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各国サイバー能力について(3)(IISSの記事)

本記事は、各国サイバー能力について(2)(IISSの記事)の続編である。前回までの記事は、以下のリンクを参照。

1.報告書の内容(3)について
  今回は、イスラエルの評価を見ていく。

  ① 戦略及び方針
    イスラエルは2000年ごろからサイバー空間を新たな国家安全保障上の新興の脅威領域であると認識し始めており、2002年には重要情報インフラ保護専門の部署を創設した。2010年11月にネタニヤフ首相は、サイバーセキュリティで世界のトップとなるための国家戦略を策定する特別チームの編成を指示し、全ての政策を調整する新たなサイバーセキュリティ組織の創設が提言されることになった。
    2017年に発表された国家サイバーセキュリティ戦略は、イスラエルが「サイバー空間を経済成長、社会福祉、国家安全保障の原動力として強化する、リーダー国となる。」という構想を提示している。
サイバー空間の民間利用に関しては比較的透明性があるが、軍事利用に関しては公開されている情報がほとんどない。例えば、2012年にイスラエル軍(IDF)は、サイバー兵器を準備し、活用することができると発表したが、その条件及び兵器の性質については公表されていない。

 ② ガバナンス、統制
   イスラエルのサイバー空間政策の形成は内閣が主導し、政府、民間及び学会及び民間団体間における複数の利害関係者との調整システムが補完する体制となっている。2010年までに、サイバー上の脅威へのイスラエルの認識が変化し、イスラエル総保安庁だけでは十分に対応できず、協調した国家防衛活動への解決策が必要であるという認識が形成された。
    数々の取組の後、2018年にイスラエル国家サイバー庁(INCD)が成立し、国家規模のサイバーセキュリティを担うことになった。(サイバー攻撃作戦は、軍やインテリジェンス機関の担当となっている。)
    イスラエル軍(IDF)においては、インテリジェンス局で最大の第8200部隊と参謀本部のC4I(指揮・統制・通信・コンピューター)及びサイバー防衛局がサイバーに関する権限を有している。

 ③ 中核的サイバーインテリジェンス能力
   サイバーインテリジェンス能力の開発は、ネタニヤフ首相の任期中(2009年から2021年6月)の最優先事項であった。この動きは、参謀本部諜報局(よくヘブライ語の略称でAmanと呼ばれる)第8200部隊が中心になっており、このことは2008年から2010年にかけてイランのウラン濃縮事業に対して使用した、スタックスネットを開発した功績に現れている。
   他の大きな2つのインテリジェンス組織であるイスラエル諜報特務庁(モサド)及びイスラエル総保安庁は、自組織もしくは第8200部隊のサイバー能力を活用し、2000以上のテロ攻撃を防止しているとされている。
   イスラエルのインテリジェンス機関は、地域で圧倒的な力を持っているが、中東という不安定な地域に位置していることから、地政学的に資源を周辺国に割かざるを得ず、他の地域におけるインテリジェンスは他国との連携に依拠している。

 ④ サイバー能力及び依存性
   イスラエルは10年以上に渡り、政府、学界及び産業を組み込んだ固有のサイバー生態系を構築してきた。サイバークライムマガジン誌における、毎年度のサイバーセキュリティトップ500企業調査によると、2018年には42ものイスラエル企業がリストに入っており、アメリカ(354企業)に次ぐ2位となっている。またイスラエルの企業は、2020年にサイバーセキュリティ企業に対する世界のベンチャーキャピタル投資の37%を受けている。
   イスラエルのサイバー産業の明確な特徴は、イスラエル軍(IDF)の第8200部隊との緊密な関係性である。部隊内の技術部門である第81部隊は、職員のための最新技術に関する組織内の調査研究に注力しており、官民のリボルビングドアでイノベーションの創出に貢献している。
   教育事業では軍によるスカウト制度に類似したシステムや、貧困地域における才能あるプログラマーやハッカーを放課後に訓練するマグシミムなどがある。
人工知能(AI)研究においては、イスラエルは良い成績を収めており、ドローンの開発や旺盛なスタートアップ企業などに現れている。

⑤ サイバーセキュリティ及び強靭性
  イスラエルは地政学的及びイデオロギー的な理由から、サイバー攻撃の標的となっており、INCD長官は「サイバーの冬」が到来していると警告しているほどである。
  国家の重要インフラを担う民間企業及び経営者を指導し、サイバー攻撃に対して自己のシステムを防衛するのに必要な知識の獲得を支援しており、定期的にガイドラインや推奨事項を発表している。
イスラエルのサイバー防衛作戦における他の重要な要素は、サイバー緊急事態対応チームであり、その職務には民間部門もしくは政府部門であるかに関わらず、INCDと国内企業間の24時間体制での報告体制の維持管理がある。

  ⑥ サイバー空間における世界的リーダーシップ
    イスラエルはサイバー外交に積極的であり、国連政府専門家会合におけるサイバー空間の自主的な規範策定への参画である。また数多くの二国間のサイバー強力協定に署名しており、日本、インド、クロアチア、ルーマニア、オーストラリア、ギリシャなどと締結している。その他、世界中の民間組織との協力関係及び知識の共有にも取り組んでおり、セミナーやフォーラムなども開催している。
    イスラエル軍はアメリカ軍と軍事サイバー協力事業を実施している。新しい関係の構築や既存の関係性の改善など、サイバー上の重要問題について具体的かつ実践的な進展を為すことに重きを置いている。

  ⑦ 攻撃的サイバー能力
    イスラエルは攻撃的サイバー能力の開発もしくは活用について詳細な情報を公表しておらず、サイバーインテリジェンスに至っては全くない。
しかし、2010年にスタックスネットマルウェアが明るみに出たことにより、イスラエルの攻撃的サイバー能力について大いに知られるところとなった。アメリカ(国家安全保障局)及びイスラエル(第8200部隊)の協力により作られたスタックスネットは、イランのウラン濃縮遠心分離装置の制御及びデータ取得(SCADA)を標的とするよう設計されたとされ、現在もイランの国家重要インフラを機能不全にする能力を開発し続けているとされる。
 全体として、イスラエルは高度な攻撃的サイバーツールと共に先端的サイバーインテリジェンス能力を開発し続けており、攻撃的サイバー能力は重要な国際パートナー国、特にアメリカとの緊密な協力により強化されている。

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