めだかや
木月紫乃 28歳。
B型 身長163センチ 体重50キロ
バスト87 Eカップ
ウエスト58 ヒップ89 手足は長い方だと思う。
学生の頃から、椎名林檎に似ている…壇蜜に似ている…と言われたことがあるが、2人とも全く違うじゃない?と思う。似ている自覚はない。
似てないよ…と反論すると、雰囲気が似ている…とのこと…よく言えばミステリアス?悪く言えば何を考えているのかわからない…と言った感じか?
まぁ確かにあたしは、自らの主張だったり自分の思いを前のめりになって発信するようなタイプではなく、どちらかと言うと受け身で、聞かれたことに対しては、自分なりの価値観だったり思いを答えることはできるが、それを自ら積極的に発信するタイプではない…ん?椎名林檎さんは、アーティストだから自らを積極的に表現する人ではないのか?と思うが…それでも雰囲気が似てるらしい。
男子から胸がデカいところ…などセクハラ的なことを言われることもしばしばだ。
こういった際に、私が無表情で冷ややかな目で目つめると…ホラ!その感じ!その冷たそうな目、椎名林檎にそっくり!などと言われた。
まぁ顔立ちは、整っているらしく、周囲からは美人でいいなぁ…と言われていたが、あまり自覚したことはなかった。
オトンの記憶は、ほぼない。
あたしが3歳、弟の幸太が1歳の頃、事故で亡くなった。交通事故だったらしい。
飲酒運転で電柱に衝突して亡くなったため、保険金が入ってこなかったらしく、オカンが、あのバカは無駄死にしたんだよ!一銭にもなりゃしなかった!と酔っ払うとよくぼやいていた。
オカンは、昼間、工場で働き、夜はばぁばがやっていたスナックで働いていた。
あたしが小学生6年生、幸太が4年生の時、オカンが帰って来なくなった。
工場で働いていた男と付き合い出して、その男の家に入り浸っていたのだ。
あたしと弟は、それ以降は、ばぁばに育ててもらったようなもんだ。
あたしと弟は、勉強しないとあんた達のオトンとオカンのような馬鹿な大人になるんだから勉強はしっかりしなさいよ!と口癖のように言っていた。
あたしは、ばぁばの言っている意味が何となく理解できたので、それなりに勉強はできた方だ。
が、幸太は無理だった。
小学校の6年生の時に、タバコで補導され、中学の時には万引きとケンカで何度か警察のお世話にもなっている。
そんな弟の引き取りは、全てあたしがやった。
オカンに連絡しても全く繋がらなかったし、ばぁばも忙しいって言って相手にしなかった。
警察の人も呆れていた。
とにかく世話のかかる弟だった。
中学を卒業した後は、高校には行かずに友達と一緒にその友達の家がやっている土木建設の会社で作業員として働いていた。
あたしは、公立高校に進学したが、大学には行かずにばぁばの店のお客さんの口利きで、地元の保険会社の営業職として就職した。
いわゆる生保レディって奴だ。
先輩達から勧められるがままスナックで働くお姉さんとあまり変わらないようなミニスカートのスーツを着て、高いヒールを履いて、パンツが見えるか見えないか、みたいな格好で企業周りをして、保険の契約を取る…みたいな仕事をしていた。
あたしは、どうも昔から男が苦手だった。
小学生、中学生の頃は、複数の男子から俺の彼女になれよ…みたいな感じで告白?されて、まぁいっかと適当に付き合ってみたが、別に何ともなかった。
中学3年の時に半年ほど付き合った彼氏から、いきなりキスをされたが、思わずキモってなって…無理無理って思って別れた。
高校1年の時に3年の先輩から付き合ってくれと言われ、オラオラした感じじゃなかったので、まぁいいかなぁと思って付き合ってみたが、その彼氏の家に行って、いきなり抱きつかれ、やらせてくれよ❗️と言われ…いやいや…なぜ前置きもなくいきなりそうなる⁉️ってなって…無理って言ったら、俺の彼女になったんならやらせるのが普通だろ⁉️みたいなことを言ってきて…じゃあちょっとトイレに行かせてって言って、そのまま家を出て帰った。
すぐにその男から携帯に電話がかかって来て、お前、どこにいるとや⁉️💢みたいな感じだったけど、あんたとやりたいって思えないから別れるわって言って、別れた。
しばらくの間、焦りすぎた…ごめん💦って謝罪が続いたが、冷めたから無理って言って、寄りを戻すのとはなかった。
なぜ男が苦手になってしまったのか?
高校の制服は、ブレザーでスカートの丈を短くしていたが、下には常に黒のショートパンツを履いていた。
男子からは、それ可愛くないから履くなよ…的なことを言われていたが、馬鹿野郎と言って無視した。
サッカー部のキャプテンだったり、野球部のエースだったり、バスケ部のイケメン君だったり、交際を申し込まれたが、所詮女とやりたいだけの猿野郎にしか見えなかった。
この当時、エッチがどんなものかは、生で見て知っていた。
あたしと弟が寝ている横でオカンが誰か知らない男…恐らく彼氏だったんだろうと思うが…2人で抱き合って、重なり合って、喘ぎ声を我慢しつつやってたのをあたしは薄目を開けて見ていたから…。
だから、気持ち良さげなオカンを見てて興味がないわけではなかったが、その相手の男の印象が悪くて無理だった。
男とのエッチとは別にオカンがひとりでしているのも見たことがあって、これは弟が寝た後にこっそりトイレに行って自分でもやってみたくなって、気持ち良くてひとりですることを覚えた。
高校1年生の頃だったと思う。
こういった女としての階段を徐々に昇りつつ、高卒後、生保レディになって…あたしは、18歳にして…先輩達からすれば18に見えない…大人っぽい…色気がある…スタイルからいい。と言われ、あんたは男受けがいいはずだから、男のスケベ心を利用して、契約したら何かいいことがあるかもと思わせて契約を取りなさい!とアドバイスされた…それっていわゆる枕営業?っていうの奴ですか?と聞くと、違う違う💧やらせちゃダメ!やれるかも?と思わせるだけでやらせちゃダメよ。
夜の仕事と一緒…キャバ嬢みたいに…勝手に期待だけ持たせて、何もないって言う感じ?(笑)だから、まぁ手を握られたり、足をちょっと触られるぐらいは我慢しなきゃいけないけどね…などとアドバイスをされて、それこそ水商売のお姉さんが着るようミニスカートのスーツを着て、営業をして回った。
そんなスケベ心丸出しの男共に下着なんか見られたくなかったあたしは、高校の時と同じように、黒のショートパンツを履いて、ミニスカートを着て仕事に回った。
世の中の男共は、本当にバカばっかりで、あたしの胸や足や尻、ミニスカートの奥に視線を送りながら、あたしから手を握られて、お願いします!契約してください!とお願いすると、うん!いいよ!と言って契約してくれた。
まぁ中には、一回やらせてくれたら契約してもいいよ…とか、脱いで見せてくれたら契約するよ…などと、あからさまに言ってくるバカ男もいて、ゲンナリすることもしばしばだ。
あたしの初めてのエッチの相手は、生保レディをしている中で出会った40才の独身バツイチ男だった。あたしが19歳の時だった。
その人は、保険商品の営業ではなく、すでに別の営業が契約を結んでいた人だったのだが、担当営業が退職し、私が引き継いだ案件だった。
その人は、胃がんを患い、ステージ4と診断され、医療保険の請求手続きをお世話したのだ。
見た目的には、そんなに体調が悪い感じではなかったが、余命半年あるかないか…とのこと。
離婚原因は、その人の精神的弱さ…仕事で上手くいかず落ち込み、鬱を発症。
元妻は嫌気がさして息子2人を連れて出て行ったそう。
結局、当時勤めていた会社を退職…その後、職を転々とするも長続きせず…警備員として工事現場で交通整理員をしていたところ、胃に激痛が走り倒れ込み、救急搬送された結果、胃癌だと判明。
肺や肝臓にも転移していて手の施しようがない状態だった。
そんな時に保険請求の手続きのフォローをしていた際に、あんたのような若く綺麗な女性に手助けしてもらって、いい冥土の土産ができたよ。
最後にあんたのような人と知り合えて良かった…などと言われ、可哀想になり、あたしに何かできることがあれば…と思った結果、そういうことになってしまった。
その人は、結果上手く体を使って動くことができず、あたしも自ら動いて相手を気持ちよくさせるなんてことができるはずもなく、当然イカせてあげることはできなかったが、あんたのような若くて美人でイイ女を抱けただけで満足だと…。
あたしはネットの動画でフェラチオというのを知ってその人にしてあげて、口でイカせてあげると泣いて喜んでくれた。
その人は、その1週間後に病院に緊急搬送され、さらにその1週間後、あの世へ去った。
あたしは全く知らなかったのだが、その人はあたしに内緒で、勝手に死亡保険金の受取人をあたしに変更しており、その人が亡くなった後に、2千万円の死亡保険金を受け取った。
周囲からは色々言われたが、あたしは何も言わなかった。
ただ最後に色々話を聞いたり、フォローしたりしただけだと…。
ちなみにこの2千万円は、ばぁばと弟に500万ずつ渡して、残りの一千万円は貯金している。
保険レディは、22歳までやったけど、どうしてもやりたいだけの男達を相手に、半分騙すような感じで期待だけ持たせて、何もさせないみたいなズルい感じで契約だけもらうってのが、申し訳ない感じがして、辞めた。
周りや上司からはかなり引き止められたが、もう嫌になったんで無理って言ってやめた。
辞めた理由にはもう一つあって、当時の支店長から狙われてて、ことあるごとにしつこくデートの誘いを受け、面倒臭くなったのもあった。
辞めた後もしつこく誘ってきていたが、完全無視した。
生保レディを辞めて、しばらくの間、無職で夜だけばぁばのスナックを手伝った。
あまり気乗りはしなかったが、ばぁばからの頼みだったので断れなかった。
スナックの客は、やっぱりあたしのような若く…自分で言うのもなんだが…まぁ周りの人達が言うのでそうなのだろうが、乳が大きくてスタイルがよく、エロい身体を持ち、かつ美人だと言ってくれるが、結局はその見た目だけで、あたしとやりたい!やりたい!みたいな客ばかりだった。
でも、ばぁばの孫だと知って…大半の客が諦めてくれた(苦笑)
が、それでもいいから俺の女になれよと言ってくるお客さんも何人かいて、めんど臭くて仕方なかった。
昼間、買い物に出掛けていて、ばったり会ったりすると、すぐに声をかけて来て、飯食べに連れて行ってやるだの、バックを買ってやるだの…そんなことしてもらっても、付き合ったりしないから…って言って断り続けた。
で、結局、ばぁばにあたしはオカンと違って水商売は無理だよって言って解放してもらって、職業訓練校に一年通って、医療事務の資格を取って、外科の病院の事務に就職した。
