幻辞苑より24項 / えもいえ

あもり‐ぎ 【天降り木】 (名)

 地に根を下ろし天に枝をのばす通常の木に対して、天に根を下ろし地に向かって枝をのばす木のこと。想像上の植物。民間伝承のなかでは、「雨にふりこまれた旅人が木陰に逃げ込み幹にもたれて休もうとする。だがどこにも幹が見つからない。よく見ると地面にまったくつながっていない天から生えてきた木だったのだ」という筋を基本として数多くの類話が存在する。
 眉唾な迷信として古くから知られており、「――ごと」で「ありえないこと」を意味する。また「――の根」は「ありえないこと」以上に「決して手に入らないもの」を意味し、竹取物語の原型となったと考えられる民話のなかでは、姫は蓬莱の玉の枝のかわりに――の根を要求している。宮廷に紹介される過程で、泥臭く鄙びた印象があり外見も(おそらく)ただの木の根である――の根から蓬莱の玉の枝に改変されたのは至極当然といえるだろう。
 この言葉を用いた諺としては「――を切り倒す」が有名。――の実在をかたくなに主張する田舎者に対し、ある人が「では――を切り倒したなら――は地面に向かって倒れるのか天に向かって倒れるのか」と尋ね、答えることができなかった、という故事に由来する。意味は「ありえない前提からはどんな答えも出てこない」。

い‐さから・う 【居逆らう】 (動)

 反抗しながらも反抗の対象となる人・場所のもとに居座りつづけることを意味する。他人の行為に対しこの言葉を用いる場合、多くは「嫌なら出て行け」という意味を言外にふくむ。ただし、自分の行為に対して用いるときは「反抗しながらもその場から逃げ出さず、踏みとどまって諫めつづける」という意味をもつ。
 近年、一部の人々が、「「いさかい」とはそもそも「――い」を語源としており、ここからも分かるように諍いは居を同じくするからこそ発生するのである」という語源説を流布しているが、結論はさておき、前提となる語源説がきわめて根拠の薄弱な俗説であることを一言しておきたい。

うん‐ぽ (名) 

 立派な糞のこと。とくに便器のなかでも形がくずれないで屹立する糞のこと。一部の業界では脱糞中の尻の穴にまだつながっている一本糞をとくにこの言葉で呼ぶ。
 「うん」はいきばる時の声に由来。「ぽ」は接尾語。
 類語の「うんこ」の場合、接尾語「こ」は「あんこ」や「ちんこ」のように固形物であることを示しているが、この言葉の「ぽ」は、「ちんぽ」の「ぽ」と同じく長く伸びているさまを示す「ぽ」で、稲穂の穂(ほ)に通じている。このように自然に稲穂のイメージが使われたところにも日本人のコメ信仰の根強さがうかがえるだろう。ちなみに「うんち」は人の糞を溜めておく場所の中国での呼称「吽置」に由来するという説があるが正確なところは不明である。
 類語に「うんぽこ」があるが、この言葉の「ぽこ」は「ちんぽこ」同様に矛(ほこ)に由来する。――よりも立派さのグレードの高い糞をさす言葉であるが、それよりも肛門に対する攻撃性の高い糞をさす場合の方が多い。

えご‐えご (副)

 もとは「肥え太ったさま」をしめす言葉。式亭三馬の『浮世風呂』のなかにも「大きな腹だよのう。われながらなぜこんなに―するだらう」との一節がある。とくに肥え太った人が動くときに体がゆれたりする様をあらわす擬態語である。
 現代では「自我が肥大したさま」をしめす言葉として通用しており、とくにそのような人が行動するときに生まれる軋轢をあらわす擬態語である。「私」を意味するラテン語「ego」との語感の類似によって生まれた新しい意味と考えられる。

おどろ‐おと (名)

 正体の不明なおどろおどろしい音のこと。実際には風の音であったり鳥のさえずりであったり人の発する奇声であったとしても、正体が不明で聞いたものに不気味さを感じさせる音の総称。
 日本のオカルト研究家の間でアポカリプティック・サウンドや宇宙人からの交信音、UMAの鳴き声などを総称して用いられる言葉「未確認驚愕音声(unidentified terrifying sound。略して「UTS(ユーツ)」)」とほとんど同じ意味内容をもっていると言えよう。なお、このUTSという言葉は、UMAと同じく和製英語であり、海外ではあまり使われていない(UMAは英語では普通cryptidと呼ばれている)。UTSに相当する言葉は英語ではsonic wonderがある。

