ウクライナ情勢第25報(戦争研究所の記事)
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今回は、戦争研究所が発表しているウクライナ情勢第25報について紹介する。内容は4月22日から5月4日を総括したものである。ロシア側の作戦変更や苦戦などが報じられて久しいが、外交や経済の方に大きな動きがあったと思われる。今回は主にこういった点に着目していただければと思う。
↓リンク先(UKRAINE CONFLICT UPDATE 25)
https://www.understandingwar.org/backgrounder/ukraine-invasion-update-25
1.概要
今回発表したウクライナ情勢第25報は、4月22日から5月4日の重要な政治的事項、公表された情報について取り扱っている。概要については以下の通り。
・ロシアは占領した地域における、政府機能構築、経済体制樹立、情報統制を推進している。これは、ロシアによる代理国家樹立もしくは併合を推進する動きである。
・ロシアによる「独立住民投票」の動きのため、ウクライナは今後数週間に渡り停戦交渉を停止する可能性が高い。
・ロシア軍は、ドンバス地域での優位を確立するため、化学兵器を使用することを検討している。
・ロシア軍による沿ドニエストル共和国での偽旗作戦及びオデッサでのミサイル攻撃は、戦争の激化にはなりそうにない。これはウクライナ軍が東部戦線に戦力を集中しないようにするための作戦であろう。
・ロシア政府は、ロシア政府高官への統制と監視を強めようとしている。
・ロシア政府は国内経済に自信を見せているが、ロシア中央銀行の報告によると、ロシア経済の2022年のGDPは、8~10%低下する見通しである。
・ロシア政府は、ポーランドとブルガリアへのガス供給を停止し、ドイツ、イタリアをはじめとしたヨーロッパ諸国を脅迫し、経済にテコ入れしようとしている。
・NATOとEUは、ウクライナに軍事支援を継続しており、スウェーデンやフィンランドがNATO加盟を検討している。
・ロシア政府による反ユダヤ主義的発言により、イスラエルが反発を強めている。
2.重要項目
① ロシアの占領政策
・ロシア軍は、占領地の通貨をルーブルに移行し始めている。(ドネツク人民共和国とルガンスク人民共和国は、2015年からルーブルを使い始めている。)ロシア軍は、虚偽の独立住民投票を実施しようとしており、地方政府を弾圧し、占領地における情報統制や文化の規制を強めている。
・ヘルソンでは、フリヴニャからルーブルへの移行を5月1日からの4か月で実現しようとしている。ロシアの報道機関は、メリトポリやヴォルノヴァーハの商店は、5月1日からルーブルへ移行していると報じた。ウクライナ国防情報局によると、ハリコフでのルーブル移行を推進しており、現地住民にロシア産の商品を購入するよう推奨しているとされている。ムラドフ クリミア共和国常任代表は、過去にフリヴニャからルーブルへの移行を完了していると発表した。
・4月22日にゼレンスキー大統領は、ロシア軍が南部ウクライナ人の個人情報を収集し、虚偽の住民投票を実施しようとしていると警告した。ウクライナ南部軍は、ロシア軍がヘルソンやムィコラーイウ州住民の個人情報を収集し、虚偽の住民投票を実施しようとしていると発表した。同様の計画は、ザポリージャやオデッサでも進行中であるとされている。カーペンター欧州安全保障協力機構大使は、ロシアがドネツク人民共和国及びルガンスク人民共和国を5月中旬までに編入しようとしており、ヘルソンでも同様の計画を進める可能性があると指摘した。
・4月26日にヘルソン市長が、ロシア軍による新たな市長や知事の任命について発表した。プシーリン ドネツク人民共和国元首は、自由化された地域の住民にパスポートを発行する予定を発表した。またマリウポリや他の占領地域についても、支配を進めていくと述べている。