が、今度はその病院の医師から僕の愛人になれと…月30万で愛人になれと言われて、嫌なので辞めますって言ってそこも半年で辞めた。
で、今は別の病院に移って医療事務の仕事をしている。先生は63歳の内科医師で、57歳の奧さんも事務で働いているため、愛人になれ…みたいなこともないし、セクハラまがいのこともない。
患者も高齢者が多く、口説かれたり彼女になれと言われることもない。
そして、この病院は、地元よりも少し離れているため、ばぁばの家を出てアパートを借りて一人暮らしも始めた。26歳の時だった。
そして、2年目…28歳になった。
患者さんからうちの息子とお見合いしてくれて…うちの孫の嫁に来い…あんたにいい男を紹介してやる…と最近はよく言われるが、今は結婚する気がないからすみません…と言って断っている。
ばぁばは、70歳を超えてまだスナックを営んでいる。今だに孫を俺に任せろよ…などと言う客がいるらしい。
幸太は、21で出来ちゃった婚をしたが、3年ほどで離婚。離婚原因は、弟が働いて稼いだ金を家に入れずにギャンブルと酒に使い、嫁と子供をほったらかしにしたことだ。
あたしがめちゃめちゃ怒りあげたが、うるせぇ!と逆ギレして出て行き、聞いた話しによると、東京に出て、ホストをしているらしい。
我が弟ながら、情けない…と思う。
あたしは、毎日、病院で働きながら、同じ病院で看護師として働く弓元涼子さんって言う34歳独身の先輩と仲良くさせてもらっていて、この涼子さんから誘われて、ゴルフを始めた。
病院はクリニックなので、朝8時過ぎに出勤して午後5時まで診療…後片付けして5時半には退勤するので、仕事帰りに打ちっぱなしに行ったり、涼子さんから誘われて、涼子さんもその友達と一緒に土日などの休みの日にコースを回ったり、基本的にはひとりで過ごす時間が好きなので、ジムに通って身体を鍛えたりと、自由気ままに過ごしている。
ただ…男と恋愛的な絡みが一切ないので、面倒臭いことはないが、その一方で、あたしってこのままでいいのだろうか?と言う漠然とした不安を抱えていることもまた事実だ。
涼子さんは、独身だが、結婚願望が強く、結婚相談所に登録していて、月に何度も複数の男性とお見合い的に会ってはいるが、いい物件がないと嘆いている(苦笑)
あたしに、紫乃ちゃんが結婚相談所に登録したら、アッという間に何百人って男から会ってくださいって連絡が来るわよ!と言うが、あたしはまだ結婚なんて考えていないので遠慮しますと断っているが、30を超えたらアッという間に相手にしてもらえなくなるわよ❗️
今のその若さを武器に自分を売り込まなきゃダメよ❗️と力説する。
涼子さんの言っていることは、わかるが…どうも気乗りしなかった。
こんな日々を過ごしている中で、今、あたしには、気になっている男がいる。
話したこともなければ、どこで何をしている男かも知らない。
最初にその男を見かけたのは、自分が住んでいるアパートの近くにある公園だった。
近くのドラッグストアに買い物に行った帰りにその公園を抜けると近道になるため、歩いて通り抜けている時、石造りのベンチに、70代後半か80代ぐらいのおばぁちゃんが座って、男の人とニコニコ笑って何か話しているのだが、気になったのがこの男。
歳は、わからないが、30代後半か40代前半か…サングラスをかけているのでよくわからない…坊主頭で顎髭を生やしていた。
着ている服装は、紫乃が地元でたまに見かけるヤクザのおっさんがよく来ていた黒のダボシャツの上下。
どこからどう見ても堅気の人間には見えない感じだった。
そんな男が、気の良さそうな老婦人と公園のベンチで何やら談笑しているのだ。談笑といっても笑っているのはおばぁちゃんの方だけで、男の表情はよくわからなかった。
その次にこの男を見かけたのは、家の近くにあるスーパーマーケットの中で、この時の男は白いシャツに黒いズボンに革靴、片方の手首には、数珠が3つはめてあって、もう一方の手首には、高そうな腕時計、革靴をカツカツ言わせながらカートを押して買い物をしていた。
そして、通りすがりの年配のおじぃさんと立ち話をしているのだ。
あたしはその横をさりげなく通り過ぎると、おじぃさんは、その男に向かって、そりゃいいことを聞いた…役所に行って聞いてみますよ…と感謝しているようだった。
3度目は、例の黒のダボシャツ姿に雪駄なサングラスといった格好でレトロチックな自転車に乗って、走っているところだった。
すると、急に自転車でUターンさせると、信号のある交差点の横断歩道まで戻って、自転車をその場に停めると、大きな買い物袋を持って赤ちゃんを背負ったお母さんに何やら話しかけている。すると、男はそのお母さんの買い物袋を自分の自転車の前のかごに入れて、自転車を押しながら、赤ちゃんを背負った母親と並んで歩いて行った。
ヤクザではない?と思いつつ、あの男は何者なんだろぉ…と考えていて、スーパーで男が話していたおじいちゃんを見つけて、あたしは思い切って話しかけた。
あのぉ…すみません…。
ん?わしに何か?
ハイ…ちょっと前の話しなんですが、このスーパーでサングラスをかけた男の人と話されてて、役所に聞いてみるっておしゃっていたのを覚えていますか?…と。
あぁぁ…大将と話してた時のことじゃな?
大将?その大将って人は?
あー。大将は、千鳥町にある『めだか』っていう飯屋の大将だよ。
大将が作る飯は、何でも美味いからなぁ…機会があると一度行ってみたらいいよ。酒も飲めるし、美味いし安いし、落ち着いたいい店じゃよ…と教えてくれた。
で、大将のことが聞きたかったのかね?
あ…はい…ちょっと変わった感じの人だったので…目立ってらっしゃいましたし…。
おじぃさんは、笑って…あーまぁ確かにな…まぁワシもよくは知らないが、大将は恐らく以前は堅気のお人じゃなかったろうね。
でも、今は誰にでも優しい飯屋の大将じゃよ。と笑って話してくれた。
その後も何度か、大将を見かけたが、どこからどう見ても堅気には見えない風貌だった。
あたしは、その大将のことがなぜだかわからないが気になって仕方なく、自転車を漕いで走る姿が夢にまで出て来て、ある日の夜…19時過ぎ…思い切って千鳥町にあるその『めだかや』というお店に行ってみた。
千鳥町というのは、この街の小さな繁華街で、古くからある居酒屋、小料理屋、スナック、カラオケパブ、BARなどが軒を連ねる昔ながらの飲み屋街だ。
その通りからちょっと細い路地を入ったところに木造二階建ての小さな建物があって、その一階に白い古びた暖簾がかけてあり、白い提灯がひとつぶら下がっていて、そこに『めだかや』と書いてあった。
あたしはドキドキしながら、その暖簾をくぐって引戸をひいて足を踏み入れた。
すると、低い小さな声で、ぃらっしゃい と声が聞こえた。
店内はコの字型の味わいのある木のカウンター席のみで、正面と左右に4席ずつ、12席。
そのカウンターの中に大将は、いつもの黒のダボシャツ姿で立って、ジッとあたしの顔を見て、こっちの席へ…と、右側の一番端の空いている席を指差して、低い声でボソッと言った…と言うのも、他の席は全て埋まっていたからだ。
大将が暖かいおしぼりを出してくれて、ありがとうございますとお礼を言って受け取る。
あたしはとりあえず生ビールを注文した。
隣に座っている50代ぐらいの女性から、あんたべっぴんさんだねぇ…このお店はもしかして初めてかい?…と。
ハイ…初めてです…人から勧められて…。
そぉ!ここを紹介してくれるってことは、ここの常連さんだろうね?
この店は、何でも安いし美味しいし、いいわよぉ…大将が強面で最初は、エッ?ってなるけど、優しい人だから…ねっ!大将!
大将は、聞いてるのか聞いてないかわからない風で、目の前の魚を捌いている…その手際が良くて、あたしは思わず見惚れた。
その隣の女性から乾杯とグラスを出されたので、あたしもジョッキを上げて乾杯に応じて生ビールを喉に通す…思わず、ンーーー!美味い!と声を上げた。
お姉ちゃん、いい飲みっぷりだねぇ…とカウンター正面に座っていた50代ぐらいの作業服を着た男性から言われ、照れ臭くなって、ありがとうございますと言って会釈した。
すると、横に座ってた60代のおばちゃんから、あんた、美人さんってなると、そうやってすぐ声をかけるのやめなさい…みっともないわよ!と注意されている。そしてあたしに向かって、ごめんなさいねぇ…おっちゃんが変な声をかけて…と。
あたしは、大丈夫ですと言って、ひとまず目の前のおしながきに集中した。
おしながき…には、めし、肉、魚、汁、サラダ、煮物、漬物、つまみ、飲み物…としか書かれておらず、値段は全て時価と書かれてある。
そのおしながきを凝視していると、大将が、好き嫌いがなかったら、千円分、二千円分とかで何が食べたいって言ってくれたら、何か作るよ。
と言ってくれた。
そこへ、20代ぐらいの若いサラリーマン風の男が、大将!コロッケと飯と味噌汁が食べたいっす!と…大将は、あいよ…と返事して準備を始めた。
80代の老婦人は、大将、ごちそうさまでした。と言ってカウンターの前に千円を置いて出て行く…大将は、ありがとうございましたと丁寧にお礼を言った。
あたしは、大将…何かおつまみを…お願いします…と言うと、大将は、チャンジャはどうだい?と…ハイ、大丈夫ですと答えると、チャンジャの小鉢が出てきた。美味しかった…生ビールに合う。
大将は手際良く、コロッケを揚げて、更にキャベツの千切りとコロッケを乗せて、お椀に味噌汁を注いで白飯と漬物を添えて、若い男に差し出す.その一連の手際が良くて、あたしはジッと見惚れた。
サングラスを取った大将の顔は、俳優の山﨑努をもっと若くしてシュッとした感じの渋い中年男といった風だ。
ただ…やはり目付きは悪く見るからに只者ではないって感じがするし、ニコッと笑うこともない…無表情のまま淡々と包丁を振る職人って感じがする。
他のお客さんから、ポテトサラダ、卵焼き…甘くしてください…豚汁、刺身…などと注文が入る。
それらを、あいよ…と応えて、次から次へと用意して提供して行く。
そのどれもがとても家庭的な感じで、お客さんも皆、美味しい❗️と言って満足げに食べている。
あたしもお腹が減ってきちゃった…何かお願いしよう…うーん何がいいかなぁと迷っていると、大将が、肉か魚か野菜か…何がいい?と、こちらを見ずに刺身を切りながら、ボソッと言った。
あたしは、じゃあ肉で…と言うと、生姜焼きはどうだい?…と。
あたしは、迷いなく、お願いきます❗️と飛び付いた…生姜焼き、大好きなんです❗️と…大将の横顔が少しニヤッとしたように見えた。
すると、正面に座っていた30代の男女が、あぁぁ…いいっすね…生姜焼き、自分ももらっていいっすか?私も食べたい!と…大将はあいよ…と答えて準備に取り掛かる。
汁は?味噌汁でいいかい?
