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日本史17 マロマロパニック 〜奈良麻呂と仲麻呂とコネ麻呂と〜

冷たいのよ!

あ、フラミンゴの話ね。
フラミンゴって、水の中に片足で立ってるじゃないですか。
なんで片足で立ってるかっていうと、足が冷たいから、片足で交互に立ってるんですって。

でろよ!水から!!

聖武天皇のあとは、娘の孝謙天皇が天皇になるんですけど、聖武天皇がしばらく上皇として政務を助けました。
娘が心配なんですよ、親父は。
娘を思う気持ちは天皇も変わらんのですよ!!!

知らんけど!

「孝謙!パパがついてるぞ!」

ちなみに、この頃やっと奈良の大仏は完成します。
もう聖武天皇、現役じゃないんですけど。
やっぱ、とりあえず第一線で、完成を見守りたいから、上皇やってたんじゃね?

大仏の完成の4年後に聖武天皇が亡くなり、さらに翌年に橘諸兄が亡くなるんですけど、こういう、権力者がいなくなると、すぐ権力争いがおきます。
もう、すぐ権力争いするんだから。
朝廷は、また権力闘争の場となっちゃうんですよ。
「朝廷」なんて呼び方やめて、「国立権力闘技場」とかにするべきなわけですよ。

孝謙天皇の母の光明子は、藤原不比等の娘なので、つまり藤原氏の出身なんですけど。
光明子は天皇の母として影響力を増していくんですね。
お母さんの言うことを聞きなさい的なかんじですね。
その状況を利用して、光明子は甥の藤原仲麻呂をチームに入れるわけですよ。
藤原仲麻呂は完全にコネ入社ってわけです。
藤原コネ麻呂なわけです。

「どうも、コネ麻呂です。」


まず、藤原コネ麻呂は、自分のおじいちゃんである藤原不比等が作った養老律令を施行するんですね。
おじいちゃんは、養老律令を作っただけで終わってたから。

そんな中、橘諸兄の子どもの、橘奈良麻呂が、
藤原仲麻呂、いやコネ麻呂をぶっ倒そうとするんですね。

今回すげー麻呂です。
麻呂回です。

橘奈良麻呂、めっちゃ仲麻呂のこと嫌いだったんですよ。
コネで今の地位についたくせに、偉そうに法律施行したりなんかして。
コネ麻呂ってあだ名つけたのも、俺じゃなくて、奈良麻呂かもしんない。

橘奈良麻呂は仲間を集めて、藤原仲麻呂を倒そうと、計画を練ってたんですが、橘奈良麻呂って、オッチョコチョイだったんです。
オッチョコ奈良麻呂だったんです。
大事に立てた計画が事前に漏れちゃうんです。
それで、反乱の計画がバレちゃって、捕まって、厳しい取調べの末に殺されてしまいます。

「あれ?捕まった?」


これを橘奈良麻呂の変っていうんですけど、その後、敵がいなくなった藤原仲麻呂は独裁的な権力を獲得していくのでした。

今の時代、日本では反乱ってほとんどないけど、その結果、独裁者が生まれないようにってことで、民主主義になってるんですかねー。
ちゃんと機能してるかの判断はあなた次第です!!

(´_ゝ`)

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