・ヘルソン及びザポリージャでは、ロシア軍によりインターネットが遮断されており、光ケーブルも切断されている。ウクライナ国防情報局は、ロシア軍がハリコフ州で電話やインターネットの情報を統制するための装置を導入しようとしていると発表した。また占領地域と他の地域との交流を遮断しようとしており、マリウポリの学校は閉鎖され、ロシア語教育が強制されようとしている。
② ロシアの情報工作
・ナルイシキンSVR長官は、NATOが西ウクライナを侵攻するための「治安維持軍」を組織し、ポーランドに編入しようとしているという情報を拡散している。しかしSVRは、ウクライナ侵攻後のインテリジェンス作戦の失敗により冷遇されてきたが、ナルイシキンSVR長官が再度露出してきたという事実は、ウクライナ編入を正当化するための情報作戦展開への移行を示している。
・新ロシアのジュラフコ氏は、南部ウクライナは歴史的にロシアに近しく、ウクライナ側に戻ることはないと主張した。またヘルソン、ムィコラーイウ、オデッサもウクライナから分離し、ロシアへと併合されることになるだろうとも述べている。ヴォロディン ロシア議長は、ヘルソンはその周辺地域は分離独立を志向しており、西ウクライナの住民はハンガリーやポーランド国籍を求めていると述べた。ロシアに亡命したキヴァ元ウクライナ国会議員は、親西側のウクライナ人がリヴィウを首都とし、ポーランドに編入する住民投票を行うだろうと主張している。ザハロワ報道官は、ウクライナ住民の選択の正当性と自由、民族自決権を尊重するべきであると述べた。またダニロフ ウクライナ国家安全防衛会議議長が、ハンガリーによる西部ウクライナの編入について言及したと、ロシアメディアが報じた。ハンガリー駐ウクライナ大使館はこの情報に反論し、ダニロフの発言を否定した。
・ポリャンスキー国連政府代表部第一副代表は、シリアの人権団体であるホワイトヘルメット(ロシアが情報工作の対象としている団体)が、ウクライナ国内に入り、ロシアによる化学兵器使用について偽情報を拡散しようとしていると語った。その他、大量破壊兵器の使用も予想されると述べている。今後、シリア内戦における化学兵器使用の時と同様、ロシア側が化学兵器を使用し、その罪をウクライナ軍に擦り付けるといった工作が予測される。
・ロシア軍の放射能、化学・生物兵器防御部隊長のキリロフは、4月21日にロシア軍が、ウクライナ軍からドローンによる化学兵器攻撃を受けたと虚偽の発表をした。またアメリカが、ロシア軍による化学兵器・戦術核使用のプロパガンダを拡散しようとしているとも語った。
・ロシアメディアは、ウクライナ軍が原子力発電所で事故を発生させ、アメリカが支援する生物兵器研究所が新しい兵器を開発していると繰り返し報道している。5月3日に国会調査委員会のバストリキン委員長は、アメリカが生物兵器研究所のため、2005年から総額2億2500万ドルを支援していると偽情報を拡散している。またミジンツェブ 国家防衛管理センター長は、ムィコラーイウ近辺の村でロシア軍が虐殺しているというプロパガンダ用の動画を用意していると発表した。
・ザハロワ報道官は、西側諸国が戦争を悪化させていると批判した。プーチン大統領は、アメリカと同盟国が、ロシア社会を分断しようとしていると発言した。ラブロフ外相は、NATOがウクライナで代理戦争をしかけており、第三次世界大戦の危険性が高まっていると述べた。ロシアはこれからも国民向けのプロパガンダとして、ウクライナ戦争をNATOとの戦争として喧伝し続けるだろう。
・イワノフ副外相は、ウクライナ戦争を世界の勢力均衡を再構築するための戦争であると主張し始めた。アントノフ ロシア駐アメリカ大使は、アメリカとの関係を安定的なものにしたいと述べている。ラブロフ外相は、西側諸国がウクライナとロシアとの敵対を扇動し、ウクライナ東部の問題を武力で解決させようとしていると発言した。更に、ロシアはNATOとの戦争だとは認識していないとも述べた。(これは他の高官の発言と矛盾している。)その他、ロシアは核兵器で脅迫することはしないが、NATOとの戦争になれば、核戦争の危険性が増大することになるとも主張した。西側諸国はロシアとの分断、善悪対立といった図式を維持するため、核兵器や生物兵器のプロパガンダを実施していると述べた。