ハイ…味噌汁でお願いします。
飯は、どうする?少なめがいいかい?
あたしは普通盛りで、お願いします。
男性は大盛り、彼女らしき女性は少なめとお願いしている。
5分ほど待って出された生姜焼き定食…めっちゃめちゃ美味しかった。
味噌汁も白飯も…ヤバいくらい美味しかった。
食事が終わったお客さん達は、空いた器をカウンターに乗せて、自ら目の前にある台拭きでカウンターを拭いて、千円、2千円とお金をカウンターの前に置いて、ご馳走様でした!と言って店を出て行く…。
大将は、低い渋い声で、ありがとうございましたと丁寧にお礼を言ってお客さんを見送る。
来店して生ビールを2杯、きゅうりの浅漬け、ご飯に生姜焼き(キャベツの千切り付き)、味噌汁、お漬物(このたくあんがまた美味しかった)で、全て平らげ、あたしはご馳走様でしたと手を合わすと、大将が、ガラスの小鉢に入ったコーヒーゼリーを出してくれて、二千円だね…と言った。
二千円?安っ❗️と…。
隣の年配の女性客が、でしょ?と言ってニコッと笑った。
コーヒーゼリーも美味しくいただき、再度手を合わせ、他のお客さんに見習って、自分の前のカウンターを台拭きで拭いて、二千円をカウンターに置いて、再度ご馳走様でしたと言って席を立った。
大将は、ありがとうございましたとあたしにもお礼を言って見送ってくれた。
店主がお客さんにお礼を言うのは当たり前なんだろうが、なぜかそう言われたことが嬉しかった。
また絶対に来ようと思った。
あたしは、週に4、5回は通うめだかやの常連客になった。
平日は、仕事から帰って着替えて、化粧を直して、19時過ぎ頃。
土曜日や次の日の仕事が休みの時は、20時過ぎに行って、0時近くまでゆっくりと生ビール、焼酎、日本酒などをちょこちょこ摘みを食べながら飲んで、最後に白飯少なめ、味噌汁と何か一品作ってもらって食べて、退店した。
それでも3千円だ。
あのスーパーで会ったおじいさんともめだかで再会した。
めだかやを教えてくれてありがとうございましたとお礼も言えた。
最初に大将のことを見た公園のベンチで話しをしていたおばちゃんもここのお客さんなんだろう…、顔を覚えていないのでどの方かは不明だ。
ちなみに、めだかやと言う店名の由来は、店内にめだか達が泳いでいる水槽があるからだった(笑)
めだかやは、とにかくあたしにとって居心地の良い場所になった。
あたしは、必ず他の席が空いていても、1番最初に大将から案内された右側カウンターの1番端の席に座った。
半年も通い続けると、他の常連客の方々からも覚えられ、宮原内科医院の事務で働いている木月紫乃と言う女だと認識されていた。
うちに通う患者さんとも、たまにここで会って、互いにこんなところで会うなんて…みたいなこともしばしばだ。
しかし、相変わらず大将は謎だった。
年齢は、40代で独身、バツは付いていないと他のお客さんとの会話で知った。
そして、大将はモテる…らしい。
と、言うのも、夜の11時を過ぎると、千鳥町の他の店を閉めた人達がめだかやにやって来る。
スナックやキャバクラのお姉さん達も来たりする。お客さんと同伴する人もいれば、1人や2、3人で来店することもある。
で、決まって…大将♡私と付き合ってよぉ…大将、あんたいい加減、私の男になりなさい!…私が大将のお嫁さんになってあげるから…と、大将を口説くのだ…が、大将は完全にスルーしている(苦笑)
挙げ句の果てには、大将って女じゃなくて同性がいいなんてことはないよね?と…。
すると、大将は、それはねぇ…と答えたので、あたしもちょっと安心した。
そう…安心したのだ…っと言うのも、あたしも大将のことが好きになってしまっていた。
身長は170代半ばぐらいか…体重も恐らく70キロあるかないかぐらい…地黒なのか浅黒い肌、坊主頭で顎髭を蓄えた強面、無愛想でぶっきらぼう…でも、心根は優しいのがわかる。高齢のおじぃちゃんやおばぁちゃんの話に耳を傾けて、話しを聞いてやったり、若いサラリーマンが仕事の愚痴をこぼすのを聞いて、サービスしといてやるから、また明日から頑張れよ…と声をかけたり…飲み過ぎでヘロヘロに酔った女性客には、タクシーを呼んでやって、気をつけて帰んなと声をかけたり…。
黙って、口数が少なく、強面で、黙々と包丁を持って魚を捌いたり、料理をしたりするその立ち姿、手際の良さ、筋肉質な二の腕…あたしは完全に大将の虜になっていた。
家でひとり、自らを慰める時は、大将のことを…大将の逞しい二の腕や胸板思い浮かべてしている。大将のことを想いながらするとあっという間にイケるだ。
あたしは、思いがけず大将の本名?と過去の素性らしき一端を垣間見る機会に遭遇した。
その日は、平日ではあったが、翌日が休診日と言うこともあって職場の看護師や事務員の懇親会が模様されて出席した帰り、2次会でカラオケな行き、歌って飲んで…すでに1時を回っていたが、どうしても大将に会いたくて、めだかやに行った。
めだかやは、客さえいれば、朝まで開いている…と聞いていたので、誰かいますように…と願いながら向かった。
めだかやは開いていた。
こんばんわ!と言って店に入ると、スーツ姿の間違いなく堅気ではないと思しき2人の男が先客で来ていた。
あたしは、何食わぬ顔でいつもの指定席に座る。
とりあえず生ビールときゅうりの浅漬けを出してもらって、静かに飲んていると…。
スーツ姿の大将と同じぐらい人相が悪く、歳は、40代後半ぐらいだろうか、その男が大将に向かって、キョウさん…戻って来てくれねーっすか…と。
キョウさんと呼ばれた大将は、お前らいい加減にしろ…と静かに言って、俺は払うもん払ってその世界から抜けた人間だ。
そんな男が今更、どの面下げて戻れると思ってんだ?
まぁ戻りたいなんて気持ちもさらさら無いがな…
そこは俺らが親父に話して説得しますから…
無理な話しだ。飲みたきゃなんぼでも飲ませてやる。食いたきゃ食わせてやる。
で、とっとと帰って寝ろ。
金本…お前は俺が言い出したら、絶対に曲げねぇってのを知ってるだろ?
そりゃ知ってる…だけど、今回だけは…頼むよ、キョウさん…。
金本…高木…お前らわかってんだろ?
その先がどうなるのか…見えてるよな?
2人は黙っていた。
もう俺の出る幕じゃーよ。
どうやってここを見つけたのか知らねーが、2度とそっちの話で俺に絡んでるくるんじゃねーぞ。
客として来る分はいいが、他の連中に俺がここにいることを言いふらすんじゃねーぞ。
今夜は俺の奢りだ。
2人はそう大将から言われると深々と頭を下げて、ご馳走様でしたと言って店から出ていった。
そして、店の中は大将とあたしと2人きりだった。
大将は、冷蔵庫から瓶ビールを出すよグラスに注いで、木月ちゃん、嫌なもん見せちまって済まなかったな…、俺もちょっと飲むけどいいかい?と…あたしは、はい…ひとりじゃつまんないから良かったです…と言ってジョッキをあげて大将のグラスにチンと当てて乾杯した。
大将は、グラスを一気に空けて、また手酌でビールを注いだ。
大将のお名前ってキョウさんって言うんですね…と聞くと、あぁ…うん…京平だね…と。
京平さんって言うんだ、いいお名前ですね。
いいか悪いかなんてわかんねーけど…、
ごめんなさい…どうしても気になっちゃって…大将って元は…その…ヤクザ屋さんだったんですか?
