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遅咲き棋士のリストラ回避録【連続お仕事小説】その6

「待ってたぞ ゆうめいじん」と声をかけてきたのは同期の高村 たかむらだった。
「珍しいな…出迎えなんて」やや面喰い気味に言う。
「半分は理事会の仕事だ。引退勧告をした棋士の中で、回避できる可能性があるのは りつだけだからな」いつもは日本囲碁機関の正面玄関から対局場に入るが、裏口に誘導された。
「表玄関は囲碁関係以外の報道陣も葎 目当てで詰めかけている」
「知らぬ間に時の人か…何だかVIP待遇だな」
「今日勝てばまたいつも通りさ」
こうしたやり取りも今日で負ければ引退である。
「だと良いけどな。ほらスマホ預かれ」
AIの普及もあり、対局場にはスマートフォンや電子機器類を持ち込めない。
韓国でAIの不正利用がされ大問題になり日本でも規約が変更されたのだ。
「了解だ。月並みだが応援してる…。ほら、弟の しょう君からも『頑張れ』ってSNSが来てるぞ」

対局場に入り下座に座ると同時に対戦相手の下川九段が入室した。
ベテラン棋士で棋星 きせいタイトルも1期だけだが取得した実績がある。昨年久々に棋星リーグに入ったが1勝もできずに陥落し、再びリーグ入りを賭け最終予選に回ったのだ。
握って(黒白どちらを持つかを決める)俺が白番になり、黒の下川しもかわ九段が初手を打って対局が始まった。
勝てばリーグ入りで昇段し天国、負ければ引退が決まる運命の1局。
長いながい1日の始まりである。

その7へ続く

この物語はフィクションです。各話のリンク先はその1に掲載しています。

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