スケッチ / 鯨野 九
*
いじきたない耳が
海にまで繋がって
魂をよぎる列車の
轟音が聴こえない
*
幸福に慣れきった人々の寝息が、私を夜に標本する。
*
昼下がりの列車に乗っている
もっと懐かしいステーションに
まどろみと静謐のあわいにあるどこかに
辿りつける錯覚にとり憑かれて
まばゆい列車に乗り続けている
(あかるい光は
網膜をすすいでも忘れられない気がして
いつからだろう目をそらした)
昼下がりの列車に乗っている
凪いだ日々に眠ったふりをする
でも てのひらには
終点まで清算された血がすでに
陽炎のように匂いたちながら
いつまでもいつまでもこぼれ落ちてゆく
*
寂しさを
月へ放り投げる方法を
ずっと捜していた
*
胸をふさいでも満ちてくる
ただとても悲しい予感がする
さよならの拍子に胸が鳴る
くるぶしが疼く
もうどんなふうに歩いても
悲しい踊りしかなぞれない
*
いじきたない海を
耳にまで繋がせて
魂を絶やす潮騒の
轟音ばかり欲しい
(私は
かたちを間違えた海だから
いつか塩の柱になれると思う)
あてどない私の魂は
どこまで届くだろう
漁り火のために
いつかかき消すために
*
轢死体はまだ私の声で「痛くて苦しいよ」とさざめく。