マシューとウディの会話をルイジアナ州のバーでこっそり観察できるシーン 〜 ドラマ『TRUE DETECTIVE』ファースト・シーズン〜
今回は
殴り合いのガチ喧嘩で絶交した元刑事
ラスト・コール
と
マーティ・ハート
の2人が
10年の年月を経て
未解決事件にカタをつけるため
再びバディを組むに至るまでの
ワンシーンについて語ります。
米ルイジアナ州の
さびれたバーの片隅から
ちょっと怖そうなオジサン2人が
膝を付き合わせ
気まずそうにビール飲み
ボソボソボソボソ会話しているのを
さりげなく観察している
そんな気分になれる
静かで熱いシーンです。
該当シーン
いまさら未来に希望なんて持ってやしないが、なんとか地に足つけて生きてやるよ、ったく…な男たちが色っぽい
“安定した暮らし“恐怖症で、隙あらば若い女性と浮気をし、その挙句、妻と娘たちに捨てられたマーティ。
現在は細々と探偵業。
コミュ障気質で、何かと周囲と揉めまくり、かつての相棒(マーティ)からも匙を投げられたラスト。
漁船やバーで働いてたけど現在は無職で事件の容疑者。
そろそろ人生後半戦の元刑事たちは、どちらも大分くたびれているけれども、どうにか色々に折り合いをつけ、どうにかこうにか生きている。世の中の一員として。
過去や後悔、諦めた夢、そういった重たい色々を背負い、身動きが取りにくい状況の中にあっても、それでもそこに立っている。
やり残した未解決事件にもう一度正面から向かおうとしている。
そういう元刑事たちから放たれる“静かな熱”みたいなものが、彼らの持つ色っぽさの正体なのかもしれない。
男たちの駆け引きの行方、元刑事のプライド
2人で担当した未解決事件にカタをつけたい、だからマーティに協力してほしい─ ─ ─ラスト。
過去とかもうどうでもいいしどっちかというと忘れたい、絶対ラストに協力したくない─ ─ ─マーティ。
駆け引きは緊迫したまま、ひたすらに平行線。ここがおもしろい。
“おもしろい”の根底に、2人の感覚のズレ、認識のすれ違い、があった。
両者とも、「俺はお前に貸しがある」と思っている。
マーティの“貸し“は、ラストがマーティの妻と寝た事実。
誘惑したのはマーティの妻の方(複雑な理由あり)だけど、断ることもできた。でも寝た。貴様許さんぞとなった。
だからラストには協力しない。
一方ラストの“貸し”は、マーティがつい感情的になって犯人を殺してしまったこと。
生きたまま犯人を逮捕できてたら、未解決事件にはなってなかった。お前のミスだ。
だからマーティは協力すべき。
どちらの言い分も大正論。
けれども、結局折れたのはマーティだった。
決めたのはこのセリフ。
「95年にお前はドジっただろ。お前にも関係あるんだ」
これを言われた時のマーティの顔は、それはそれは絵に描いたような苦虫を噛みつぶした顔だった。ウディ!好きだ!