・ザハロワ報道官は、西側諸国による軍事支援のため、ウクライナが攻勢に 出ていると批判し、これ以上の軍事支援はロシア側の激しい報復につながると述べた。ロシアのテレビはロンドン、ベルリン、パリが射程に入るミサイルの映像を公開し、抑止を試みようとしている。
・ロシアは、モルドバ・沿ドニエストル共和国方面の占領地域で偽旗作戦を実施しようとしている。ウクライナ軍を分散させるための作戦であるが、これは成功しそうにない。
③ 停戦交渉
・4月24日のフィナンシャルタイムズの記事で、プーチン大統領は外交的に尽力する意思がなく、可能な限り多くの領土を獲得しようとしていると報じられた。ラブロフ外相は、条約締結により戦争が終結するが、敵対の度合いにより決まることになるだろうと述べ、十分な領土獲得が必要であることを暗示している。
・また4月29日にラブロフ外相は、中国メディアでNATOが政治的解決を妨害していると主張した。5月4日にペスコフ報道官は、ウクライナの一貫性のない対応により交渉は何ら進展しておらず、合意に達するかどうか分からないとしている。
・ゼレンスキー大統領は、マリウポリの市民を殺害する、もしくは、虚偽の住民投票を実施した場合、停戦交渉を停止すると述べた。ヘルソンで予定されている住民投票の実施や、アゾフスタール製鉄所の住民虐殺が行われれば、正式に交渉停止を宣言する可能性があるが、現実的にはウクライナ軍による軍事的勝利がなければ交渉は進展しないだろう。
④ ロシア国内における反戦運動及び検閲
・4月25日にプーチン大統領は、情報システムのポセイドンを使用する大統領令に署名し、ロシア政府内の不正防止や外部からの攻撃を監視する方向に舵を切った。今後中央政府から地方政府へも拡大される見込みである。
・4月22日、ロシア裁判所はロシア軍に関する偽情報を拡散したとして、ジャーナリストのカラ=ムルザを逮捕した。また、ロシアの戦争犯罪の情報削除拒否、火薬の生成方法などの情報拡散などの罪により、ロシア版ウィキペディアのオーナーであるウィキメディア基金に500万ルーブルの罰金を科した。サンクトペテルブルク裁判所は、マリウポリの劇場への爆撃情報をソーシャルメディアで共有した罪で、ジャーナリストのポノマレンコを勾留した。
・アメリカのインテリジェンス機関は、ロシアのインテリジェンス機関が協力してムラトフ(独立系ノヴァヤガゼタ新聞の編集者)を批判していると分析している。今後もウクライナ戦争に関する報道に関して、ロシア人ヤーナリストが脅迫されることになるだろう。
⑤ ロシアの経済制裁への対応
・4月29日にラブロフ外相は、反ロシア制裁に耐えており、金融状況もすでに安定していると発言した。ロシア中央銀行は、2022年の物価が18%から23%のインフレになり、2023年には経済体制刷新により景気回復すると予測している。5月3日にロシア政府は、非友好国に対する新たな報復措置を発表した。今後、集団安園保障条約締結国(アルメニア、ベラルーシ、カザフスタン、キルギス、タジキスタン)との更なる経済連携を模索しており、兵器などの生産や迂回貿易などで制裁を回避する可能性がある。
・アメリカと同盟国はロシアに通貨準備高を使わせることで、経済的に圧力をかけようとしている。4月29日にロシア政府はデフォルトを回避するため、ロシア国債をドル建てで返済した。欧州委員会は、一定期間ロシア産ガスの輸入を継続するため、一部企業がガスプロムに輸入代金をユーロ建てで支払い、その後ルーブルへと監禁する手続きを承認した。
・4月27日にガスプロムは、ポーランドとブルガリアがルーブル建ての支払いを拒否したことから、両国へのガス供給を停止すると発表した。他のEU各国が不足分を穴埋めしている状況であるが、他の輸入先を見つけなければ、大きな経済的損害を負うことになる。(EU全体の輸入量のうち、ロシア産は40%程度を占める)
