青葉の繁るその木々に / 岩倉文也

捻じれたままの記憶が
ねじれたままの
ぼくを流れている川のように
夜のあたたかな風が
ぼくを包むぼくの耳朶を 
なつかしいと告げるよりも
愛していたと告げたかった
ひとつひとつ
ぼくは変わりゆく足跡のように
また夏になって
長い間
会うことはできなくて
それは永遠にほど
近い渚
なぎさから帰ってくる
のは谺
言霊のように鳥が
飛んでくるきっと夕陽が
沈むころには
ぼくが真剣に生きようとする
孤独な
こどくな戦いをたたかっている時
波がひろがる
なみがふくらむ

なみだがこぼされた紙へ
ひと
しずく
こぼされた
文字がかすかに滲んで
その名をもう告げることができない
呼びかけることができない
だれがここに残ろうと
風景はモノクロのままで
差し伸べた手が
触れるのは飛沫ばかりで
影のように生きて
かげのように
哀しみが固まってゆく
かなしみは雪片となって
限りなく降り注ぐ
ふりそそぐ先から
手のひらに
ふれて
溶けて
ぼくが
見上げたときには
雲ひとつない空がそこにはある
だけ
だから
立ち止まることができないとぼくは言うのだ
それが許されているのは死んだ者と
死んだ者が抱いていた
夢の結末
ぼくは欠けたままでいい
足りないままでいい
いま空は曇りから青へ
鳥は黒いまま白に染まり
ぼくはいつだって朝が好きだ
いなくなった人もきっと後悔はしていないと
信じられる
七月だ今はそうして
さようなら
これほど無意味なことばもないが
さようなら
捻じれたままの記憶が
幹になる枝になる梢になる
青葉の繁るその木々に
蟬が鳴いている
それだけでよかった
なにもかも消えてしまって
夏が来たことを
ぼくはこどものように喜んでいる