大将は、ちょっと寂しげな表情で、まぁそうだなぁ…仕方なく…と言っちゃーなんだが、その道以外の選択肢がなかったからな…当時は…。
まぁでも訳あって、その筋で生きて行く理由が無くなったから、足洗って組を抜けた…もう5年前のことだ。
で、全く組とは無縁なこの土地に流れて来て、ここでうどん屋をやってたジィさんから店をたたむって話しがあってね…後始末を任されて…まぁ自分で店でもやるか…ってね。
まぁそんな感じだ。
そうだったんですね。
その道でしか選択肢が無かったって…どうしてですか?と聞くと、スナックを閉めて来た、ママさんやスタッフのお姉さん達が、大将!お腹空いたぁぁ❗️と言って入ってきたので、その会話はそれっきりになった。
スナック千鳥のママさんも常連客で、あたしも何度か絡まれて、紫乃ちゃん、うちで働きなよ!紫乃ちゃんなら、すぐに上物のお客さんが着くよ❗️と言ってスカウトされたが、丁重に断っていた。
だから、ママはあたしを見つけて、紫乃ちゃんじゃない❗️どうしたの⁉️こんな時間に、珍しいわね❗️アッ❗️わかった❗️紫乃ちゃんも大将のこと狙ってるんでしょ⁉️ダメよ❗️大将は私の男になるんだから❗️ねっ❣️大将❣️と甘い声を出す…あたしは苦笑しつつ、職場の飲みごとの帰りにお腹が空いたので立ち寄ったと説明した。
横に座ったお姉さんからも、紫乃ちゃんってほんと色気があるわよねー…なんか壇蜜に似てない?言われるでしょ?などと絡んでくる。
あたしも、過去にそう言われたことはありますけど、自分じゃよくわからないから…と適当に相手をして、結局3時過ぎまで飲んで、最後は梅茶漬けを食べて、みんなと一緒にお店を出た。
ちなみにこの夜も二千円だった…大将に安過ぎません?と聞くと、そんなもんだよ…と、ありがとうございましたとお礼を言われた。
スナックのお姉さんのひとりが飲んでいないとのことで車でアパートまで送ってくれたので助かった。
この日からあたしの中では、大将ではなく京さんになった。
あたしは、めだかやで京さんと出会うまで、周りから美人だの色っぽいだの…スタイルがいい、おっぱいが大きし形もいい、いいお尻をしている…など、その外見を褒められたり、羨ましがられることが多々あったが、そのことに対して一切気にも留めなかった。
特に男共から言われると、結局やりたいだけでしょ?と思い、キモってなることのほうが多かった。
が、大将…京さんと出会って、京さんのことがあたし好きなんだ…と自覚してからは、自分の外見に対する気持ちが変わった。
基礎化粧品…乳液や化粧水、美容液をはじめ、ファンデーションや口紅、アイシャドウ、アイラインなどに興味を持つようになって、色々なブランドの化粧品屋さんの店員さんに聞いたり、ネットで調べたりして、化粧が上手になりたいと思い勉強もした。
バストアップ、ヒップアップ、ウエストを絞るためにジムにも通った。
夜にめだかやでちゃんと飲んで食べるため、朝食と昼食のカロリーにも気をつけて、夜のために食べ過ぎないように心掛けた。
手足のネイルや髪型、まつ毛パーマなど、女として京さんに綺麗に見てもらえるための努力を欠かさなかった。
着る服にしても、早い時間帯にお店に行く時は、カジュアルでも身体のラインが綺麗に見える服を選んで着て行く、週末などの夜の遅い時間帯に行く時は、少し大人っぽい服装で行くようになった。
でも、水商売のお姉さんのようになってはダメなので、できるだけ品良く見えるようなデザインのものを選んだ。
そのおかげもあってか、常連のお客さんからは、紫乃ちゃん今日も綺麗ねぇ…とか、セクシーだね…とか肌が艶々してる…など、お褒めの言葉を頂けているので、努力した成果は出ていると実感している。
が、京さんはあたしに限った話ではないが、老若男女問わず外見について意見するようなことは一切ない。
どう思われているのか気になって仕方なかったが、でもそんな京さんだからこそ好きになったっていうのも、自覚していた。
めだかやに通い出して、一年近く経とうとしていた頃、ここ1ヶ月ぐらい、めだかに来るようになった男性客がいる。
本人情報では、33歳の公務員で、石川真司というらしい。
最初は、気にもしていなかったが、あたしの席の隣が空いている時は、必ず隣に座って色々と話しかけて来る。
話しの内容は、市役所の総務課に勤務していて、議会の対応に追われて大変だという愚痴や、自分がいないと部署内の業務が回らない…とか、言ってみれば俺は仕事ができるアピールだ。
後はアウトドアが趣味でキャンプに行って、大自然の中で食べるステーキは最高に美味しいので、連れて行ってあげるよ…という誘いや、500万でハイブリッドの新車に乗り換えたので、綺麗な夕陽が見れる穴場を知っているから連れて行ってあげるよ…という誘いなどだ。
正直言ってどうでもいいし、面倒くさいと感じているが、曖昧な返事をして変な気を起こされても困るので、キャンプも夕陽もあまり興味がないのでご遠慮しますと丁重に断っている。
が、離れた席に座っていても、あたしの隣の席が空くと自分のグラスや料理を持って移動して来て、紫乃ちゃんは、今夜も綺麗だね…キャバクラなんかに行くより紫乃ちゃんの隣で飲むお酒の方が何倍も美味しいよ…など訳の分からないことを話しかけて来て、いい加減うんざりしていた。
だから、石川さん…ごめんなさい…あたし、ひとりで静かにゆっくりと飲みたいので、少し遠慮してもらってもいいですか?とお願いしたら、エッ?そうなの?でも俺と一緒だと楽しいだろ?と言われ、思わず、いやちょっと楽しくないです…とハッキリ言ってやったら黙って、あっそぉ…でも大丈夫だよ!俺が必ず楽しませてやるから!と、打たれ強い(苦笑)
そこへ正面に座っていた常連客の坂倉さんという土建屋のおじさんが、兄ちゃん、紫乃ちゃんが嫌がってんだろ?その辺が潮時だよ…しつこい男は嫌われるから、それ以上絡むのは、やめときな!と助け舟を出してくれた。
すると、石川は逆ギレして、あんたにゃ関係ないだろ💢と声を荒げた瞬間…。
恐ろしくドスの効いた声で、オイィコラァ…と声が掛かった。
石川は、一瞬ビクッとして、大将と目が合った瞬間、カタカタ震え出した…。
うちの店にゃ女にかまってもらえないっつってキレるようなわがまま坊やは、邪魔なんだよ…金はいらねぇからとっとと失せろ…。と、静かにドスの効いた低い声で、グサっと言われだけ石川は、慌てふためいて店から出て行った。
大将は、木月ちゃん、嫌な思いしたな。
お客さん達、迷惑かけたな。すまん。
何か一杯サービスするから言ってくれ…と。
お客さん全員、オォォォォォ‼️となって、空気が一変して穏やかになった。
だが、この石川事件は、これで終わらなかった。
石川真司は、千鳥町では悪い意味で有名人だったらしい。
他のスナックやキャバクラでもトラブルを起こして、出入り禁止になっていた。
石川は、役所の正職員でも総務課でもなかった。環境課で資源回収業務に携わっているパート職員だった。
プライドだけが高く、見栄を張って嘘で塗り固めた自分の理想像を作り上げて、さも本当のことのように自慢して陶酔している残念な男だった。
石川に関しては役所にも外からクレームが入り、厳重注意がなされていた。
それでも石川は.俺は間違っていない…俺は悪くない…俺みたいな完璧な男は他にいない…と自らに言い聞かせて、己の現実を受け入れることができないでいた。
そしてそのガラス玉のようなプライドを支えるために向けた矛先が木月紫乃だった。
石川は、木月紫乃のストーカーと化した。
めだかで仕入れた紫乃の情報を頼りに勤務先を特定して、紫乃の仕事上がりを狙って尾行し、アパートを突き止めた。
紫乃ちゃん!俺だよ!真司だよ。寂しい思いをさせてごめんね!
