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志ゆんの祠堂 第二話

1.

「あら。すぎちゃったすぎちゃった。あの標識のところまでちょっとバックするね」
バックギアで勢いよく後進する車。薄目を開いて高い木の枝越しの青い空をみあげる正治。車は箱型の二階建てアパートの前で止まる。

「ふう。ついたついた。さあ降りて。荷物は先についてるからね。急いで片付けるよ」
「あれ、何待ってんの先にはいっていいのに」
「かぎは」
「あらそうそう、これこれ。」
「あら、すぐ近くに公園もある。橋の下だの竹林なんかで遊ぶよりずっと安全だよ。」
ふてくされたような表情で答えない正治。

2.

「これこれ、どう」
「どうって?」
「冷蔵庫あたらしいの買ったの」
「ふーん」
「おお、みてこのドアの閉まり方、パタって閉まるよ」
「ふーん」
「おばあちゃんのはちょっと大きすぎるから持ってこれないでしょ。近所にス―パーないからまとめ買いしてたけど、これからはこの位で大丈夫よ。電気代の節約にもなるし」
「今までさあ、忙しくておばあちゃんに任せきりだったけど、これからは正治くんの好きなものいっぱいつくるからね」
「いいよ別に。今までどおりで」
「せっかくの機会だからね、お母さん心いれかえてみたいんだ」
「(冷蔵庫に手を入れて)冷えてる?うん冷えてる冷えてる」
「あとで、ラーメン食べに行こうか。昔の人はね、引っ越したら麺食べるのよ。そんでついでにこのあいだ話した算数塾、この近くにもあるみたいなんだけど行ってみない」
「別に行きたくない。出前でいいよ」
「あそ。でも中学校になるとずっと難しくなるから得意にしておくなら今のうちなんだって。成績いいほうが選択肢もひろがるじゃない」
「学校の勉強で忙しいよ」
「忙しいって小学6年生のうちから何言ってんのよ。中学入ったらもっと勉強むずかしくなんのよ。何かやるなら今のうちよ今のうち。そうすればあとは勢いでさあ」
「適当にやるからいいよ。」
「そうやって自分が何やりたいかわからないでボケっとしてると、分かってるような人に惑わされて余計にどうしていいかわからなくなっちゃうんだから・・・」

ーヒロ江の話は続く。正治は、ふすまを半分しめてその裏に座り、荷物の中から大切な
宝物、おもちゃの忍者の道具セットを引き出しにしまい、軍艦のプラモデルを大切そうに机の上に飾って眺める。

3. ー回想ー
ラムネのビー玉が沈んで、アワがあふれる。
飲み残しを敷石の上において、1,2,3で境内の石の上から飛び降りる。手裏剣を投げたりポーズをとりながら駆ける正治と均。
いつものゴールは、高台の端にたつ老木にひっかけた蔓につかまって、ターザンごっこをすることだった。

息をきらせて走る二人の足がピタッと止まる、その木の下に年長のミヨジとコータがいて、引き返そうとする二人を呼び止める。
ズボンを半分降ろさしたまま、ぶらさがって揺れているさせられる正治と均。

ミヨジとコータのばか笑い声が、友達と電話中のヒロ江の笑い声にかわる

4 

「…そう。家は残ってるんだけどね。ご近所づきあいとか田舎だから色々難しくって。お母さんがいないならもうあたしじゃムリよ。子供会があったから同級生は少なくても年長の友達にも遊んでもらってたりして正治にはよかったんだけどね。役員なんか回ってきたらちょっとわたしもうムリだからさあ、街中の方が気が楽でいいわ。何で一人なのとか言われないし…」

「母ちゃん…ちょっと」
「なに?」
「ちょっとうらの公園みてくる」
「かたづいたのもう?」
「かたづいたよ」
「あそうそう、ついでにゴミの日みてきて、段ボールいっぱい捨てないとならないから」
「電話を続けるヒロ江・・・あれごめんごめん それでね・・・」

5 

公園では、小さな女の子たちがシーソーに乗ったり走り回ったりして、キャッキャッという声がする。
大きな木がたっていて、その陰には苔の生えた石で囲まれた崩れかけた御堂がある。

ミヨジとコータはもう中学生だから、顔を合わせる心配もなかったけれど、あれ以来、均とももう遊ばなくなった。
クラスも別になって彼は他の友達と仲良くしている。
戦艦のプラモデルは、以前、ディスカウントストアに連れて行ってもらったときにお母さんに買ってもらった。いつもはなにもほしいと言わない息子が珍しくほしがったので、または母親は自分の買い物のことで頭がいっぱいできに止めなかったのか、もっと安いもの探せとかなにか問いただすこともせず、すぐにかごにいれてくれた。

均と一緒に組み立てようと思ってずっともっていたけれど、結局自分でやった。
こんな時、お父さんがいたら手伝ってくれるのかなと少し思った。
均くんにはお父さんも、お姉ちゃんもいる。友達も…

ポケットの中で触っていたスーパーボールを取り出して、苔で囲まれた敷石を狙って手元に戻ってくる遊びを始める。
デコボコの面に当たって、思わぬ方向に飛んでいくスーパーボールを追いかけて拾いあげたところで、目をあげると、苔のはえた傾いた仏像があって、その顔が自分の顔にそっくりなような気がして、誰からも言われていないのに。その仏像のしたの台に向かって、いつまでもいつまでもボールを投げつける。

命中しなかったスーパーボールがまたもや思わぬ方向に飛んでいった先は、隣接する民家の塀だった。


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