遅咲き棋士のリストラ回避録【連続お仕事小説】その5
対局場のある日本囲碁機関(キカン)に向かう電車の車窓から外を見ると雨が降り出した。
ふと前の8人席を見ると全員がスマホを操作している。
SNSに興じる者、アプリゲームに没頭する者、仕事に追われる者…
こうして見ると囲碁は時代にそぐわないかもしれない。
派手なグラフィックもない、個性的なキャラクターも出ない、そして何よりルールが分かりにくいという声をよく耳にする。
それでも粘り強く、手法を変えながら囲碁の普及をしていかないと遅かれ早かれプロ棋士という職種は消滅するのでは…と思ってしまう。
棋星は囲碁3大タイトルの1つで、8人の総当たりによる挑戦者決定リーグで優勝すると現・棋星と7番勝負を行い、先に4勝した方がタイトルホルダーになる。賞金は3,500万円で他のどの棋戦より多いという魅力がある。
ただ賞金に関しては5,000万円が4,000万円に減り、3年前から今の金額になった。棋星戦はまだ良い方で、棋星と並んで歴史あるタイトル戦は予算削減でリーグ戦が廃止されトーナメント制となり、賞金も一気に2,000万円も減ってしまった。ちなみに棋星戦リーグの下位3名は陥落し、俺のように予選を勝ち抜いた者とリーグ入りをかけて最終予選に回ることとなる。今日はその最終予選の決勝だ。
キカンの最寄り駅に着くと雨脚は強まっていた。
「スーツじゃ無ければマシなんだけどな…」
対局はスーツと決まっている。弟の翔の会社はスーパークールビズを導入し半袖七分ズボンで出社する人もいるらしい。
傘を差して対局場までの道のりを歩くが、プロの卵時代から通った道とも今日の対局に負ければ二度と歩めなくなる。そう思うと足が震えそうだ。
余計な事は考えず角を曲がろうとする。キカンは角を曲がった坂の途中にある。その時、馴染みのある奴から声をかけられた。
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