俺が来たからもう安心だよ!さぁここを開けて!と玄関前までそう叫んで訴えたのだ。
これにはさすがの紫乃も怖くなって、誰に助けを求めていいかわからず、どうしようもなくめだかやに電話した。
はい、めだかや…と大将の声が聞こえて、紫乃は涙が出そうになった…
大将…ごめんなさい…紫乃です…忙しいのに電話してごめんなさい…誰に助けを求めていいかわからなくて…
木月ちゃんか…どうした?泣いているな…何があった。
今、あの石川って人が家の前に来ているみたいで、色々叫んでいるの…。
ん。わかった。じゃあ家から出ずにそこでジッとしておくんだ…いいね…あとはこっちで対処するから…安心しろ。
はい…わかりました。
そういうと電話は切れた。
その間、ずっと石川は、外で玄関のドアを叩きながら…最初、紫乃ちゃんと呼んでいたのが、紫乃…ほら…出ておいで…俺達、あんなに愛し合った仲じゃないか?…など、勝手に自分の中で紫乃と交際しているかのような感覚になっているのか…紫乃は怖くて仕方なかった。
大将との電話が切れて15分ほど経過した頃…なんだよ…なんだお前は⁉️…離せよ‼️俺も紫乃の仲を邪魔するんじゃない‼️離せ‼️ングゥゥゥ…と呻き声と共に、声が聞こえなくなった。
それから5分ほどして紫乃の携帯が鳴った。
知らない電話番号だったが、紫乃が出ると、めだかの京平です。
もう心配しなくて大丈夫ですよ。と。
紫乃は京平の穏やかな声を聞いて安堵が広がり、大泣きしてしまった。
京平は、木月ちゃん…もう大丈夫、大丈夫だから…と言って、もう家を出ても大丈夫だから、来れそうならお店においで…なんか美味しいのを作って待ってるよ…と、言ってくれて、紫乃はハイ!行きます!と応えて電話を切った。
1時間ほどして紫乃が店に行くと、いつものめだかやだった。
大将もいつもと変わらず、注文を受けて、料理をしている。
席はほぼ満席だったが、あたしの席は空けてあって、常連客のみんなが紫乃ちゃん待ってたよ!と言って出迎えてくれた。
あたしは、また泣きそうになるのを必死に堪えて生ビールを注文すると、大将がきゅうりの浅漬けも一緒に出してくれて、一言、大丈夫…ゆっくり飲んで食べたらいいよ…と言ってくれた。
この日を境に、千鳥町から石川真司が消えた。
どこに行ったのかもわからなかった。
その後の噂では役所も無断欠勤が続き、連絡も取れず、解雇になったらしい。
後々、紫乃が京平にあの石川って人はどうなったの?と聞くと、俺も知らねぇんだよ…俺はちょっと驚かせて、消えろって言っただけなんだけど、ホントに消えちまったな…と言って笑っていた。
紫乃は、この人だけは本気で怒らせちゃいけないと痛感した。
石川のことは、あたしにとって最悪な思い出以外の何物でもないが、この一件で京さんとの距離がまた少し近くなったことは事実だったので、少なからず感謝の気持ちもあった。
めだかやに通い出して2年が経とうとしていた頃、あたしも29歳…もうすぐ30歳になろうとしていた頃、めだかが臨時休業になっていた。
店の引戸に、臨時休業の張り紙が貼られてあった。
めだかやには、定休日がない。
365日、毎晩開いていたため、常連客はみんなどうしたんだろ?と思った。
臨時休業はその日だけで終わらなかった。
2日目、3日目と休みが続いたため、紫乃は心配になって、仕事が終わった後、着替えてめだかに行って、めだかやの前で大将の携帯…と思われる番号…そう、石川事件の時に京さんから掛かって来た電話番号に電話してみた。
めだかやには固定電話があったが、京さんはスマホは持っていないと言っていた…俺には必要ないから…と言っていたので、この番号が京さんの携帯番号かどうかは不明だったが、一か八かでかけてみた。
コールはするが、繋がらない。
2回、3回と掛け直していた時、あたしは気づいた。
音がする…携帯の呼び出し音がする…。
もう一度かけてみる…すると微かに聞こえる携帯の呼び出し音が…。
めだかの2階から…聞こえるのだ…。
あたしはめだかやの建物の脇にある木の開き戸を引くとスッと開いた。
先へ進むと、倉庫があって引戸を開けると、中に大将愛用のレトロな自転車が置いてあった。
二階建ての建物の勝手口を見つけて、ドアノブを回して引くと開いた。
そこでもう一度、京さんの携帯番号?にかけると、ハッキリと呼び出し音が聞こえた。
勝手口に足を踏み入れ、スマホのライトをつけて、電気のスイッチを探して灯りをつけた。
黄色に裸電球がほんのりと周囲を照らした。正面の扉は一階の店内の奥へ繋がっていそうだ。
あたしは左手の階段をゆっくり上がって行った。
屋内は静まり返っているが、自分の心臓の鼓動だけがやたらと大きく感じた。
階段を登り切って、右手の開き戸を押すと音もなく開いた。
スマホの灯りを頼りに電気のスイッチを探して、灯りをつけると、奥の和室に布団が敷かれてあるのが目に入った…その瞬間、あたしはその部屋に駆け込んで、京平さん‼️と声をあげて駆け寄っていた。
全く恐怖感などなかった…無我夢中だった。
灯りをつけて京平の顔に手を当てるとすぐに高熱なのがわかった。
あたしは、すぐに119番通報をして、救急車を呼び、その間に側にあったタンスから京平の下着や着替えなどを無造作に置いてあった紙袋に入れて、貴重品が入っていそうなハンドバッグを抱えて、外に出て救急車の到着を待った。
ほどなくして救急車が到着。
あたしは見つけた鍵で勝手口の鍵を閉めて、救急車に一緒に乗って病院に同伴した。
診断結果は、扁桃腺の腫れから来る単なる風邪だったが、脱水症状を起こしており、熱も40度以上の高熱だった。
点滴と解熱剤で容体は回復傾向にあったが、意識はその夜、一度も戻らなかった。
京平が目を覚ましたのは、翌朝の明け方5時だった。
うーん…ん?木月ちゃん?と京平の呼びかけで、京平が寝ているベッドの傍らで俯して寝ていたあたしは目を覚まし、京平が目を開けてこちらを不思議そうに見つめるのに気づいて、そのまま大泣きした。
事情を知った京平は、木月ちゃん、ありがとな(苦笑)参った参った…そんな大事になるとは思っても見なかったよ…と。
医者は、石橋さん…この方に感謝してくださいね…あの状態で誰からも気付かれずにもう何日も倒れたままだったら命に関わるところでしたよ…と。
バックから取り出した免許証、保険証、マイナンバーカードによって、大将の本名が石橋京平であること、年齢が44歳になることが判明した。
医師からしばらく安静にして様子を見るように言われ、この日の午後、退院した。
あたしは、タクシーで京平を自分のアパートに連れて帰った。
京平の話では、朝方に店を閉めて、片付けをし、一階の奥にある浴室…浴槽はなくシャワーだけらしい…で、シャワーを浴びて2階に上がりそのまま横になったまま、何時かわからなかったが、とにかく寒くて目が覚めたらしい…まだ眠いと思って布団を押入れから出して、布団をかぶって二度寝した。
次に目が覚めて時計を見たら午後4時を回っていたらしく、仕込みをしないと…と思い立ちあがろうとしたら、体に力が入らず、上手く立ち上がれなかった…少し熱っぽいか?と思いゆっくりと壁を支えに立ち上がろうとしたが、身体が言うことを聞かない…これじゃ店を開けないと思い、這うようにして階段を降り、臨時休業の札を表に出して、必死の思いです2階に上がって布団の上に倒れ込むと、それから先の記憶は全くないとのことだった。
あたしはお粥を作って京平に食べさせて、水分とアイスを食べさせ、処方された薬も飲ませて、自分のベッドで京平を寝かせた。
木月ちゃんに迷惑をかけちゃいけねぇと遠慮する京平をあたしは、病人はあたしの言うことを聞いてジッと大人しくしておきなさい❗️と怒って無理矢理、食べさせ、寝かせた。
お腹が少し満たされたのか、京平はすぐに寝息を立てて、寝めりに落ちた。
あたしは、京平の寝顔を見つめて、たまらなく愛おしくなり、可愛いと思った。
あのぶっきらぼうで愛想もない、超男臭い、強面のいかつい大将が、病気になって弱々しくなって大人しく自分の目の前で寝息を立てて眠っている。
この人には、あたしがついてあげなきゃ…と強く思った…と同時に、過去を振り返り、胃癌で亡くなったあの人もそう、弟もそう、他数名…あたしが気を許した、あたしが愛情を注ぎたくなる人は、あたしの母性本能を掻き立てる人なんだと実感した。
その最たる人、自分の全てを捧げて、全ての面倒を見てあげたくなる人、何から何まで世話を焼きたくなる人…それが石橋京平なんだと真底思った。
あたしは、京平が寝ている間に、京平の店に戻り、ザ.男部屋といった京平の家を掃除して、寝具は全てクリーニングに出し、衣類の全てを持ち帰って洗濯し、コインランドリーで乾燥させてたとみ、片付けた。
掃除機をかけて、拭き掃除をし、ありとあらゆるゴミを片付けた。
めだかやの表には、臨時休業の札の横に病気による療養のためと書き足した頭を貼った。
家に戻ると京平がまだ微かに寝息を立てて眠っていた。
おでこに手を当てるとまだ少し微熱があるようだ。
このままずっと病気のまま寝ていてくれたら、あたしがずっと側で看病して面倒を見てあげれるのになぁ…と、独り言のように呟いた。
あたしは京平が眠っている間にシャワーを浴び、コンビニで買ったおにぎりを食べた。
京平が目を覚ますと、起こしてTシャツを脱がせて背中や身体を拭いて着替えさせた。
この時、京平の背中に登り龍の色鮮やかな刺青が彫られているのを知った。
でも、不思議と怖くもなく、綺麗とすら思った。
雑炊を作って食べさせて薬を飲ませ、果物を食べさせ…寝かせつけ、自分はソファで寝た。
翌日、あたしは休暇をもらい、京平の家の掃除…浴室やトイレ、店内の掃除までした。
京平の熱は退院後2日目の夜にやっと完璧に下がった。
京さん、何か食べたいものある?京さんほど上手じゃないけど、簡単なものなら作れるよ…。
ん。じゃあ普通に白飯と味噌汁、卵焼きと納豆で。
うん。大丈夫。任せて👍
と言って、準備に取り掛かった。
あたしが作った味噌汁を京さんは、うめぇよ。出汁もしっかり出ている。と言ってくれた。
それがめっちゃ嬉しかった。
食べ終わって、後片付けを終わった頃、京平がこれ以上迷惑かけらんねぇから帰るよ…と言うのを、ダメよって言って、もう夜だし無理しないで…と。今夜までゆっくりして、明日もう一度病院に行って、お店の仕事しても大丈夫って、医師からOKもらってからにしてって、お願いした。
木月ちゃんに仕事まで休ませて申し訳ねーよ…と。
あたしは平気…あたしは京さんの側で京さんのお世話がしたかったの…。
京さん…京さんって彼女さん…付き合ってる人…いないの?まぁいたら独りで家の中で倒れたりしていないと思うけど…。
京平は苦笑して、まぁ俺は見てのとおり、元…とは言え、立派なヤクザもんだ。
前科もあって、ムショを出たり入ったり…。
まぁ正直言って、あのまんま野たれ死んだところで後悔することもなかった…。
そんなのダメ!めだかって場所を拠り所にして通ってる常連のお客さん達が沢山いるのを京さんもわかっているでしょ⁉️
あぁ…拠り所ってのは大袈裟かもしれねぇが、ひいきにしてもらっているのは、ありがたいことだな。おかげで俺も人並みには食って生きて来れたからな…でも、また新たな店が出来て、新たな拠り所?ってのができるさ…。
