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「元気?」と(注釈) / 橋木正午
仕方ないからすべてを望もう
ろくでもない色をした靴下の底から
だだをこねる君が引きずり出され
日の光の奥に目を細めること
(季節なんて関係ないかもしれない)
朝食のスープにうんざりして
外の音ばかり聴いている
そのうちなぜだか微笑みが産まれ
膨らんでちいさな幸せになること
(胃から戻したブル・ショットのような味)
そして身をもたつかせて
すべるように、また踊るように駆けていって
遠くまで、ど
散歩 / すこやかありさちゃん
夜の病院から
目的地もなく歩く
とぼとぼ歩く
街灯に照らされた木
赤の枯葉が ひらりと舞う
それを 目でゆっくり追って
地面に落ちた枯葉を
バリッと踏み潰す
秋の突き刺す寒さが
ぼくの心も容赦なく突き刺す
寒い
病気がどうとか
この先がどうとか
アイツがどうとか
なんだか知らねって感じ
煙草を吸って
カルピスを飲んで
道端にゲロを吐いた
なんて悔しい人生なんだ
鼻水と涙にまみれて
ウ / ひのはらみめい
練馬区で中古のセダンが
大きなウシガエルを轢き殺した
財布に入れていたはずの落ち葉がどうしても見つからずに交番に行っている間に
事件は起きた
ウシガエルは山田くんのもので
患った肝臓から代謝できなかった暗い過去がこぼれ出ていたのですぐにわかった
名前がついていたはずだが
どんな名前だったかは覚えていない
山田くんは結婚してインドに行ってしまい
ウシガエルだけが練馬区で一人暮らしをしていたから
せい
おはようまぶた / 水槽
重い瞼をひらくと
外は雨
部屋に漂う
蛍光色の蝿を
詩となづけて以来
、
とにかくおはよう。
外は雨。
おもいだすね。
蝙蝠傘の下で
逆さに降らせたすべての雨が
あのくそうつくしい空を打ち鳴らして…
それは
ちょっと大袈裟だけど
また雨が降る。
そんな雨が降る。
たった一度のかすり傷、
洗い流せる雨を待つ。
ムードゥ / 煩先生
挨の大憲で
逃毀を捺して
告の葉層で
矢視を隠した
礼器の聘で
粃糠を理して
小祠の蜜で
銘仙を節した
戴の愛見で
嘔気を賭して
浴の香草で
嫁資を約した
兵棋の癘で
里堠を比して
妙詩の湿で
精銭を滅した
ぼくの宿敵 / 岩倉文也
上ばかり向いていると魂が轢かれる
引き摺られる
飛行機
に
拉致された夢が
また
ゆめみてるくずおれた塔を
遠目に
ぼくの来歴は透かされた影になる
から
虚ろをさまよい歩く
在処
を
探している
沼に足を突っ込み
こみ上げてくる嘔吐感を堪えながら
降り
雪がふり
振り向けば
真っ白な意志を返して欲しいと叫ぶ
んだよぼくは
まだ
豆粒のようになって
見下ろされてんだ
鷹の目
高みに立った鴉の
残酷
モーゼ / 鯨野 九
何千メートルの山頂に立つより
あなたが
絞首しようとして登る椅子に
登る一足だって辛いんだ
くしゃくしゃ煙草を呑む
あなたが
自分に火をつけようとする震えが
マントルの炎を凌駕する
死なないでくれって
無責任だろ
最も強固な断崖で
生きようよと無責任に呼ぶ
好きなんかじゃ溺れる海
わたしが
いなくなっても
あなたを
おぼえていたい
林檎を咬みしだいて
青空に吸い込まれそうになって
裸を恥
誰かを待った / 象徴
海が波の繰り返しからできているように、私もまた、単純な反復からできている。寄せては返す波のなかで、どの波を憶えていられただろうか。それは目にうつる色彩の一つ一つもそうで、綴った言葉の一つ一つも、匂いも、温度も、声も。どれも汲み尽くすことはできない。いくつもの波を忘れ、そして思い出してきた。海を見るたびに、遠い過去に忘れたものを思い出している。だから海は遠い。目の前にあるものすべてが遠く、そして最も
もっとみる機械仕掛けの国/深井一
29年前のある冬の日
わたしはこの機械仕掛けの国にやってきた
晴れた夕方の入国だったと伝え聞いているが
当時のわたしは感官の時空的形式に無知であり
記憶を残すことには失敗している
見知らぬ世界で右も左もわからないわたしは
一組の男女のもとに身を寄せて
この国の道理を学ぶことになった
機械仕掛けの道理を、つまり
のちに父母と呼ぶことになる件の男女や
その他の人間たち、馴染みの野良猫
照りつける日差