加担者として「顧問弁護士」の責任を問う安愚楽牧場被害訴訟

 3日午前、霞が関の東京地方裁判所で裁判を傍聴しました。

 9年前に4千億円の負債を抱えて倒産した和牛預託商法の安愚楽(あぐら)牧場の加担者責任を追及する民事訴訟です。

■加担者としての責任問う裁判

 被告のひとりで、私も当時取材した安愚楽牧場の元顧問弁護士、土屋東一(とういち)弁護士(東京第二弁護士会所属)に対する尋問が行われたのです。

 裁判所1階玄関で手荷物検査を受け、傍聴したい事件を扱う法廷を確認し、8階806号法廷に向かいました。

 裁判長が開会を宣言するのを傍聴人も起立して聞きます。

 裁判長の名前はわかりません。しかし、被告人の名前はすぐにわかりました。

 「真実を述べ、偽りを述べないことを誓います」

 尋問される被告人は宣誓するからです。

 人生初の裁判傍聴です。見るものすべてが新鮮でした。

 法廷は慣れっこのはずの弁護士でもさすがに証言台で発言するのは緊張するのでしょう。おどおどしている印象を受けました。

 裁判長は「録音しているので、前に向かってはっきりしゃべってくださいね」と被告人に要望しました。被告人は「風邪をひいて、耳が遠くなっているので大きな声でお願いします」とこれまた要望しました。

 最初は被告代理人弁護士、続けて原告側弁護士の順に尋問します。

 互いに数百枚、数千ページもの証拠書類の束を机の上に置いて、ときには証言席に立つ被告人に書類を見せながら質問を重ねていきます。証拠に基づく質疑応答、これが決定的に重要であることがよくわかります。

■顧問弁護士は元・特捜検事

 土屋氏は元検事で、東京地検特捜部にも5年ほど在籍したことがあるそうです。安愚楽牧場の顧問弁護士をしていた期間は、平成17年(2005年)から平成23年(2011年)6月頃まで、業務は主に債権の保全、回収。口蹄疫報道をめぐる旬刊宮崎相手の名誉棄損訴訟、テレビコマーシャル放送準備なども手伝った……。

 土屋氏は淡々と説明を続けます。

 安愚楽牧場の顧問弁護士になったのは、同牧場の本社があった栃木県の税理士・板倉安秀から依頼されたためということです。

 ふだんは紹介者なしに人とは会わないそうですが、板倉氏が税理士だったことと、税務に関する裁判について土屋氏が書いた記事を板倉氏が読んでいたことで相談に乗ったのがきっかけです。

 「脱税事件の弁護を引き受け、その後に安愚楽牧場も引き受けた」

 顧問料は月10万円ということです。内容証明の郵便を送ったりすることが多かったようですが、仕事があれば別途、報酬を受け取る仕組みです。岩手県での牧場の仮差押えと和解交渉、大阪では20億円の債権、沖縄の石垣では4億7千万円の未収金の処理などを扱っていますから、成果をあげていれば、報酬もかなりの額になったはずです。

 経営破綻した安愚楽牧場の内情を知っていたのではないか?

 話題が本質に近づくにつれ、土屋弁護士は用心深くなり、自身の関与について否定したり、あいまいにしたりする発言が目立ちました。

 ファンドのような商品を売り出そうとした安愚楽牧場の役員に連れられて、農林水産省に同行したこともありますが、原告側弁護士に「商品の安全性は意識しなかったのですか」と問われて「そこ(訪問時の農水省との相談)からファンドが進むのかと思っていたら、私の関係では立ち消えになった」と答えました。

■倒産の危機、取材を受けて知る?