めだかやはめだかや…京さんは京さんでしかいないの!少なくともあたしにとっては、京さんのめだかじゃないと意味ないの‼️
木月ちゃん…ありがとう…と言って、京平は少し穏やかに、でも寂しそうな笑顔を微かに見せて、でも俺みたい男の側にいても、ろくなことはない。木月ちゃんは、みんなが言うとおり素敵な大人の女性だ…俺みたいな裏道を生きてきた人間なんかに構ってちゃいけないよ。
もっと外に出て行って、もっと明るい場所で人生を楽しまないともったいないよ。
あたしは…あたしは…京さんや常連さん達、職場の人達もだけど、そんなに人に自慢できるような人間じゃないよ…女としても人としても…と言って、自分の生まれてこれまでの生きてきた道を話した。
オトンの死、オカンが自分達を置いて男に走ったこと、ばぁばの水商売を手伝っていたこと、生保レディとして、男に期待だけさして契約とって、はいさよなら…みたいな営業をしていたこと、弟は弟で、子供作って結婚するも、ギャンブルと借金で嫁と子供に逃げられ、自分も借金を抱えて夜逃げ同然に東京へ出て、ホストか何かやっているらしいが、どこでどうしているのか全くわからないことなど…。
自分は、男不審で男に興味がなく、だからといって同性に興味があるわけでもない。
ただ男と変に絡む仕事をしたくなかったので、医療事務の仕事に変えて、お年寄りや患者さん相手の仕事をしている方が精神的に楽だとわかったので、今はひとまず落ち着いているというだけ。
それでも前の病院では愛人契約を提案されてゲンナリして、辞めて逃げたこと…など…京平に話した。
でも…この街に流れ着いて、あなたをこの街で見かけ、なぜかあなたのことが気になって…人に聞いてめだかやの存在を知って、お店に行かせてもらい…めだかやでの時間が、京平さんのあのお店で過ごす時間が、あたしにとってどれだけ大切なものなのか…十分わかっていたけど、今回、めだかが臨時休業して、めだかやに行けない時間、このままめだかやが、京平さんがいなくなっちゃったらどうしよう…と、もう不安で不安で仕方なかったの。
あたしは、もう我慢したり遠慮したりしない…あたしはあたしのしたいように、生きたいように生きるの…全て自分の責任で、自分で決めて…京平さんがお前のことなんて嫌いだって…迷惑だって…キモいって…近寄るなって…俺の前からあの石川って人と同じように消えろって言うのなら消えるから…でも、そうじゃないのなら、お願い…と言って、あたしは京平の前に立って、服を脱ぎ、下着も外して、京平の前に自分の全てを晒した。
京平は、表情を変えずにジッとあたしの言葉を聞きながら、あたしのことをずっと見てくれた。
あたしは京平からこうして見られることが嬉しかった。
めだかやでの京平は、ほとんどあたしの方を見ない…と言って誰か特定のお客さんを見ているかというとそういうわけでもなく、単に料理と向き合い、お客さんに提供して、その反応を目の端で捉えているだけ。
でも今は、京平があたしのことを、あたしの全てを見つめてくれている…それがたまらなく嬉しかった。
京平から見られるだけで身体が熱くなり、自分でも興奮しているのがわかった。
あたしは京平の前に座って、京平に着せているダボシャツを脱がせ、薄手のパンツを脱がせ、下着も脱がせた。
京平は、あたしのすることを拒否することもなく、為されるがままだ。
2人とも全裸になって、あたしは京平の前に座り直して、あたし…男とのこういう経験、ほとんどないに等しいの…だから、どうすれば京平さんが満足できるのかわからないの…ごめんなさい…でも、お願い…あたしのことを受け入れて欲しいの…そう言ってあたしは京平の唇に自分の唇を押し付けていった。
それから先は、正直言ってどう表現していいのかどう言葉に表していいのかわからない。
ただ、とにかく気持ち良かった…幸せだった…これが女にしか味わえない女の喜びなんだと…。
天にも昇るとはよく言ったもので、頭のテッペンから足の爪先まで全身が痙攣するような、それでいて甘く深く恥ずかしく、このまま死んでしまっても悔いはない…ほどの甘美な感覚をあたしは堪能して、目の前がキラキラと輝き、真っ白になった。
目が覚めると、あたしは裸のまま、京平の胸に顔を埋めて寝ていた。
視線を上げると京平が静かな寝息をかいている。
こんなにも穏やかで安らかで幸福感に包まれた朝をあたしは、生まれて初めて味わった。
この日まであたしは仕事を休んだ。
京平を病院に連れて行き、診察を受けて、炎症反応がないことを確認して、医師から仕事をされても大丈夫ですよと言われ、めだかやのある京平の自宅に連れて帰った。
ん?部屋の掃除…してくれたのか?
うん…すっごい散らかってたからね。
洗濯物も溜め込んで感じだったし、布団も全部洗って乾燥機なかけたから…。
すまんな…ありがとぉ。
謝らないで…あたしが勝手にやったことだから。
京平は、いつものダボシャツに着替えて、一階の店に降りて行った。
ん?ここも綺麗にしてくれたんだな…。
うん、めっちゃ気になって…ごめんなさい…京平さんの聖域みたいなところに手を入れちゃって…
いや、助かったよ…俺も気になってたから…仕込みを優先させちまうとな…こっちがつい疎かになっちまう…んなことじゃダメなんだけどな…どうも掃除洗濯ってのが苦手でな…。
うん、もうそれは一目瞭然だったわ(笑)
だらしねぇなぁ(苦笑)
うぅうん…京平さん…めっちゃしっかりしてそぉで、でも自分のこととなるとダメダメ…とまでは言わないけど、そういうちょっとだらしないところがあった方が人間味があって可愛いわ…。
40過ぎのおっさんを捕まえて可愛いはねぇだろ?(苦笑)
そうね…男の人には、女が男を見て可愛いって思う意味は理解できないかもね(笑)
でも、大丈夫よ。
京平さんが紫乃の好きなようにしろって言ってくれたから…あたしの好きなようにさせて…
自称でもいいの…あたしは京平さんの女になったんだから…。
勝手に女にしてもらったってことにするんだから…。
京平は、苦笑いを浮かべて頭をぽりぽりかいている…あたしは、そんな京平をそういうところがたまらなく可愛いのよって思っていたが、口には出さなかった。
数日放置されて腐敗していた食材などを処分して京平と一緒に新たな食材の買い出しに付き合った。
さすがに冷蔵庫の中や食材には手をつけちゃダメだと思って、そこは何もしなかったの…ごめんなさい…。
あぁ…気にすんな…それが普通だ。
買い出しには、京平の車で向かった。
めだかやから歩いて2、3分の月極駐車場に黒い軽のバンが停めてあった。
買い出し先では、めだかやの大将が美女を連れて買い出しとは、せっかくのいい天気を壊さないでくれよ💦と言われ、驚かれていた。
京平は、余計なツッコミはいらねぇからさっさととものを用意しろよ!と言っていたが、完全な照れ隠しだと思って笑うのを必死で堪えた。
肉屋、魚屋、八百屋など数店舗を回って買い出しをして帰り、早速仕込みに入る。
京平さんはどこで料理を覚えたの?
少年院で覚えた。
えっ⁉️少年院って、あの未成年が悪いことして入るところ⁉️
そ。その少年院。そこで何か手に職をつけた方がいいぞと言われて、とりあえず食えれば生きていけるか…って思ってな…料理人になりてぇって言ったら、少年院の飯を作ってくれる人が教えてやるって言って…まぁ更生も兼ねてるからな…かなり厳しくやられたな…まぁでもそのおかげで今、飯が食えている。
ヘーーー。で、悪いことって何したの?
未成年で…ケンカ?万引き?うちの弟もケンカや万引きで捕まったりしたけど、鑑別所?にも行ってないけど…。
殺し…。
エッ⁉️殺し…って…。
俺の話を聞いて、俺の女になるって言ってるけど、やめたきゃいつやめてもいいからな…。
俺は、人殺しだから…。
石橋京平は、九州の炭鉱町で生まれ育った。
父親は鉱夫で、酒乱だったらしい。
顔は知らない。
母親は娼婦で、鉱夫をしていた男の相手をして避妊を失敗して京平ができた。
おろす金もなく、アパートの一室で京平を産んだらしい。
しばらくの間、出生届も出されてなく、誰かが役所に通報したらしく、そこで京平の存在が明らかになり戸籍ができたらしい。
アパートでオカンが客をとっている間、京平はアパートの外で夏だろうと冬だろうと昼間も深夜も関係なく、外に放置されていた。
そんな子供がまともに育つわけもなく、小学生の頃は当然ランドセルもなく給食も食べれず、知らない人の家に上がり込んでパンや果物を盗んで食べるなんて当たり前。
当然、万引きも当たり前だった。
年齢の低い小さな子供は金を持っていないので、小学生にして金を持っていそうな中学生に喧嘩をふっかけて、勝てば財布から金を抜いて食い繋いでいた。
そのおかげでケンカの強さと肝の太さは鍛えられた。
中学生になっても変わらない生活を送った。
ケンカ相手が中学生から高校生に変わったぐらいだ。
中学2年生の時、後で聞いた話しによると、母親は付き合っていた男に捨てられ、借金の肩代わりもしていて、闇金の取り立てに追い回されていたらしい…そして精神がおかしくなったのか、自暴自棄になり、別室で寝ていた京平の首を絞めて殺そうとした。
京平は飛び起きて、母親の手から逃れたが、母親は台所に行って包丁を持ち出して、京平…あんたがいるからこんな様になったんだ、あんたさえいなくなりゃあたしは幸せになれたんだ💢と言って京平を刺し殺そうとした。
京平は、包丁を振り回す母親から逃れて、玄関にあった金属バッドで母親に対抗して、結果殴り殺した。
周囲からの通報で駆けつけた警察によって京平は現行犯逮捕。
少年院送りになった。
17歳で少年院を出たが身寄りがなく、母方の祖父祖母も京平の身元引受人を拒否したため、施設送りになった…が、施設を脱走。
金を持っていそうなオッサンにケンカを売って、勝つには勝ったが、駆けつけた取り巻き連中にボッコボコにされて車に乗せられ、連れて行かれた場所が暴力団の組事務所だった。
京平がケンカに勝った相手は、その組の若頭…俺相手にビビりもせず、俺の拳をもらっても怯まず、俺にコイツ、ヤバいガキだと思わせた。お前は肝が座っとる。
俺が面倒見てやるよ…と。
最初はこの腐れヤクザが‼️と反抗していたが、京平のこれまでの生い立ちを聞いて、その若頭は涙を流してくれたそう。
自分のために泣いてくれる大人なんて、早々いるもんじゃねーと思い、その若頭の元、ヤクザ者として、闇金の取り立てからみかじめ料の集金、飲み屋のトラブル処理、訳の分からない荷物の受け取りや運搬、恐喝や傷害、迷惑防止条例違反、公務執行妨害、など警察に逮捕され刑務所に入り、出てくればまた逮捕されて刑務所へを繰り返した。上の人の身代わりで入ったこともある。
刑務所から出てくるたびにお勤め料として数百万もらったりしていたが、使う間もなく全て貯金していた。
40になる前、受け持ちのキャバクラで暴れている他所の組員を納めに行った若手が逆にやられていると連絡が入り、仕方なく始末を付けに行った際、相手が刃物を持って絡んで来たため、ちょっとやり過ぎて傷害で逮捕された。
正当防衛を主張したがその範疇を超えているとの判決で2年ほど喰らった。