このラストとのやり取りの中でマーティは「過去は忘れた」という言動を何度かする。
でも、実は「感情に振り回され犯人を射殺してしまう」、刑事としての痛恨のミスを後悔したまま、忘れずに過ごしていた。
そういうマーティにグッとくる。
ラストに痛いところをつかれ、最終的にマーティはラストと共に未解決事件に挑むことを選ぶ。
それは、妻との関係が壊れたこと、その原因の一つでもあるラストの存在、なんとなく寂しい今の日常よりはるかに大きな、マーティがかつて人生を賭けていた刑事としてのプライドゆえなんだろうなと思う。
“世界”をつくる中の人たち
冒頭でもお伝えしたが、私はこのシーンを観ていると古めかしいバーにいるような気になる。
ルイジアナ州を旅してて、たまたま入ったバーで一息ついてたら、怖そうなおじさん2人が静かに、でも不穏な会話をし始めた、そういう。
それだけこのシーンの世界に没頭させられてしまう理由は、マシュー・マコノヒーとウディ・ハレルソンの演技の、目線の、仕草の、まとう空気の、呼吸の、間のとりかたの巧みさにあると思う。
2人とも大声で怒鳴り合っているわけではない。
相手へのコノヤロウという気持ちを胸に秘めつつ、むしろ感情を抑え気味に、静かに会話している。
でも、だからこそものすごい熱気が伝わってくる。
2人と同じ場にいるんだと騙してくれる。
米ルイジアナ州のさびれたバーの片隅で、ちょっと怖そうなオジサン2人が会話してるシーンは、人生後半戦の男たち特有の色っぽさと、静かで熱い駆け引きと、名優2人の演技によって構成されていました。
シーンの文字スケッチ
ラストが切り出した。
「片をつけよう。その件で2年、1人で動いてきた。お前に迷惑かけず」
マーティがあからさまに不審そうな顔をしてした。
「一体 何をやってるんだ?知人全員と仲違いし また俺の所へ戻ってきたのか?」
声を落とし、見当違いな問いかけを口にするマーティに、ラストは少し苛立った。どうでもいいことを話している暇はない。こうしている時間でさえ、本当のことを言えば捜査に回したい。あの犯罪の裏にある、今はまだマーティが知らない”忌まわしいもの“が野放しになっているのだから。
ラストは少し強引に話を本題に戻すことにした。
「お前がルドゥーを殺さなきゃ、話が聞けたんだ」
過去の彼のをあえて持ち出してやる。
が、マーティはニヤリと笑う。
「これを飲んだら、お前とお別れだ。最近はあまり飲まない。この3週間は一滴もな」
罪悪感を煽ろうというんならその手には乗らない、とでもいうように、元相棒はさらにどうでもいい話をブツブツと続ける。
ラストは、目を見開いた。突然外国語で妙なことを口走るイカれてしまった友人への怖れと心配が、その濃い青色の瞳の中には浮かんでいる。
「飲みたいんじゃない。手伝ってくれ」
ラストの声音が微かに変わる。ほんのわずかに潜むのは懇願。過去の仲違いもある、マーティの説得がすんなりいくなどとは最初から思っていない。大事なことは、とにかく彼を逃さないこと。
「手伝え? 連中には何も話さず、レイク・チャールズの現場では目撃されてる連中に倉庫も見せない」
「そうさ」
当然だ。95年の事件はラストが犯人だと疑っている連中、州警察コンビに、この2年をかけて集めた、未解決事件につながる重要な証拠を見せるわけにはいかない。
「なぜ正直に話さない?無実なら 話せば済むだろ」
ラストの瞳がギラリと光る。95年の事件を終わらせるために必要不可欠である人物、がようやく聞く耳を持ったのだ。あの事件について語り合うべき相手、州警察の連中ではない、元相棒のマーティにラストは身を乗り出した。
「連中は有罪も無罪も関係ない。いいか、事件の広がりは不明だ。敵の仲間はあちこちに潜んでいる。個人や一族でな。俺が集めたものを見れば、お前にも分かるはずだ」
ラストは肌が泡立つような気持ちの悪さを内心、必死に押さえ込む。
マーティは、どこまでもラストとは距離を置くように慎重に口を開いた。
「誤解してるようだから言ってやるよ。お前が溺れてたらバーベルを投げる。なんでお前を助ける義理が?」
マーティは席を立つ。
ラストは推し黙る。わかりやすく拒絶されたことに腹を立てたのでも、落ち込んだわけでもない。
マーティが羨ましいと、そう思う。あのおぞましいモノを目にしていない、なんの重圧も背負っていない元相棒が。
今この瞬間も、敵は呼吸をしている。そのあってはならない事実に気づいていない。マーティは何もわかっていない。
ラストは静かに息をついた。
「俺に借りがある」
一瞬、時間が止まった。
ラストが俯いていたか顔を上げると、振り返ったマーティが、完全にキレた形相でこちらに向かってくるところだった。
すぐに息が触れそうなほど近くで向かい合う。
マーティが口を開いた。
「お前、正気か?借りって何のことだ?」
マーティにとって、マーティに借りがあるのはラストの方だ。キレて当然だ。
でもラストにとってはもはや、そんなことはどうでもいい。
「95年にお前はドジっただろ。お前にも関係あるんだ」
罪悪感を煽るような、やや強引なやり方であることは認める。けれども、予想通りマーティは俯き、再び顔を上げると、諦めたようにほう、と大きく息をついた。
「何を見せる?」
2人の元刑事がいま、過去に片をつけるためのスタートラインにようやく立った。
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