かれ‐むし 【枯虫/枯蟲】 (名)

 とくに屋内で部屋の隅や窓のサッシなどに転がっている虫の死骸のこと。からからに乾燥している様が枯葉を連想させることからこのように呼ばれる。

くら‐がり 【暗がり/闇がり】 (名)

 暗いところ、人目につかないところをさすとともに、「暑がり」や「寒がり」のように普通の人より暗さに敏感な人間のことをさす。
 また、現代の俗語ではすぐに「みんな暗いよ~」とかいって場を盛り上げようとするタイプの人間をさす言葉でもある。

こなか‐み・る 【木中見る】 (動)

 もとは木を切らずにその材質、病気の有無を見極めることを意味した。転じて、木石のように感情のよく見えない人間の感情を把握することを意味する。
 「――える」と自動詞化した場合、無表情にも関わらずなぜか感情が他人にも伝わってしまう状態をさす。

さだめし‐ぐらい 【定飯食らい/定飯喰らい】 (名)

 「定めし~だろう」と推量で何かをいうことを仕事にして生計を立てている人のこと。侮蔑の意味合いを多分に含んでいる。
 もとは「いつも定食を注文する客のこと」を意味したという説はまったくの虚偽である。

ぞうご‐ばやし 【雑語囃子】 (名)

 人々が無秩序に発する言葉のざわめきのこと。また、その音楽的側面。

ぞぽぴばし・い (形)

 ある言葉が意味のない音の羅列のように感じられるさま。意味のない音の羅列をあらわしていると思われる「ぞぽぴば」の由来は明らかではない。
 
たそわれ‐なき  【たそわれ泣き】 (名)

 乳幼児の夜泣き。とくに生後六ヶ月ごろからはじまる夜泣きのこと。
 似た言葉に「黄昏泣き」という言葉があるが、これは生後二~四週間からはじまり生後三ヶ月ごろにピークを迎える、乳児が夕方ごろに突然泣き出す現象(いわゆる「三ヶ月コリック」)をとくに意味する。黄昏泣きは、日中にあびた情報のあまりの多さに耐えきれなくなって一日の終わりごろに泣き出してしまう現象であるとしばしば説明され、ピークを迎えてしばらくすると自然に消失する。
 ――はこの黄昏泣き以降の夜泣きの第二波(たいてい生後六ヶ月ごろから)ないし第n波をさす言葉である。なぜ――が生じるかについては諸説あるが、この言葉はその原因を「自分が誰なのか分からないから」あるいは「自分が存在するということのあまりの謎に耐えきれないから」に求めている。「たそわれ」、つまり「誰そ吾」という心情から乳幼児は夜泣きする、という説をこの言葉は含意している。

つきっ‐つら 【月っ面】 (名)

 月面のようにでこぼことした顔面のこと。また、ブサイク。アポロ十一号の月面着陸(一九六九年)以降に広まった俗語。「――に蜂」は「ブサイクがひどい目にあう」ということを意味する諺。
 なお、同様の発想から生まれた罵倒文句に「顔に星条旗でも立ててもらえよ」というものがある。これはアポロ十一号の月面着陸のイメージを借りるとともに米国の先進的な美容整形技術が必要なのではないかという含意がこもっている。

て‐くびり 【手縊り】 (名)

 手ないし腕をつよく握るか縛るかすることで血流を止めること。またそれを手が壊死するまでつづける刑罰、拷問のこと。

とき‐の‐すな 【時砂】 (名)

 屋内にたまった塵・埃の雅な呼び方。何もないところでも時間がたつと自然に堆積することからこのように呼ばれるようになった。また俗に預金から発生する利子のこと。

なつ‐はて 【夏果て】 (名)