その案件は、相手方に非があり1000万円ほどの詫び料で方がついたらしい。
刃物を振り回した奴は、京平からやられて片方の目を失明したらしいが、その後行方不明だそうだ。
が、この2年の間に京平が世話になっていた若頭がコロナで呆気なく死んでしまった。
刑務所内でその知らせを聞いた京平は、潮時だなと思った。肝と腕っぷしだけで渡ってきたが、薬にエロネット配信、オレオレ詐欺…俺にはついていけねーし無理だと感じていたため、出所後、これまでの働きで貯めていた5000万の現金を組長に差し出して、今の面倒臭いしのぎは、性に合わねぇ…世話になった若頭があの世に行っちまって、組への義理は俺なり立てて来たつもりだと…23年間、組に支えて貯めたこの金で引かせてくださいと頭を下げた。
組長からは、何かやりてぇことでもできたか?と言われ、料理人の資格を持ってるから、九州の地元に戻って店でもやりますよと言うと、組長は笑って、羨ましい奴やなぁ…まぁ気張って頑張れやと言って、目の前の金から2000万を紙袋に入れて退職金や!と渡されて組を抜けたそうだ。
で、以前、刑務所内で知り合ったじじぃがうどん屋をやっていると聞いていたので、この千鳥町に流れ付き、じじぃが店をたたむのを手伝い、2000万を使って、めだかやを始めたとのことだった。
あたしは、京平に何をどう言っていいのか、わからなかった。
同情や驚愕、不安、不信とかそう言ったものではない…。
京平さん…あなたに何をどう言えばいいのかわからないし、あたしから言える言葉は見つからないけど…それでもあたしはあなたの女でいたい…それは全く変わらない。それだけ…。
そっか…そっか…とだけ京平は頷いただけだった。
この日の夜、5日ぶりにめだかやが営業した。
来店したのは、ほぼ常連客…皆が皆、大将の体調を心配していた。
大将は、扁桃腺による高熱と脱水症状で気を失って倒れているところを木月紫乃が発見して、救急搬送されてそのまま入院していたと、ありのまま話した。
この日、開店からカウンターのいつもの席で生ビールを飲んでいたあたしは、皆から散々質問されてたので、以前、ストーカーから襲われそうになった時に大将から電話をもらっていて、その時の着信が残っていたので、めだかやまで来て、携帯でその電話番号にかけると、上から呼び出し音が聞こえて、裏手に回り開戸を押すと開いたから、大将を呼んでみたけど反応なし、でも携帯音はするから、もし倒れていたらと思って2階に駆け上がって、室内で倒れている大将を見つけて119番通報しました…と。
皆、大将、スマホ持ってるやん‼️
持ってないって言ってたのに、紫乃ちゃんには教えてズルいやん‼️
みたいなことを言ってて、あたしは教えてもらってないですよ💦たまたま着信をもらってて…。
エッ⁉️じゃあ紫乃ちゃんが大将に番号を教えてたの⁉️
いえ、そうじゃなくて…💦
その電話に番号が残ってた…と、店の固定電話を指差す…
ナンバーディスプレイね…みたいな空気が流れ…いやいや、スマホは⁉️
これはスマホじゃねーだろ?と大将。
ポケットから出したのは、折りたたみ式のガラケーだった。
皆唖然…確かにスマホでない…。
スマホはないけど、携帯は持ってるってことかぁぁ⁉️みたいな…(笑)
皆呆れて、これが大将だよなぁ…と(苦笑)
ねぇねぇ…で、結局はやっぱ大将、紫乃ちゃんとできてんでしょ⁉️と、今度はスマホ話から紫乃との関係に話題を移された。
紫乃ちゃん、どうなのよ⁉️と突っ込まれ、あたしはどう答えていいものやら困っていると、大将が、できてるぞ…と、ボソッと呟くように肯定した。
そこからはもう店内、大騒ぎになった。
あたしは顔を真っ赤にしてどうしていいかわからなくなった。
でも、皆、紫乃ちゃん、おめでとう‼️と祝福してくれた。
やっと思いが叶ったのね‼️良かったわぁ‼️と、スナック千鳥のママや、小料理屋の女将さん、大将のファンを公言している介護職のおばちゃんを初め、年配のおじぃちゃん達やおいちゃん達も皆が祝福してくれた。
あたしはびっくりして、エェェェッ⁉️何でですか⁉️と…。
聞けば、紫乃が店にいない時は、皆で大将に紫乃を薦めていたらしい。
紫乃が大将のことが大好きなのは、皆見ててわかってた…と。
大将ってこんなんでしょ?イイ男なのに、全く女に興味がないって言うかさ、奥手なんだかどうだか知らないけど、めちゃめちゃ可愛いキャバ嬢がキャーキャー言って、今夜は大将にお持ち帰り来てもらうからって。飲んでここで寝るから、好きにして❣️って言って、その子、本当にめちゃめちゃ飲んで本気寝してね…じゃあ大将、あとよろしくって言って置いて帰ったんだけど、その後、大将ったら、そこの交番の毛利巡査を呼び付けて、引き取らせたのよ❗️あり得ないでしょ⁉️
あのバツイチの女も凄かったわよ❗️ほらっおっきなオッパイをチラつかせて、大将の手を取って胸を触らせて、大将の好きにしてって言ってさ❗️
いたねぇ❗️あれも大将が警察に電話して、店で痴女が暴れているから逮捕してくれって(笑)
あの女、唖然として一気に酔いが醒めてたわよね❗️など…大将がいかに女に手を出さないかというネタが飛び交う。
大将は、聞いているのかいないのか…グラスでビールを飲みながら、つまみを作っている。
でも、紫乃ちゃんは、ちょっと違ったのよねぇ。
そう❗️だって、紫乃ちゃんが来る日って、ほぼほぼ決まってるじゃない❓時間帯も❗️
確かにあたしがめだかやに来るのは、遅出の前日の火曜日、午後休診の水曜日と週末の金曜日は、19時過ぎ、土曜日と日曜日は20時半。
だから、紫乃ちゃんが来る日のその時間帯は、必ずその紫乃ちゃんの席を空けてるのよ。
知らないお客さんが来て、その席に座ろうとすると、あちらの席へって移動させるのよね?
そうそう❗️まぁ常連は、もうわかってるからその席には座らないけどさ❗️
あたしはそんな話、知らなくて、思わずびっくりして大将を見たが、大将は顔色ひとつ変えずに魚を捌いている。
紫乃ちゃんが、来るだろうって日に来なくてさ、今夜は紫乃ちゃん来ないの?って聞くと、怒ったように知るか❗️って言って機嫌が悪いの❗️
あたしは嬉しいやら恥ずかしいやらで、どうにもならなかった。
紫乃ちゃんは紫乃ちゃんで、いつも大人しく静かに飲んで食べてるけど、もう、ずーーーーーっと大将に見惚れてるしさ❗️
たまに紫乃ちゃんって声をかけても、大将に夢中で全く気付かないかっていう(笑)
俺なんて紫乃ちゃんが、この店に来出した頃から知っているけど…もう2年ぐらいなるよね?元々綺麗な子だったけど、なんか日に日にどんどん綺麗になっていくしさ❗️
そう❗️肌艶もよくなって…髪型や服装も変わっていってね❗️
ネイルなんかもめっちゃ可愛い感じになってさ❗️
大将に、紫乃ちゃんは自分からは、イケない子なんだから、大将からちゃんと口説いてあげなきゃダメ‼️って。もう散々言ってたんだけど、腰が重くて重くて…。
でもついに、大将と紫乃ちゃんが出来上がったって、こんなめでたいことはないね‼️
紫乃ちゃん、おめでとう‼️と、この夜、何回乾杯したのかわからないぐらいだった(苦笑)
京平さんとあたしが付き合い出したという話は、千鳥町の中で、アッと言う間に広がった。
めだかやには、大将のことが好きだと公言していた常連客、スナックの子達やキャバ嬢達がその真意を確かめるために来店して、大将に詰め寄り、女ができたって噂は本当なの⁉️…と。
で、京平は、本当だ。の一言だけ。
女達は、ハァァァとため息をついて、やけ酒だぁ‼️と言って飲み明かして帰っていくというパターンが、数週間続いたらしい。
だからといってあたしは、変わらず早い時間にちょっと飲んでご飯を食べて帰るって言う毎日は変わらないが、週末の遅い時間に行くのを控えるようにした。
病院は土曜日が午前中の半日で終わるため、仕事が終わって帰宅して、化粧を直して着替えると、京平の家に行って、掃除や洗濯をして、店の掃除をする。
そして開店前に、京平と一緒に京平の作った晩御飯を食べて、一度家に帰って風呂や自分の家のことを終わらせてから、京平の家に戻り、まったり過ごしながら、店が終わるのを待つのだ。
でも、大抵、店を閉めるのは、2時、3時が当たり前、場合によっては、朝の6時、7時ごろまでお客さんがいることもあって、あたしは京平の布団で寝ていることがほとんどだ。
でも、京平は、店を閉めて、片付けをして、一階の浴室でシャワーを浴びて2階に上がって来ると、何時であろうとあたしをを抱いてくれた。
あたしの身体は、回数を重ねるたびに京平によって開発されていった。
あたしも京平に喜んでもらおうとネットで勉強して、京平に尽くした。
そして、そのまま昼前まで眠り、昼から起き出して、京平の仕入れに付き合い、開店と同時にめだかやで飲んで食べて、21時には店を出て帰って、月曜日からの仕事に備えるようにした。
ひとつあたしの中で心配だったのは、京平に女ができたことで、客足が減るのではないか?と言う不安があったけど、客足が落ちるこたはなかった。
そこはやっぱり京平の料理人としての腕と、一番はあの店、京平か持つ安心感なんだろうなぁと今更ながらに思う。
裏表がなく、正直で真っ直ぐなところに、皆が惹かれた集まってくる。
そんな人の側にいられることが、あたしの幸せだと痛感した。
京平の女にしてもらって3ヶ月ほど経った頃、ばぁばから連絡が入り、入院したとのこと。
京平に事情を話して、地元のばぁばが入院した病院に向かった。
癌だった。
肺癌…すでに他の臓器にも転移していて、手の施しようがなかった。
ばぁばの話しでは、ちょっと前から咳き込むことが多く、中々風邪が治らないなぁと思っていたそう…内科にも行って咳止めの薬をもらって飲んでいたが治らず…少し大きな病院に行って検査してもらったら…もう手遅れだった。
ばぁばは、あんた今どうしてるの?と聞くので、結婚はしてないけど、好きな男といると話すと、あんたなら間違った男を選んだりしないだろうから大丈夫だろうよ…と言ってくれた。
あの店と家は、人に買ってもらうようにしたから、売れた金であたしの骨を寺に預けておくれ…。
あんたの母親もどこで何をやってるか知らないが、あの子は男を見る目がないから、今もどこかで残念な暮らしをしていることだろうよ。
幸太もどこで何をしていることやら…。
あんただけは幸せになりなさい。
これがばぁばからの最後の言葉だった。
この2週間後、ばぁばは帰らぬ人となった。
店と家とその土地は、全部で600万円になった。
その内、150万円を使って、簡単な葬儀と小さなお墓を建てて、ばぁばを納骨した。
残りのお金は貯金した。
京平も一緒に墓参りをしてくれるなど、支えてくれた。
オカンにも連絡をしようとして居所を調べたが、住民票がある場所には、住んでいなかった。
幸太も行方知れずのままだ。
2人とも元気でいてくれればと思っていたが、2人とも最悪だった。
ばぁばの死から、2ヶ月ほどして、仕事から帰宅すると、アパートの前に男女2人が立っていた。
すると、警察手帳を出して、木月紫乃さんでよろしいでくか?と…あっ…はい…そうですが…何か?と応えると…木月幸太さん…弟さんで間違いありませんか?…エッ?幸太?はい。弟ですが、幸太が何か?
