもかなり充実していて、酒も安い。さらにはなんと、持ち込み自由!  それで、入場料は何時間いても900円。さらに、複数人で個室予約をした場合の入場料は1000円。勘違いしないでほしいのは、プラス1000円ではなくて、900円プラス100円の、1000円ポッキリ!  もはや慈善事業としか思えない……。

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◆これ以上に許された空間があるだろうか

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◆目移りする手作りの料理たち

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◆縁側でのんびりするのも気持ちよかった

 園内はいつでも、常連さんたちの幸せそうな笑顔であふれていたし、昼すぎくらいから閉園時間までずっと、老人たちがカラオケにダンスにと盛りあがり続け、もっとも忠実に天国の様子を映像化するとこうなるだろうなって感じだった。

 そんな施設だったので、友人たちと何度も行っては宴会をした。営業後期は、若者世代からの知名度も上がり、音楽イベントなどもよく開かれていた。しかし残念なことに、2015年5月、東京園は、直下を通る地下鉄工事の影響で閉園してしまった。

 あの天国のような場所がなくなってしまうなんて、そうなるまではまったく信じることができなかったし、今でもまだ、どこか信じきれていないところがある。久しぶりにあの場所を訪れたら、何事もなかったかのように東京園は営業中なんじゃないか?  そんな気持ちはもしかしたら、一生消えないのかもしれない。

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◆いつかまたここで飲める気がしてならない


※以前、僕のnoteに、東京園の最後の様子を写真や映像でたっぷりと掲載した記事をアップしました。よろしければこちらもどうぞ。https://note.com/paricco/n/nf125de0bf707