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番外編①~山上の茶屋を求めてハシゴ酒~|パリッコ

☆NEWS!
本連載が単行本になりました。連載時には掲載できなかった写真を多数追加収録、読むだけでほろ酔い、夢見心地の旅気分が味わえる、書籍ならではの充実の一冊です! 
2020年9月25日(金)発売。四六判並製、184ページ、オールカラー。定価:本体1600円+税。全国書店様にてお求めください!

 日本全国の山の頂上や、中腹でも景色の良い場所などには、登山者たちが休憩したり食事をとったりするための「○○茶屋」なんて店が無数に存在する。
 どこも空気や景色が良いのは大前提で、さらにそれぞれの名物料理があって、酒類を置いていることも珍しくない。疲れ果ててたどりついた山茶屋で、地上でなら珍しくもないのかもしれない「肉うどん」かなんかをつまみに、よく冷えた缶ビールを飲む。空腹と究極の非日常感が最上の隠し味となり、きっとこれ以上に食べ物や酒がうまいと思えるシチュエーションはそうそうないんじゃないだろうか。
 となると、山こそが天国酒場のメッカであるともいえるのかもしれない。ただし、僕は根気のない酒飲みだ。そういうシチュエーションには、どうにかショートカットして楽にたどりつきたい。それに、僕が勝手に決めた天国酒場の定義のひとつに、「有名な観光地や景勝地ではない」というものがある。天国酒場とはあくまで、日常生活の範囲内、もしくはそう遠くない場所に、ポツンと突然存在してくれることが望ましいのだ。例えばこの連載で紹介した神戸の「おんたき茶屋」は、駅から徒歩10数分でたどりつくという手軽さから、天国酒場であると判断した。だから、すべての山茶屋が天国酒場であるかというと、そうではないということになる。

 ただ、山茶屋の素晴らしさについては疑いようがない。今回は、有名すぎる登山スポットなので、厳密に「天国酒場である」とは言えないけれど、都内からでも気軽に行けて、ルートもそこまでハードではなく、それでいて、山の上で茶屋をハシゴまでできてしまうという、「高尾山」エリアの魅力について書いてみたい。

 高尾山の入り口、高尾山口駅までは、新宿から京王線で1時間弱。そこからケーブルカーで中腹まで登ったら、いよいよその先は歩きとなるが、なだらかなルートを選べば、気軽なハイキング気分で、大人の足で40~50分もあれば山頂に着いてしまう。山頂付近には多数の茶屋が建ち並び、いきなりここでハシゴ酒をすることも可能。ただ、観光のハイシーズンともなるとものすごい人出となり、思わず「渋谷か!」と突っ込んだこともあるほどだけど。

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◆ここまでは都市の延長線上といってもいいかもしれない

 以前、飲み友達のスズキナオさんに「おすすめの茶屋がある」と教わり、山頂からさらに奥高尾と呼ばれる方面に向かって山歩きをしながら、ハシゴ酒をしたことがある。
 高尾山頂から歩き出すと、さっきまでの混雑が嘘のように静かな山道となる。10分も歩けばたどりつくのが、もみじ台「細田屋」。アクセスのしやすさと穴場感のバランスがもっともちょうどいい茶屋かもしれない。可愛らしい佇まいのこの店で、山の空気をたっぷりと味わいながら食べる「冷やしとろろそば」と缶チューハイの組み合わせは、いきなりの天国以外のなにものでもなかった。

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◆山道にいきなりこんな茶屋が現れる

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◆たっぷりのとろろに顔がほころぶ

 が、ナオさんの真の目的地はさらに奥にあるという。そこから、けっこうアップダウンの激しい山道を黙々と歩くこと約40分。これ、酒を飲んだあと、また歩いて引き返すんだよな……と不安になりはじめたところに現れるのが、城山山頂の「城山茶屋」だ。
 建物も立派で、店員さんも多く、活気溢れる店。広々としたテーブルとベンチがたくさんあり、のんびりと自由気ままに過ごせる。何より、目のあたりにした酒類のメニュー豊富さは、山歩きでヘトヘトになった僕を圧倒するものだった。まさに、天国。

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◆「営業中」ののぼりには人を安堵へと導く力がある

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◆圧巻の品揃え!

 ここの「なめこ汁」が、見た目は透明なのに、未体験のとろみと旨味で、それが全身に染みわたって疲れた体を癒してくれる。すかさずよく冷えたビールを飲む。ここまでの苦労が完全に報われた瞬間だ。

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◆僕の知るなめこ汁とは完全に別次元のものだった

 城山茶屋には信じられないことに、僕もよくコンビニなどで買ってお世話になっている、ミニサイズのプラカップ焼酎まである。さらに、グラスや氷まで借りることができる。となれば、そうだ、山頂でキンキンのウーロンハイを飲んでやろう!

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◆山頂でいつものウーロンハイが飲める非日常

 そうしてはるか遠く下界の景色を眺めながら飲んだウーロンハイは、僕の飲酒史に確実に刻まれる一杯となった。
 そういえば僕は常々、「料理の美味しさなんて、周囲の環境や自分の気分によっていくらでも変わる」と思っている。この日、城山茶屋で食べたごく普通の「カップヌードル」が、その年に自分が食べたもののなかでいちばん美味しかったという事実が、その思いをさらに強固なものにした。

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◆この年の「マイベスト美食」は間違いなくこれだった

 しばしこの天国を堪能したら、また同じ道を戻って帰る。さすがに余力を残すため控えめに飲んでいたから、なんとかなった。高尾山頂を過ぎてケーブルカーの高尾山駅までたどりついてしまえば、もはや怖いものは終電(というか「終ケーブルカー」か。時間はかなり早め)だけだ。
 実は高尾山駅付近にも飲める店はいくつかあって、夏季に営業する「高尾山ビアマウント」は特に有名だろう。が、まったく遜色のない展望を誇りつつ、ちょっと一杯と気軽に寄れる、「十一丁目茶屋」は、より今日の我々のモードに近い。ここを本日の山上ハシゴ酒、締めの店と決めよう。山々の稜線と、その先に東京方面の景色を臨む、空中に浮かぶようなカウンター。ここで飲むためだけに高尾山に来たっていいとすら思える。

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◆まるで合成写真

 こんなにいい思いをしてしまうと、いよいよ自分も本格的に山登りを始めてみたいな、なんて思ってしまうのは当然。だけどひとたび下界に降りれば、根気のない酒飲みである僕は、やっぱりどうにか途中の苦労をショートカットして天国感を味わえる酒場はないかな? と、再び怠惰な思考に支配されてしまうのだった。
 年に1回、いやせめて2回くらいは、山上の天国を求めてまた、山に登ってみようかな。

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◆「もう歩かなくていいんだ……」という安堵感が酔いのスピードを早める