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【海のナンジャラホイ-21】海中林、上から見るか? 横から見るか?

海中林、上から見るか? 横から見るか?

植物の研究を行うとき、対象とする植物の生息環境や成長の状況を調べるために、その植物の密生している場所で、研究者たちは、植物を上から見下ろしたり、横から見たり、下から見上げたりして、温度や光など様々な物理・化学的な環境を計測します。
もう、20年以上も前のことですが、陸上の森林の研究を行っている知り合いの研究者の調査フィールドを訪ねたことがあります。確か岐阜県あたりの山中でした。樹木の上部の葉の茂っているところを「樹冠」と呼び、たくさんの木が茂った森林の樹冠の連なったところを「林冠」と呼ぶのですが、この林冠の研究調査を行なっている場所でした。森林の三次元構造を考えた時、林冠は上部から注がれた太陽光を最初に受け止める場所であり、鳥や昆虫や着生植物などの生活の場にもなる生物多様性の高い場所です。この林冠部を上から観測することは、植物の研究にとってとても重要なのですが、研究対象が高木であれば、それはとてつもなく大変な仕事になります。
まだ、ドローンが登場する前のことです。私が訪れた森林の調査フィールドには、高さが20 m を超える鉄塔がいくつも立っていて、それらの鉄塔をつなぐ空中回廊「林冠ウォークウェイ」が作られていました。この空中回廊を利用して、林冠のすぐ近くから生物調査や環境の計測を行っていたわけです。空中回廊から見渡す樹林の林冠は、モコモコと広がる緑の絨毯のようで、高所なのに木々に守られているようでほとんど恐怖感がなく、ひたすら爽快だったのを覚えています。
これらの陸上の樹木の寿命は、数十年、時には数百年に達するため、森林の移り変わりなどの研究をすっかり行うには、一人の研究者の寿命では足らず、研究者たちが世代をつなぎながらデータを受け渡してゆかなければならないこともあるわけで、陸上の森林の研究は、時間的にも空間的にも壮大だけれど、とても大変なことだと思ったものです。

さて、今回のお話は、海中林についてです。沿岸の岩礁域には、コンブの仲間の作るケルプ海中林やホンダワラ類の作る「ガラモ場」と呼ばれる海中林があります。日本の沿岸のケルプ海中林は、せいぜい海底から高さ3 m くらいまでにしかなりません。硬い茎で体を支える構造であるため、大きくなると海中の波浪の抵抗に耐えきれないわけで、これくらいの大きさが限界なのでしょう。一方、ホンダワラ類についてはこのブログシリーズの第6回でもお話ししましたが、枝葉に備わった多数の気胞によって柔軟な体を海中で支えるため、海底から水面まで達して、大きさが 10 m に及ぶこともあります。ケルプ海中林とガラモ場は生物多様性も高く、沿岸の生態系にとって重要な場所なので、いろいろな研究調査が行われてきました。陸上の森林と同様に、海中林でも上から見下ろしたり、横から見たり、下から見上げたりして、研究を行ってきたのです。
陸上の森林生態系の研究に比べると、海中林の研究には実は大きなメリットがあります。海中林がいくら大きくても、私たちは高い鉄塔も林冠ウォークウェイも必要としません。海中林では、泳ぐことによって、容易に海中林の林冠の観測を上から行うことができるのです。びっしりと海底を覆った海中林の上を泳いでゆくのは、陸上で森林群落の林冠の上を飛行してゆくのと似ています。海中林の研究では、私たちは容易に「飛ぶ」ことができるのです。陸上の森林群落の林冠を上から見ると、緑の絨毯のようだと前に述べましたが、海の中で、海中林の上を私たちが「飛び」ながら、海中林の群落を上から眺めると、海底はたくさんの茶褐色の布のゆらめきに覆われているように見えます。そんな風景を見て、陸上との違いを想うとき、地球上には全く異なる2つの世界が存在しているのだなと、改めて感じるのです。

海中林の研究には他の利点もあります。第18回でも述べましたが、ジャイアントケルプの最大寿命は7年と言われています。また、私たちが調べてきたコンブの仲間の海藻であるアラメやカジメでも、最大寿命は10年そこそこです。そうなのです。海中林を形成する海藻は、大型のものでも寿命がとても短いのです。だから、海藻群落の変化が、海の底で何度も繰り返されるのを、海の植物研究者たちは、生涯の中で何度も観察記録することができるのです。

沿岸の岩場の海底を覆うケルプ海中林は、上からずっと眺めていると、少々単調な茶褐色のパターンの繰り返しに見えてきます。しかし、天気の良い明るい日にスキューバダイビングで海に潜り、ケルプ海中林の中に頭から突っ込んで入り込み、海中林の中から外を眺めてみると、上からは見えない林内の美しさに気付かされます。アラメやカジメなど、海中林を形成するコンブの仲間の海藻たちは、海中林の中から横方向に見渡すと、上から射す太陽光を透かして、少し緑色がかって見えます。そして、茎の上の樹冠部に茂る葉が波に揺られると、木漏れ日がゆらゆらと差し込んで、あたりを光のパッチワークの世界のように見せるのです。それは、ちょっと見惚れてしまうくらいに美しいものです(図1)。

図1:カジメ林の中の木漏れ日


一方、ホンダワラ類が春の繁茂期に作るガラモ場は、まさにジャングルです。とくに、林冠部にあたる海表面近くでは、水深よりも大きくなった藻体は、海面を覆うように広がります。ガラモ場の海面近くを泳ごうとすれば、海藻の枝葉が体に絡みついて、たちまち身動きが取れなくなります。でも、ガラモ場の海底付近は、枝葉が少なくて、結構スカスカです。海面を泳ぎながら、ガラモ場の林冠の茂みが途切れる場所を狙って、スキューバダイビングで潜って、ガラモ場の最下層に入り込んでみます。
そこには、結構広い空間があるはずです。ガラモ場のいちばん下方から上方を見上げてみるのです。透明度の良い静かな海であれば、水面まで届いて佇立(ちょりつ)する大きな海藻が居並ぶ林の中は、淡い光に包まれた、静謐(せいひつ)の感じられる神秘的な世界なのです(図2)。

図2:ガラモ場林内の静謐


もし、スキューバダイビングで海中林に臨む機会があったら、上からだけでなく、ぜひ横から見たり、下から見たりしてみて下さい。ただし、海藻に絡まれないように気をつけて! 水中ナイフの携行を忘れないで下さいね。


○o。○o。 このブログを書いている人
青木優和(あおきまさかず)
東北大学農学部海洋生物科学コース所属。海に潜って調査を行う研究者。


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