 土屋弁護士の口から、安愚楽牧場の経営の内情は知らず、倒産も新聞記者から問い合わせを受けるまで知らなかった、とする発言も飛び出しました。

 それは誰かという原告側弁護士の質問に対し、土屋氏は「朝日、読売、毎日プラス日経のうちのどこかで、地方部と名乗っていた」と答えました。それは、当時日本経済新聞で地方活性化や農業・漁業などを担当する編集委員だった私のことを指すようです。

 確かに、土屋氏が倒産については何も知らなそうだなと意外に思った記憶があります。その時期について土屋氏は2011年の7月15日~20日頃であると証言していましたが、私の記憶では同年8月1日です。

 日経の基準では倒産記事の掲載は、当該企業の取締役か代理人弁護士または主取引銀行から確認が取れなければ認められません。

 その日、和牛売買の動向に詳しい業界の関係者から安愚楽牧場が倒産したらしいという情報提供があり、私はその情報の真偽を確認するため土屋氏を含めて安愚楽牧場関係者に連絡をしました。

 本社に電話をしても三ヶ尻社長ら幹部は連絡が取れません。土屋氏にも電話をしましたが、倒産準備のことを知りませんでした。その時点では、安愚楽牧場が法的な措置をとるときは土屋氏に当然相談するだろうと思っていました。企業倒産に関する日経の掲載基準はクリアできませんでした。

 しかし、取材で営業を休止していることは確認できました。三ヶ尻久美子社長名で預託先の農場に出した飼育の委託料の支払い猶予を求める手紙のコピーも手に入りました。日付は2011年7月20日です。気がつくのが遅かったくらいです。

画像1

 支払い遅延など安愚楽牧場が経営危機に陥っているのは明らかでしたから、せめて「営業休止」と「支払い猶予」の事実だけでも読者に知らせる必要があると担当デスクを通じて、記事を掲載するようその日の夕刊紙面を担当する編集幹部にかけあいましたが、それも拒否されました。

 倒産の引き金をひくような記事は載せられないという理由でした。私は日経の編集判断は間違っていると思いましたが、そこで引き下がってしまいました。

 翌朝の新聞朝刊には朝日新聞はじめ主要紙には安愚楽牧場の資金繰り危機が報道されました。2011年8月1日は、記者としての私にとって痛恨の日、編集者たちをもっと強く説得すべきだったと大いに反省した日だったのです。

 その後の民事再生手続きは別の弁護士が安愚楽牧場の代理人になっていましたから、土屋氏が顧問弁護士であったのに倒産準備のカヤの外に置かれていた可能性はあるでしょう。しかし、経営状態が悪くなっていることを本当に知らなかったのでしょうか?

■重要な経営情報を知る立場

 一般の投資家からお金を集める和牛預託ビジネスの仕組みについて、土屋弁護士は「それは三ヶ尻社長からいくらか聞いているから知っている」と答えていましたが、安愚楽にお金を預けた一般の投資家よりはるかに詳しく、牧場の内情に通じていたはずです。

 私は2010年には宮崎県で発生した口蹄疫と安愚楽牧場の関係について取材した際、牧場側の窓口として土屋弁護士から安愚楽牧場の回答を聞きました。当時のメモによると、安愚楽牧場が飼養する和牛15万頭のうち宮崎県内では口蹄疫対応として1万5千頭を殺処分し、今後は宮崎地区では繁殖事業をやめて肥育事業に特化することも考えている等々の回答を受けました。

 肥育事業強化という情報は、かなり重要な経営情報です。それを土屋弁護士は知っていたのです。

 安愚楽牧場の和牛オーナー商法は、繁殖牛(母牛)を投資家に満期になると買い戻す条件を付けて販売するもので、繁殖牛が生む子牛を安愚楽牧場が買い取って投資家に配当を払う仕組みです。

 しかし、消費不況のあおりを受けて子牛市況は低迷していたのに、投資家にあらかじめ約束した高配当を実施していたため、資金不足が恒常化していました。倒産後に安愚楽牧場専務執行役員を退任した住友淳郎氏に大阪市で会った際、彼は「オーナー資金の流出を恐れて、業績不振でも無配や減配にはできなかった。資金繰りにゆとりがなく、縮小均衡という方法はとれなかった」と振り返りました。

 契約を集め続けなければ破綻する自転車操業だったことを経営幹部たちはみな知っていたはずなのです。そして、不足する資金を稼ぎ出そうとして安愚楽牧場が考えていたのが、肥育事業つまり食肉になる牛の飼養と出荷、それに食品加工事業の強化でした。

土屋弁護士も筆者への回答を安愚楽牧場から託された際に、経営陣からその辺の事情も聞いていたことでしょう。それとも、詳しいことは知らされないまま、新聞記者への回答を伝言係として託されたとでもいうのでしょうか?

