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第2回 進化の先が想像できない水上の手作りリゾート|パリッコ

☆NEWS!
本連載が単行本になりました。連載時には掲載できなかった写真を多数追加収録、読むだけでほろ酔い、夢見心地の旅気分が味わえる、書籍ならではの充実の一冊です! 
2020年9月25日(金)発売。四六判並製、184ページ、オールカラー。定価:本体1600円+税。全国書店様にてお求めください!

 バイタリティにあふれまくる人というのがいる。日頃から、あれもやりたい、これもやりたいと思いつつ、隙さえあればすぐにサボってしまう自分から見ると、10倍、いや100倍は行動力があるのでは? と、畏怖の念さえ抱いてしまう人。例えば、「武蔵野園」の青木大輔さんがそうだ。
 武蔵野園とは、杉並区「和田堀公園」内で、70年以上も営業を続ける釣り堀。もとは母屋である建物にちょっとした食堂が併設されているだけだったのが、現店主である三代目の青木さんがお店を受け継いでから、徐々に様子が変わり始めた。
 僕が初めてここを訪れたのは2015年。友達に「おもしろい店がある」とだけ誘われ、永福町の駅から20分くらい歩いた先に、天国はあった。

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のんびりとした公園の中にあって、引き寄せられずにはいられない外観

 真っ赤な柵が全体を覆う外観は遠目にちょっと異様だが、設備自体は昔ながらの釣り堀。入り口の向こうを覗くと、キラキラとした水面と釣り人たちの姿が見える。とてものんびりとした良い光景。が、自分たちが目を輝かせてしまうのはもちろん、その横の食堂の看板。生ビール、缶ビール、日本酒、缶チューハイ、枝豆、下足揚げ、おでん……。めちゃくちゃ飲めそうな店だ! 喜び勇んで扉を開けて気づく。あれ、ここは、人気ドラマ「孤独のグルメ」のSeason1にも登場した食堂じゃないか! と。しかしながら、番組で紹介されていたのは店内のみ。そのまま通り抜けると、釣り堀の上に広がるテラス席へと続くのだ。ここがすごい。
 ちょっとしたホールくらいの広さがある水上テラス席。鉄パイプの枠組みに、ビニールシートがきっちり貼られ、それが屋根と壁になっている。ちょっと紗がかかったビニールシートの先に、きらめく水面が見える。天井のあちらこちらから、ファンシーなぬいぐるみがぶらさがっている。いったん気持ちを落ち着けようと、ホッピーセットを頼んでぐびり。ほろ酔いの頭であらためて眺めると、ここは天国酒場じゃなくて、もはや「天国」なんじゃないか、という気さえしてくるのだった。

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水上テラス席は、釣り堀を臨むパラダイス!

 何より驚きなのが、青木さんは建築業の経験があるわけではなく、席が足りずに入れないで帰ってしまうお客さんのために、すべて独学でこのスペースを作り上げてしまったということ。ここが大好きになって通うたびに設備がグレードアップしていくのも痛快で、ついに巨大なエアコン完備になってしまったのを見た時は、すごすぎて思わず吹き出してしまった。

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大定番のオムライスとホッピー

 僕がここに来たら必ず頼むのが、香ばしいチキンライスをなめらかな卵が包む「オムライス」。真っ赤なケチャップたっぷりのこいつを突き崩しながらホッピーをちびちびやるのがたまらない。余裕があれば「カツ煮」と「イカ下足揚げ」もいきたいんだけど、そこは青木さんのこと。そもそもメニューが豊富なうえに、いちばん最近行った時には、「少々お時間をいただきます」の文字にそそられる「熟成とんかつ」が新メニューに加わっていて、毎回迷わずにはいられない。
 いまや釣り堀の水面には、知り合いの映画関係者からもらったというジョーズの頭さえ浮かんでいる。意味なんてきっとない。「誰かが喜ぶかも?」と思った瞬間に、青木さんは行動しているのだ。青木さんのバイタリティと武蔵野園の進化がどこまでいってしまうのかを確かめるため、そして、極上のとろけるような時間を味わうため、定期的に通わずにはいられない天国酒場だ。

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初めて訪れた時のファンシーな店内

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釣り堀に突然のジョーズ。ストーリーが見えない

武蔵野園
住所 東京都杉並区大宮2-22-3
電話 03-3312-2723