今、大阪で覚醒剤による麻薬取締法違反で逮捕されています。
エェェッ⁉️ハァァァ…なんて馬鹿なことを…。
最近、弟さんから何か連絡がありましたか?
いえ…もう弟とは、ずいぶんと…恐らく10年近く会っていません。
かなり前に東京でホストをしているらしいって話を、幸太の友達だった子とバッタリ会った時に聞いたぐらいで、それ以外のことは、何も…。
ちょっと前に祖母が亡くなりまして、その時に幸太の居所を探そうと住民票なんかを取り寄せて、手紙を送ったのですが、宛て所不明で返ってきたので、どこで何をしているのか?と心配はしておりました。
そうですか…。幸太君の場合、麻薬だけではなく、窃盗と傷害もあって…。
エッ⁉️
会社事務所に入って、金品を盗み、逃げる途中で、見つかった警備員に暴力を振るって、骨折等の怪我を負わせています。
何ということを…。
今回、お姉さんを訪ねたのは、弟さんとの接触の有無の確認と、場合によっては身元引受人としてお願いするかもしれません。
その際の協力をお願いしたいと思い参りました。
正直なところ、気乗りしませんが、その時の状況で決めたいと思います。
わかりました。今日のところはこれで失礼しますと言って帰っていった。
後日、幸太は、5年の実刑判決をもらった。
京平に付き添ってもらい、府中刑務所に面会に行くと、約10年ぶりに会う幸太は、全くの別人のようで、ものすごく太っていて、まだ二十代とは思えないほど老けていた。
あんた、本当に幸太なの?と聞いたぐらいだ。
姉貴は変わんねーな。
ガキの頃から思ってたけど、姉貴はやっぱいい女だよなぁ…俺の周りの奴らが、よく姉ちゃん紹介してくれよって言ってた。
はぁぁぁ…あんた身体?体調は大丈夫なの?
うーん。まぁ生きてるから大丈夫なんじゃねーかな(笑)
幸太、あんたオカンのこと知らない?
あぁ…いたな…そんな奴。
2年ぐらい前に一度会ったぜ。大阪で。
エッ⁉️ホント⁉️元気してた⁉️
会ったって言うか、見かけたって言った方が正しいかな。
多分、大阪の西成あたりでまだスナックだろうな…水商売で働いているよ。
そうなの…オカンはひとりだったの?
あの男好きがひとりなわけねーだろ。
なんか作業服着た、小汚いおっさんと腕組んでフラフラ歩いてたな…。
そっか…まぁちゃんと生きているならいいわ…。
姉貴は、まだ独身か?結婚したの?
まだ独身よ…でも、あたしはまともに社会人しているけどね。
誰にも迷惑をかけることなく…。
姉貴が一番賢かったもんなあ…やっは馬鹿は馬鹿のまんまだな(笑)
でも、姉貴だけは幸せになって欲しいな…
ひとりにしとくには、もったいねーよ。
生意気いうんじゃないよ。あたしにはちゃんといい人がいるから心配いらないよ。
ヘーーー。相手いるんだ❗️まぁいておかしくねぇよな。幸せなら良かった。
こうして無事に面会を終えた。
結論から言うと幸太は、この3年後、薬のやり過ぎにより、内蔵がかなりやられていたそうで、多臓器不全で32年間の短い人生を終えることになった。
そしてオカン…。
幸太の亡くなる半年ほど前、大阪府のある区役所の福祉課から郵便が届き、オカンの生活保護受給による通知と施設に入るための身元引受人になってもらいたい旨の手紙だった。
あたしは、この通知を頼りにオカンに会いに行った…すると、詳しくはわからなかったが、オカンは色々な男を渡り歩き、最後に一緒にいた男が借金苦で首吊り自殺をしていたのを発見し、その時点ですでに精神を病んでいたらしいが、その事件で、さらに気が触れたように常軌を逸脱した状態になって、精神科病棟に入院となったらしい。その際の身元引受人を区役所の福祉課が探す目的で照会して、あたしに辿り着いたということだった。
オカンは私のことを誰だか理解できていない様子だった。
下を向いてブツブツ、何か独り言のようにしゃべり、時折、男の名前だろう…名前を呟いて、死んでしまった…死んでしまった…と繰り返し呟いていた。
ばぁばが亡くなったことも話したが、聞いてはいなかった。
母親らしいことは何ひとつしてもらったわけではないが、それでもショックだった。
こうしたあたしの支えは京平だけだった。
京平と関係を持って半年近くが経った頃、京平が店と2階の居住スペースをリフォームしようと思う…と言い出した。
一階は、一階にあるシャワーだけの浴室を解体し、厨房スペースを広げて、もう少し使い勝手のいいものにしたい、トイレも少し広げて使いやすくしたい。2階の居住スペースは、奥の物置きみたいになっている部屋を改修して浴室とトイレを設けて、台所も広げたい…と。
エッ?それはいいと思うけど、急にどうしたの?とあたしが聞くと…。
おまえさえ良ければ、アパートからここに引っ越して来い。収納スペースも確保するから…と。
あたしは嬉しさのあまり涙が出た。
京平さん…嬉しい❗️
いいの⁉️ずっと…毎日、京平さんの側にあたしがいてもいいの⁉️
あぁ…と、ぼそっと一言だけ。
あたしは、京平に夢中だった。幸せだった。
ばぁばやオカン、弟の分まで幸せにならなきゃと思った。
めだかやが新装開店した。
一階の店舗部分の改修に約一ヶ月かかったため、一ヶ月ぶりの営業となった。
2階の居住スペースも合わせた改修費用は約2000万超。
京平は、おまえは出さなくていいと言ってくれていたが、あたしも一緒に暮らすようになるんだがら少しでもいいから負担させてとお願いして、400万円負担した。
過去の保険金やばぁば資産売却で得た預貯金のことは京平にも話していて、その一部を使ったのだ。
京平も退職金の残りがまだ1000万円ほど残っているし、京平は、以前上納金を得るためにやっていた株投資、先物取引、競艇などで財を成していて、1000万とは別に3000万円ほど蓄えていた。
外観は、昔ながらの趣を残しつつ、板塀の中に防音効果の高い断熱材を入れ、表の引戸も味のある和風なものに一新した。
内装は基本的に変わってはいないがカウンターの椅子をクッション性の高いものに変え、床下にはシロアリ対策を施し防腐剤を入れて、床板を張り替えた。
天井の照明も一新して、温かみのある明るさに変えた。
カウンターの中は、京平が使いやすいようにシンクや調理台の高さを変えて、火力を強くしたコンロや大型の業務用冷蔵庫、冷凍庫も一新。元々の浴室も食材を貯蓄できる法令庫を完備。調理器具や器の収納スペースも十分なものを備えてつけて、京平の希望通りの作りとなった。
トイレは全面改装して、明るく和モダンの味のある作りに変えた。
裏手の勝手口から店舗内への出入口、2階居住スペースへの階段、上り口の土間、靴箱、入ってすぐの部屋にダイニングキッチン、裏手奥にトイレと浴槽を完備。手前側の居間は、ダブルベッドやテレビ、ローテーブルなどを十分おける広さを確保した。
ダイニングキッチンの奥にウォーキンクローゼットを作り、収納スペースを確保した。
2階スペースも床や内壁に断熱材を入れ防音対策も施した。
天井も張り替え、照明器具、間接照明も一新して、和モダンで統一した居心地のいい居住スペースとなった。屋根には太陽光パネルを設置し、蓄電装置を入れた。
1階、2階、すべてのガラス窓を二重窓に変えて、エアコンも一新した。
2階スペースを改修する間、京平は店を閉めると紫乃の家に帰って、休んだ。
紫乃は、病院での勤務を正職からパートに替えてもらい、土日休みの週4日勤務にして、京平と過ごす時間を増やした。
新装開店しためだかやには、開店から多くの常連客が変わる変わる来店してくれた。
この日は、紫乃もカウンターの中で、洗い物をしたり、材料を切ったりと、京平をサポートした。
常連客からは、紫乃ちゃん、完全に女将さんだなと冷やかされた…が、正直なところめっちゃ嬉しかった。
マイペースで、仕事をして、めだかやで忙しい時に少しお手伝いをしつつ、京平の料理を食べ、お酒を飲んで、家事をしつつ、京平の世話を焼き、京平に奉仕し、京平に抱かれ、静かに慎ましく、2人の時間を大切し…季節の移り変わりを2人で感じつつ、穏やかに月日を重ねる。
京平と紫乃は互いの幸せを共有した。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?