 自転車操業はもろいものです。契約で入ってくる資金もいずれは返さねばならない負債(債務)なのです。東日本大震災を契機にオーナー契約の解約が増えると、解約は元本返還に相当するわけですから牧場の資金繰りは行き詰まり、経営破綻へと転がり落ちていったのです。

■農水省検査、「指摘事項」知らなかった?

 「安愚楽の商法に問題があるなら警察は摘発するだろうし、まして(他の牧場が摘発される中、見本となるよい事業として)調書をとることはあり得ない」

 土屋氏はそう感じて安愚楽牧場の顧問弁護士を引き受けたそうです。悪徳ビジネスとの違いを示すよいモデルとして警察に調書を取られたこともあると聞いて信用したという趣旨のことを語っていました。

それでは、農林水産省が安愚楽牧場に対して実施した立ち入り検査についてはどうでしょう。3日の尋問で原告側弁護士に聞かれましたが、土屋弁護士は農水省の検査自体を知らなかったと述べました。私は信じられない思いでその証言を聞きました。

 安愚楽牧場の三ヶ尻久美子社長は2009年2月、農水省から検査結果として同社の決算書類が「一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に従って作成しているとは言いがたい」と指摘されたことを確認する文書を同省に提出しています。

 当時はまだ消費者庁が発足する前で、和牛オーナー商法(預託取引)は農水省が所管していたのです。同省は2009年3月に安愚楽牧場へ事務連絡を行い、その中で決算書類の提出とともに、期末の牛の飼養状況(牧場別、雌雄別)やオーナー契約状況(契約件数、契約残高、オーナー牛の頭数)のほか「中期計画の策定」「公認会計士の関与」など指摘事業の進捗状況を報告するよう求めていました。

 農水省から業務を引き継いだ消費者庁が適切なフォローアップを怠っていたため、安愚楽牧場の厳しい資金繰りの状況は経営破綻が明るみに出るまで開示されることはありませんでした。

投資して被害を受けた人たちが国家賠償請求訴訟を起こしている理由にも挙げている重要な検査、指導なのですが、これらの文書の提出に2005年に就任している顧問弁護士が一切かかわっていなかったというのは不自然なことだと私は思います。

経営破綻の前、安愚楽牧場がテレビコマーシャルを放映しようとした際、安愚楽牧場を含めて和牛オーナー商法への注意を呼び掛ける紀藤正樹弁護士の記事が妨げになって広告審査を通せなくなりそうだったため、今回の安愚楽関係裁判の代表を務めている紀藤弁護士に電話か書面で記事の内容への疑義を伝えたこともあるようです。

 そのことを考えると、土屋氏が農水省検査結果を知らず、事後的な改善状況の報告にも関わっていなかったとは考えにくいことです。

  三ヶ尻社長が個人として破産を申し立てた際には、土屋氏が代理人弁護士を引き受けてもいますが、私の聞き間違いでなければ、その仕事を土屋氏は無償で引き受けたそうです。それほど恩義あるクライアントだったのでしょう。

■騙されやすくなった日本人

 安愚楽牧場が民事再生法の適用を申請して倒産した後、両国の国技館で開かれた債権者集会の様子も傍聴しました。

 債権者の発言に耳を傾けていて、戦後復興、高度成長を成し遂げ、バブルも謳歌した後、豊かになった日本人はここまで無防備、ひとまかせになってしまうものかと衝撃を受けた記憶もありますが、いわばうぶな老人や主婦たちをだまして自転車操業のための資金をかき集める安愚楽商法をのさばらせたのは監督官庁である農水省、消費者庁、それに警察やマスメディアの責任でもあると思いました。

 民事再生が困難とわかって、途中で破産処理に切り替えられた時も破産管財人と幾度かやり取りする機会がありました。

 その時のもようも含めて、安愚楽牧場の問題点や日本の和牛ビジネスの来し方行く末などについて、不定期ですが、これからも機会をみて紹介していこうと思います。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?