無題 / 大川啓

草を持った少女の傍らで
白い蝶が一匹
香水のようにゆれていた
私はそれを見つめていた
じっと見つめていた
私以外に誰もいない
私以外に そんなものを見つめるものは誰もいない
そのように私は願っていたかっただけだ
目を閉じても無声映画は進行を続ける
そのような寛ぎを私は感じていたかっただけだ
ここは広い場所
広い清潔な場所
蝶や少女は美しくも醜くもなく
だから私はすっかり安心していた
今日の後ろにおびただしい死があり
今日の前にもおびただしい死があるだろう
そのように私は言ってみた
言ってみただけだ
いつの間にか両手を固く握っていた
そっと開いたら
そしたらもう することがなかった