・ヨーロッパ各国は、ロシアへのエネルギー依存から脱却しようと努めている。5月4日にフォンデアライエン欧州委員長は、ロシア産原油の段階的禁止を検討していると発表した。(ハンガリーとスロバキアは例外もしくは長い移行期間設ける可能誌得あり。)5月3日にギリシャは、天然ガス輸入ターミナルの建設を始めた。(中央アジアからの輸入強化、各ヨーロッパ諸国への配送などが目的。)
⑥ ロシアの脅威認識
・ペスコフ報道官は、西側諸国の軍事支援は、ヨーロッパ大陸延滞の安全保障を脅かすものであると主張し続けている。また西側諸国の支援船などが正当防衛の対象となりえると脅迫しているが、ロシア軍がそのような行動を見せてはいない。またアメリカの2大政党の対立に付け込もうとしているが、成功していない。メドヴェージェフ安全保障委員会副委員長は、バイデン政権による330億ドルの支援は、ウクライナのオリガルヒ、アメリカ民主党及び息子のハンターに横領されるだろうと主張している。
・4月25日の報道によると、スウェーデンとフィンランドは、5月15日から22日の間にNATOへの加盟申請を同時に提出する予定であるとされている。フィンランドのハーヴィスト外務大臣は、フィンランドとスウェーデンは、安全保障環境が悪化した場合もしくはNATOへの加盟が承認された場合、バルト海での軍事協力を推進すると発表した。5月4日にザハロワ報道官は、両国のNATO加盟により、NATOとロシアの衝突地域になりえると警告した。
・4月28日にバイデン政権は、330億ドルの追加支援を議会に要求した。内訳は、軍事支援204億ドル、経済支援85億ドル、人道支援30億ドルである。長距離兵器が戦争の帰趨を決定づけるという見解の下、オースティン国防長官は、長距離兵器の運送方法を検討していると発表した。
・4月26日にアメリカは、ドイツで40か国からの軍事関係リーダーを招集した会議を開催した。オースティン国防長官は、今回のような会議体を「ウクライナコンタクトグループ」と名付け、毎月会議を開催し、ウクライナ支援を強化すると発表した。
・4月25日にアメリカ国務省は、1億6500万ドル相当のワルシャワ条約機構国家への兵器売却、非標準兵器のウクライナへの売却を承認した。オーストラリアは、ウクライナに190億ドルの軍事支援を行うと発表した。ドイツのランブレヒト国防大臣は、対自動航空機高射砲50基を支援すると発表した。ポーランドのモラヴィエツキ首相は、イギリスのジョンソン首相がポーランドへの支援を発表した後、数を明確にしていないが戦車をウクライナに提供すると発表した。4月30日の報道によると、ここ数週間でT-72型戦車200台以上を支援しているとされている。カナダのアーナンド国防大臣は、M777 155mmの榴弾砲を無制限に支援すると発表した。韓国外交通商省は、5000万ドル相当の非軍事支援を行うと発表した。5月3日のウクライナ議会の演説で、イギリスのジョンソン首相は、3億7500万ドルの安全保障支援を行うと発表し、大規模ドローン、電気機器、暗視装置、13台の最新4WD装甲車を送り込むとしている。
⑦ 各国の反応
・5月2日にラブロフ外相は、ヒトラーがユダヤ人であるという説を主張したことに伴い、イスラエル外務省はロシア大使を召還し抗議した。5月3日にロシア外務省は、イスラエルがネオナチ政権を支持したとして反論した。5月4日にザハロワ報道官は、イスラエルの傭兵部隊がアゾフ連隊と連携しており、見て見ぬふりをしていると批判した。イスラエルは仲介者として対応してきたが、今回の事案によりロシア側に批判的になる可能性がある。政府系メディアの一つは、ヒトラーユダヤ人説を否定しつつ、ラブロフ外相の発言について擁護する解説を拡散しており、ロシア-イスラエルの関係を改善しようとしている。
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