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第18回「割烹川波 石びき 手打ちそば処」雄大な秋川の流れを全身で感じながら食べる手打ちそば|パリッコ

☆NEWS!
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 酒飲み友達のライター、スズキナオさんと始めた「チェアリング」という遊びがある。読んで字のごとくというか、アウトドア用の椅子だけを持って屋外に出かけてゆき、公園や自然のなかなど、ここぞという場所に置いて、酒を飲んだり、ただリラックスして過ごすというアウトドアごっこ。話を聞くだけだと大抵の人は「そこらのベンチでいいじゃん」って思うだろうけど、実際にやってみるとこれが驚くほど楽しい。特に思いついた数年前はその魅力にとりつかれていたようで、新宿から電車を乗りつぎ1時間ちょっとの武蔵五日市という街まで、何かの取材でも誰に頼まれたのでもないのに出かけていって、チェアリングをした。それが2016年の夏のこと。

 東京都あきる野市にあり、JR五日市線の終点である武蔵五日市駅は、豊かな自然を誇る秋川渓谷への玄関口としても知られていて、駅を出て少し歩くとすぐに清らかな水をたたえる秋川の河原にたどりつく。地元のスーパーで食材や酒を買い、この河原で過ごしたチェアリングの時間はそれはそれは優雅なものだった。

 その時、河原にあることを発見しながらも、その日は時間が遅かったこともあり、入店が叶わなかったのが「割烹川波 石びき 手打ちそば処」。それから3年後の夏、ようやく僕はこの天国酒場を訪れることができた。

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◆「河原に店がある!?」僕にとってこういう瞬間の興奮は尋常ではない

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◆この外観! あまりにもパーフェクトな天国っぷりだ

 再訪までになぜそれほどの時を要したのかというと、この「石びき 手打ちそば処」は、母屋として建つ懐石料理の店「割烹川波」が営む、別館とでもいうべき店。本館は立派な和風建築の料亭だが、こちらは川に面したオープンな店舗なので、営業期間が3月中旬から10月末に限られている。つまり、シーズンを逃すと営業再開まで待たなければいけなくて、なんだかんだ機会を逃しているうちにどんどん時間が過ぎてしまったというわけだ。

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◆「開放感」を絵に描いたような店内 

 なので、秋川の雄大な流れに面して思いっきり開放されたこの空間に初めて足を踏み入れた時は、それはそれは感動した。

 真夏ではあるけれど、天井には数台の扇風機が回っていて、自然の風も吹き抜け、屋根の上をこんもりとした木々が覆っているからまったく不快ではない。この最高な空間で、よ~く冷えた瓶ビールで喉を潤す。なんという贅沢だろうか……。

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◆遠くに蟬の声を聞きながら

 母体は由緒正しき料亭だそうだが、こちらは気軽に立ち寄れるリーズナブルな価格構成。そば類のメニューはもちろん充実していて、他にヤマメやイワナの塩焼き、6月以降限定の川釣り鮎の塩焼きなど、たまらなく酒が進みそうな一品料理もあれこれ揃っている。例えばこの日僕が注文した「そば豆腐」なら300円だ。

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◆手打ちそば処らしい迫力あるそば豆腐がやってきた

 できたてなのか温かく、食感は沖縄のジーマミー豆腐なんかに似て柔らかい。口へ運んだ瞬間にふわっとそばの香りが広がり、あまりにも良いつまみだし、そばへの期待がいやがうえにも高まってしまう。

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◆もはや、一刻も早くそばを食べずにはいられない!

 やがて注文した「田舎そば」が到着。パッと見ですでに個性的なそばだし、天ぷらそばを頼んだわけでもないのに、何やら野草らしき天ぷらが添えられているのも嬉しすぎる。

 北海道産の「玄そば」を石臼で自家製粉したこだわりのそばとのことで、さっき高まった期待をじゅうぶん満足させてくれる香り高さ。それから、「割烹」のイメージからすると意外なほどの力強さがたまらない。野性味を感じるというか、のどごしを楽しむよりも、ガシガシと嚙みしめる快感を堪能するような。正直に言って、こんなにうまいそばを食べたのはいつぶりだか思いだせないほどだ。

 酒を日本酒に切り替え、そば湯までじっくりと堪能。最後に出してもらった水までもがやたらと美味しく、こんな最高のシチュエーションで、こんなに美味しい食事が楽しめるなんて、これほんとに現実? と、ほろ酔いのなか理解の追いつかない思考をめぐらせる時間もまた、なんだか浮世離れしていて楽しいのだった。


割烹川波 石びき 手打ちそば処
住所:東京都あきる野市留原785
電話:042-596-4456
※例年3月中旬から10月にかけての期間限定営業