 夏が終わること。また、夏の終わりごろの時季のこと。夏の季語。「――ぬ」や「――て」と動詞として用いた句も存在するが、この場合は「夏が終ってしまった」情緒をあらわしているので秋の季語として扱う。
 昭和30年代頃から「夏バテ」という言葉が普及したため、通じにくくなってしまったかなしい言葉。
 ただし、二〇〇〇年に「ナツハテ」という美少女ゲームが発表され一部で大好評を博したため、「オタクならかならず知っている古語」として知られていた時代も存在した。

ね‐とび 【寝飛び/寝跳び】 (名)

 少し寝ただけのつもりなのに意想外に長い時間がたっていること。また、起きたあとに記憶を思い返して寝ている間の時間が存在しなかったように感じられること。「――する」というかたちで動詞として用いられることが多い。

ぬい‐ぐる・む 【縫い包む】 (動)

 ある対象・人物をマスコット化・キャラクター化すること。「ぬいぐるみ」の動詞化。「――んで説明する」で、何かを説明する際に擬人化して分かりやすくすることを意味する。

ひめ‐ざめ‐つ・く 【秘め冷め付く/秘め醒め付く】 (動)

 場が盛り上がっているときに誰にも言えないが一人だけ急に興奮がさめてしまうこと。類語に「ひめざめごと」。
 派生表現に「ひめざめ笑い」、「ひめざめ踊り」、「ひめざめ音頭」、「ひめざめ大行進」などがある。これらは一人だけ興奮がさめてしまったにもかかわらず場に合わせて笑ったり踊ったり音頭に合わせて歌ったり大行進したりするさまをそれぞれ意味している。

ひやかし・い 【冷やかしい】 (形)

 「ひやかし」という名詞が大した興味もないのに目を遣る態度・人物をさすのに対し、この形容詞は主に商品・対象を修飾し、何となく目が向いてしまうが何の感慨も湧かないありさまを指し示す言葉である。
 「――い品々に眼を泳がせる」「――いネット広告に画面を占領された」という具合に用いられる。
 「――い町並み」「――い空」「今年の桜は――い」のように景色や自然物に対して用いる用例もある。

まな‐づち 【眼槌】 (名)

 槌で打つように強い視線のこと。「――を打つ」、「――を入れる」など様々な派生表現がある。強い怨み、憎しみの視線で人を殺すことを「――殺す」と言い、これは世界各地で見られる邪視(evil eye)の俗信の日本における例といえるだろう。
 また、人から強い視線をうけたあとにのこる違和感、不快感のことを「まなくぎ(眼釘)がささっている」と表現することもある。

み‐たれ 【実垂れ】 (名)

 臆病心から保身のためにおこなったことがかえって事態を悪化させること。また、そのような不器用さ、ないしそのように不器用な人間。
 「へたれ」が臆病心により本当にしたいことができないことだとすれば、「――」は臆病心により本当にしたいことの代わりに行ったことが保身の役割さえ果たせずに逆に事態を悪化させることを意味しているといえる。また、相手をはばかって選んだ表現がかえって相手の怒りを買うことをとくにさすこともある。

み‐まが 【見紛】 (名)

 何かを見間違えること。「見紛う」の名詞化。類語に「みまがい」。
 「視禍」と文字を当てて妖怪化されることもある。この妖怪はあらゆるものに擬態できるが、その際のわずかな違和感のために見た人間に何らかの見間違いを起こさせるという。たとえば道端の紙袋を猫と見間違えたなら、その本当の正体は猫でも紙袋でもなく妖怪「視禍」である。一部の地域では何かを別の何かに見間違えた場合、そのことに気付いたならすぐに目をそらし、もう一度見なくてはならないとしても時間をおかなくてはならないとされている。なぜなら、見つづけることで万が一見間違えたものでも見間違えられたものでもない「視禍」そのものを「視て」しまった場合おそろしい「禍事」に見舞われるからである。「禍事」の内容については諸説あり定まっていない。

わくら‐まくら 【病枕】 (名)

 病人の使った枕、また使っている枕のこと。語源は「別くら枕」とされ、健康時の枕と病気静養中の枕をわけて用いる習慣から生まれた言葉である。――を健康な人が使うと病気がうつる、あるいはぶりかえすという俗信はその名残。